2月23日(月)FMクマガヤ 12:00~梅林堂提供 やわらか熊谷僕らがつなぐ物語 第76回は?

「熊谷と妻沼と石原と」

ゲストに石原小学校卒業で 前熊谷高校校長 元妻沼高校校長の加藤哲也さんをお迎えします。

生粋の熊谷っ子の加藤前校長!熊谷高校の卒業生です。妻沼でも熊谷でも独自の明るさで学校を盛り上げてきました。妻沼でも熊谷でも偶然ですが私も近くで一緒に働いていました。

常に地域と共にあるパワフルな加藤前校長にお話をうかがいします。今年ますます絶好調な「クマコーラジオ」も加藤前校長のおかげで立ち上がりました。どうぞお楽しみに!お便りも待っています。

以下 AInottaによる文字起こしを修正したものです

Navi 時刻は12時を回りました。 アズ熊谷6階FM熊谷YZコンサルティングスタジオからお送りします。 月曜のお昼は梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第76回 今日のタイトルは「熊谷と妻沼と石原と」というタイトルでお届けしようと思います。 今日のゲストは前熊谷高校校長、そして元妻沼高校校長の加藤哲也さんです。こんにちは。

加藤 こんにちは。よろしくお願いします。

Navi 本当にしばらくぶりというか、ラジオに出ていただくのはしばらくぶりなんですけどね。 お待ちしておりました。

加藤  久しぶりです。

Navi ということで加藤哲也先生、本当にご縁が あるというか、いろんなところでお会いして、こういうご縁になりましたよね。

加藤 そうですね。達郎さんと初めて出会ったのはもう10年近く前になるんですかね。 10年前ですか。 熊谷文化スポーツ文化公園です。

Navi そういう風に言われて初めての時は覚えてなくて、 なんかどこかで行くと必ずお会いしたというか、またここでもというか、時間を経ても加藤先生とはお会いできてということで、縁を感じるんです。今日は熊谷でも縁があり、 妻沼でも縁があり、石原でも縁があるという、そういうご縁なので、こういうタイトルにさせていただきました。 さあ、どこから始めましょうか、 最初の出会いからということがあったんですけども、 加藤先生は出身はどちらでしょうか?

加藤 石原ですね。

Navi  ここがポイントです。 石原小出身ということですね。

加藤 石原小出身です。

Navi 中学校は?

加藤 荒川中。

Navi 荒中ですか。バリバリの熊谷っこで、そして高校は?

加藤 熊谷高校に進学をしました。

Navi そうですよね。ということで熊谷高校、高校時代本当はどっかで会ってたかもしれないんですよね。

加藤 そうですね。達郎さんは私の一つ上の先輩ですから。校内で一緒になったことはきっとあるんでしょうね。

Navi あると思いますけれども、その時は気づかなかったんですけども、気づいたらすごくいろんなところでお世話になっていて、近いところで言うと今FMクマガヤの番組で「クマコーラジオ」のスタートは加藤校長が、熊谷高校の校長だったんで。

加藤 もう2年になるんですかね。

Navi 2年目を迎えて、クマコーラジオは軌道に乗ってもますます元気な感じになって、本当にありがたいなって思う んです。

加藤 これだけじゃないですからね。いろいろありましたよね。

Navi 出会いのお話させていただいたんで

加藤 私が妻沼高校の校長の時に、達郎さんが妻沼小学校の校長先生ということだったんですね。

Navi そうでした。そこも偶然というか、本当に同じところにいるんですよね。同じ空気を吸っているという。 本当に近くにいたということですね。最初に会ったその時に、その熊谷スポーツ文化公園で何してたんでしたっけ?確か妻沼小の金管バンドの引率に私が来ていて初対面ですけど、「校長先生ですよね」っていうんで、話しかけてくださりありがとうございます。 それが最初に話した。

加藤 はいはい。

Navi その時に妻沼高校の校長先生だったんですよね。

加藤 そうですね。

Navi 高校の校長先生が小学校の校長に声をかけてくれるってことはまずないです。最近ちょっとあるんですけど、初めてですよね。

加藤 そうですね。小中は仲いいというか、一緒ですけどね。

Navi 中高も進路指導でそういうことがあるけれども、小と高っていうのはないですよね。

加藤 なかなかないですね。

Navi そんなご縁もありということで、もう10年近くになりますね。その時熊谷スポーツ文化公園に来ていらっしゃったんですよね。

加藤 そうですね。

Navi なんで行ったんですか?

加藤 覚えてないですね。

Navi 妻沼小学校、中学校、妻沼高校で一緒に会をやったこともありましたよね。

加藤 そうですね。飲み会をやりましたね。珍しいですよね。

Navi 珍しいですね。

加藤 珍しいですね。高校の教員が入るっていうのはなかなかないですよね。 それくらいその妻沼の地っていうのは、すごい地域との結びつきっていうのはあったんでしょう?

Navi そうですね。

加藤 多分僕が「誘ってくれ」って頼んだんじゃないかっていう感じがしてます。

Navi  いや、どうだったでしょうかね。そこで多分最初に聞かせていただいた時に、 加藤先生は県の教育委員会とかでいろいろやってたっていう話も聞いて、 そこでいろんなことも伺えたのはよかったです。

加藤 そうですね。もう20年ぐらい前の話ですけど、 実は妻沼高校が、学校の名前を 変えるという話が1回出たんです。定かではないんですが、確か「熊谷北高校」なんていう名前だったんじゃないかなというふうに思うんですけども、ちょうど私が県の校名変更の窓口というか担当になっていまして、そんな話が出たんですけども、実は私、妻沼高校に昔から行きたくて、教頭の時もいけなかったんですけど、 行きたかったんですね。頼んだんですけど、「お前は違うところだ」っていうので、違うところに行って、 これはもう校長でぜひ行きたいなって、行きたい行きたいとずっと囁いていたら、なんか行けたっていうご縁もありですね、まあ昔からもう妻沼高校大好きだったんですけど、

Navi  ちょっと待ってください。じゃあそこで聞きますけど、なんで妻沼高校が好きなんですか?

加藤  なんでなんですかね、やっぱり。妻沼という地域の魅力が。そうなんだと思います。 なんかありますよ。

Navi 私は行く前はよくわかんなかった派です。 だから行きたいとか行きたくないとかっていう、だいたい「 行きたい」って言ってて行けるっていうのは、 私の教員生活ではなかったです。 すごいですね、

加藤 それは5、6年ささやいたからじゃないですか。

Navi ささやくと行けるんですか。 なかなか教員の人事で「行きたい」って言ったところに、 行ったことがなくて、 行ってからいろいろ気づく。

加藤 それで校名変更、結局は難しかったので、 できなかったんです。それで魅力的なものを始めたらいいんじゃないですか?という話を当時の先生方と話をして、 始まったのが、 今、妻沼高校の代名詞とも言われている、「 カルティベイトタイム」という授業なんです。 1年生の毎日 1時間目にやっているというのが、校名変更の代わりに生まれたのが、 今も生きている、 カルティベイトタイムということなんですね。

Navi ラジオをお聞きの方に、「カルティベイトタイムとは何か」 というのも教えてもらっていいですか。

加藤 県の教育委員会が独自に認めている、公文式とかやったりとかですね、 様々な学びをするという授業なんですけどもね、 他の学校では県内ではないんですね、 妻沼高校だけがやっているということで。

Navi だから妻沼高校の子供が、 文化祭の告知に来た時に、 カルティベイトタイムが自慢っていうか、すごくいいっていうのは言ってました。

加藤 本当ですか? そのきっかけになってよかったな、 そこに行けてよかったな、 あとはもう妻沼という名前が残ってよかったな。

Navi  この辺の話とか、 一般の人はわからないけれども、 妻沼の方はやっぱり妻沼高校という言葉はすごく大事だと思いますよ。

加藤 そうですよね。 昔、私が小さい時、妻沼線があって、 ちょうど終着駅の妻沼駅の近くに、 土地を提供していただいてできたのが、妻沼高校なので、 妻沼の皆さんの大きな期待を背負って、

Navi  確かにそうだ。 妻沼高校の場所は、 妻沼駅のすぐ前じゃないですか。

加藤 そうなんですよね。 本当に今妻沼という名前が残って、妻沼高校があって、 まもなく50周年になりますので。

Navi  50年前なんだ。そうでしたか。妻沼高校、自分も妻沼に行ってから妻沼高校っていうのをうんと意識したりとか、 その時の校長先生だったんで、色々こういうことやってんだよ、ああいうことやってんだよっていうのを聞いて、 ああ、なるほど、すごい頑張ってらっしゃるんだなっていうのはね、本当感じて。 なんか地元との関わりがすごい強いですよね。

加藤 妻沼の人、みんないい人が多いので、今もお付き合いさせていただいてますけども、 本当に地元に行くと、いろんな祭りもありますしね。 この間も駅伝がありましたし、手作り市とかやってます。商店街を中心に。

Navi いい街ですよね。高校の校長先生が地元の祭りに行くっていうことはあんまり聞いたことはないですね。 だって高校って地域じゃなくて生徒は広域じゃないですか。

加藤 そうですね。

Navi それなのに高校の先生と手作り市で会ったり、

加藤 そうですね。

Navi 手作り市。妻沼小は地元だから行きます。行くと子供たちもいたり、地域の人にご挨拶したり、そういうことがあるので行くけど、そこになんか「加藤校長がいる」みたいな。

加藤 いまだに妻沼に行ってますけど。

Navi あ、そうですか。

加藤 お開帳に参加できたので、見ることができました。

Navi 御開帳。そうでした。 私も行けてよかったなって。 2019年。 よかったですね。

加藤 よかったですよね。 ちょっと特権的なところもありましたから。

Navi あの時にあの席にいたら、加藤校長もいてっていう感じだった。それで秘宝を見させてもらっちゃってね。

加藤 コロナ前ですね。 随分古いですね。 私も妻沼に4年いたので。

Navi 4年間いたんですね。 私はわずか2年間。でも、やっぱり そこにいた2年間で ずいぶん いろんな縁結びをいただきました。これも縁結びです。

加藤  そうですね

Navi 本当に 縁を結んでいただいたということだったんですよね。妻沼でほかにいいことはありましたか?

加藤 そうですね 先日もやったんですけど 当時の妻沼の PTAのお母さんたちと大福茶屋っていう お茶屋さんがありますので そこで、宴会をやらせてもらったりとかですね もうかれこれ 7年ぐらい経つんですけど 未だに続いているっていうのもすごいです。妻沼でどこでやるっていうと「妻沼でやろう」って話になるんですよ。だいたい熊谷の駅近でやろうなんて話になるんですけど やっぱり妻沼なので

Navi 大福茶屋で宴会ができるんですか?

加藤 宴会特別にお願いをして

Navi 2階かなんかで?

加藤 えーとね 1階ですね

Navi 1階でやるんですか?

加藤 宴会じゃないのかな 食事会ですね

Navi 食事会 大福茶屋で? そうですか。いいところですよね。

加藤 ありがたいですよね お母さん方も妻沼が好きなんでしょうね

Navi 自分なんかは本当に申し訳ないんですけども、行ってから こんなにいろんな良いことがあるんだっていうのを知りました

加藤 本当に?

Navi 妻沼の太田小学校で教頭をやったことがあるんですけど、例えば聖天様のことも その時はまだよくわかんなかったですよ。でも妻沼小に行って よくわかりました

加藤 そうですね すぐ隣ですからね 妻沼小は

Navi そしていろんな行事もあれば そういうお付き合いとか そういうのをしながら なんだか神に近く、神じゃないね 仏様ですけど、なんか神に近くなったような気がして それからなんかいろんな良い縁を いただいてますよ。

加藤  そうですね。だから縁結びって言うんですよ。あそこは

Navi いろんな方が 今でも加藤先生・加藤校長って 今でも言ってますよ。きっと今日も妻沼の人が聞いてくださってるんじゃないんですか?

加藤 長かったですからね 大体2年ぐらいで校長は異動になりますけど

Navi  そうですか、自分は濃い時を過ごしたなと思っています。

加藤 妻沼に言ってなければ出会えませんでしたから、今日もラジオ出てませんから

Navi でもわかんないですよ 人生はわかんない どっかでまたこう繋がるっていうことが あると思うんですけども じゃあそろそろ曲行ってみますか。

加藤 お願いします

Navi 曲は何でしょう

加藤 曲はガッチャマンです

Navi 科学忍者隊ガッチャマン? なんでですか

加藤  これはですね あの僕吹奏楽部だったんですけど 初めて吹いた曲がガッチャマンだったんですね。

Navi  吹奏楽部だったんですか?だから妻沼の金管バンドの時来てくださったんですね。ガッチャマンは子供時代リアルなアニメでしたね

加藤 そうですね 昭和52年です。

Navi よく覚えてますね。ということでお届けします 科学忍者隊ガッチャマン。子門真人さんでお届けします。

加藤  お願いします

【曲 科学忍者隊ガッチャマン 子門真人】

Navi 時刻は12時17分を回りました。「梅林堂提供 やわらか熊谷、僕らがつなぐ物語」第76回「熊谷と妻沼と石原と」をお届けしています。 ゲストは前熊谷高等学校校長、そして元妻沼高校校長の加藤哲也さんに来ていただいております。 さて、妻沼のお話ね、ちょっとまだありそうですね。

加藤 妻沼高校。特にですね、印象に残っているのが、古い話ですけど、平成30年の夏の甲子園予選です。 T君っていう部員がいたんですけど、多分高校入って初めて野球始めたんじゃないかと思うんですけど、 なかなか妻沼高校は点が取れなくて、本当に数年ぶりの1点。ランナーを置いての渾身の二塁打ですね。 その時、テレ玉も取材に来てくれてたんですけども、今もビデオ撮ってあるんですけど、彼が言った 「妻沼を背負って打った」っていう、この言葉が今も鮮明に残っていて

Navi 「妻沼を背負って打った」と?

加藤 嬉しかったですね。結局25対1ということだったんですけど、 この1点、彼の1点っていうのはですね、本当に嬉しくてですね、 卒業式で校長賞っていうのを渡しました。彼に校長賞ということで。今でもよく覚えてますね。

Navi いいですね、校長賞。

加藤 もう一人頑張った子もいてね、2人に校長賞を出したんです。

Navi やっぱり生徒から「背負って」という言葉が聞けたっていうのは、校長冥利に尽きるというところですかね。 あとはその言葉ってやっぱり残りますよね。

加藤 本当ですね。

Navi 校長賞を出したのもいいですね。 私は出してなかった。もう今からじゃダメだ、間に合わない。

加藤 もう間に合わないですね。 終わってしまうと、もうできない。 まだ続いてるのかな、

Navi どうなんですかね。

加藤  今も続いてるといいですけどね。

Navi  やっぱり校長特権じゃないですけど、その校長先生でできることって いっぱいあったんだけども、使わなかったですね。校長賞を出せばよかった。 やってみたかったなっていうことあります。 もう間に合いませんね。

加藤 はい、もう終わってしまいましたね。

Navi そういうふうにやってらして、子供もきっと一生覚えてると思いますよ。校長賞をいただくっていうことは。 そして今もう一度その話を覚えててくださって、してくださったってことはよかったなって。 学校ってそういうドラマの連続ですよね。

加藤 そうですね。

Navi ということで妻沼高校の校長を4年間やられた後は、ちょっと違うところ行っちゃって、 またどっか県南の方に行っちゃったなっていうのが分かって、 そして、私はその後は石原小学校に校長で、それでまた出会うことになってしまいましたね。

加藤 そうですね。もう本当に偶然というか、また一番近い学校同士になったんですね。

Navi これ珍しいですよね。石原小と熊谷高校の校長になったわけですけども、 すぐ近くですよね。ご挨拶に行くにも私は歩いて行って、加藤校長は歩いて来てくださって本当に。 でも風の噂で「熊谷高校卒業生で、いつか加藤校長が熊高の校長になるんだよ」っていう噂は聞いてたんで、 本当に来るんだろうなって思ってたら、本当に来てね。よかったです。

加藤 本当です。

Navi 熊谷高校行きたいなって言ってると、来られるんですか?

加藤 それはないんじゃないですね。 それはささやいてませんでしたけど。

Navi そうでしたか。石原小学校に来ていただいて、母校でした

加藤 そうですね。45、6年ぶりですかね、母校訪問させていただいて。 新しい校舎は当然なかったんですけど、3号棟っていうんでしたっけ? あれが当時のままだったので。

Navi  昭和32年に建ったんですよ。 60年以上前

加藤  自分がいたところがそのままあったので、すごく感動しましたね。綺麗に使われてましたね。

Navi いやいや、改修されてますからでも当時のまんまの結構残ってましたよね。 階段とか。 いや、

加藤 これは驚きました。 よく使ってますよね。

Navi いや、本当に60年以上ですよ。

加藤 校庭側の校舎は自分が。昭和2号台に火災になって建て替えたんですよね。

Navi 2号棟っていうところは火事になって、で、新しくなった。それも古いって言えば古いですよね。みんな今の子たちが知らないですよ。50年以上前。

加藤 そうですね。

Navi 2号棟も今は改修して綺麗になったんですけども、石原小学校は150周年の時だったんですよ。 ちょうどですね。

加藤 私も家に行って石原小グッズを結構発掘して。

Navi 持ってきていただいてね。当時の学級委員の バッジ。あれは無いですよ。普通。

加藤 あとは何十周年でしたっけね。全校生徒で撮った、校庭で撮った記念写真とかですね。 出てきましたね。自分どこで勉強してたのか記憶にないんですよね、当時。

Navi そんなもんですかね。 その時代のことも、いろいろ教えていただいて、 150周年の時のね、動画を撮らせていただいて。

加藤 そうですね、ラグビー場のオーロラビジョンで流して、

Navi 加藤校長は石原小の卒業生で熊谷高校の校長です。「じゃあ撮りましょう」って言ってね。 熊谷高校は当時120年ですかね。

加藤 今年130年。

Navi そうだ120何年で合わせて何年みたいなこと言ってましたね。

加藤 言ってましたね。 動画の最後に校歌を歌っちゃいましたね。

Navi そうでした。石原小の校歌を歌ってくださって。

加藤 石原小の子供たちも熊谷高校に行く機会があって、高校訪問っていうか。 修学旅行でしたっけ。

Navi 熊谷修学旅行とか言って、高校に行かせてもらったら、ぜひ来てくださいって言ってくださって。

加藤 そうです。その時たまたまですけど教頭先生も石原小の卒業生で。

Navi 校長教頭が石原小卒業生だった熊谷高校って、そこも偶然すぎますよね。

加藤 彼はピアノが弾けるんで、教頭がピアノを弾いて、私が校歌を歌ってっていうことで、生徒が驚いてましたね。 「なんで二人が石原小の校歌を歌えるんだ」って。

Navi  教頭先生がピアノを弾くっていうのもすごいしその教頭先生は子供時代に、私は教員で石原小にいて、 教頭先生の子供時代も知ってて、「あれ、大人になって立派になった」と思いました。 今でも、ご活躍されてるみたいですごいですよね。私は当時「あ、熊谷高校が 石原の時代を迎えたんだな」って。「 時代は石原」って言っちゃいましたけど。

加藤 石原小にご案内していただいた時も関根先生が、「石原小の先輩だよ」って言ったら、生徒がわーって。

Navi なんか調子に乗ってました。 「本当にすいませんでした」っていうところですね。 当時「時代は石原」とかそういうことばっかり言って、 なんか本当に調子に乗ってたなっていうのを、 本当に今反省してますが、本当は嬉しかったんですよ。

加藤 でも石原小の校長室は初めて入ったんですよ。

Navi  あ、そうですか。

加藤 小学生の時は校長室に入んないですよね、

Navi そうですか。

加藤 熊高の校長室の3倍ぐらい広いですね、石原小の校長室。

Navi 確かに広いですね。そう、私も熊谷高校の校長室も、高校の時は入ったことがなくて、 最近になってから入りましたけど。 石原小の卒業生だっただけじゃなくて、石原小の時に熊谷高校との連携、 いろいろやっていただいたり、ずっと今までもやってたんですけど、 コロナでなくなって、また復活し始めて、今つながって、応援団が来てくださったり。

加藤 あれだけ近いんですからね。そういえば僕がいた時も応援団がいきましたね。

Navi  今も来てくださってるみたいですよ。そうするとその応援団に石原小の卒業生が入ってたりとか。

加藤 いましたね。

Navi そういうのを聞くとやっぱりご縁があって、石原小自体も大きいのでたくさんの卒業生を出しているということもありますけれども、なんか縁っていうのはどっかで繋がるもんだなって思いますよね。

加藤 あれ石原小(いしわらしょう)なんですよね。地名は石原(いしはら)なんですよね。Navi よくご存じで。 この違いはを言えるっていうのも、すごい。石原小の卒業生ならでは。

だから学校は石原(いしわら)、地名は 石原(いしはら)

加藤 そうなんですよね。昔のガリ版刷りの本とか出てきたんですよ。そしたら石原(いしわら)ってちゃんとひらがなで書いてありました。

Navi はい。よかったです。そこもよく話題になるんですけどね。そういうこともちゃんとお話しできるのが加藤先生かなって思っちゃうわけですけど。さて、じゃあ熊谷高校の校長になられてということなんですけど、どうですか?熊谷高校に戻ってきてというか、母校の校長に。

加藤 なかなかないんでね。これは本当についてたなっていう。

Navi 本当ですか?

加藤 本当に。先ほどのガッチャマンの曲をかけていただきましたけども、吹奏楽繋がりっていうことで言うと、熊谷は一生ものの友 との出会いというのがやっぱりあって、やっぱり熊高で出会った友達は一生ものの付き合いだと。 ただ僕たちの頃はスマホもなかったんで、大学を出てそのまま吹奏楽の仲間と会うこともなく、それが熊高同窓会だよりっていうのが出ていて、そこに 僕の写真が載っていて、それを見た当時の吹奏楽部の同級生から連絡が来て、卒業以来会った。40数年ぶりですかね。みんな親父になってましたけど、これもね、熊高のご縁なのかなと。一生ものの友と、本当に40何年会ってないにもかかわらず、当時の話で盛り上がれるっていうのは本当にいいなっていう風に思っています。

Navi 同じ代の友達が校長先生をやってるとなると学校もなんかちょっと近くて行きやすくなったりしてね。

加藤 そうですね。文化祭の時遊びに来て、「校長室に入れてくれ」って一緒に写真撮りましたけどね。 当時甲子園にも一緒に行った仲間なんで。

Navi  ああ、そうだ。一つ下の代っていうのは甲子園に行った方ですよね。

加藤 そうですね。僕たちは夜バスで出て、夜中乗ってついて応援してたら帰ってきてたんですね。

Navi 行きました。私も大学1年だったんですけど、甲子園に行った年、バスで行かしてもらって本当によかったな。

加藤 よかったですね。

Navi 甲子園に行けただけでよかったし、だってそういう年って滅多にないじゃないですか。加藤 そういう友達とね、40数年ぶりに会って、その時の話ができるっていうのは本当にいいです、年末もまたあったんですけど、定例会にしようって話になってますけど、

Navi いや本当に。 一つ下の代の偉大なる学年だったんですね、

加藤 そうなんですかね。進学率は悪かったって聞いてます。

Navi そういう話は細かいことはよくわからないですけどもね。校長として戻ってきて熊谷高校どうでしたか?

加藤  そうですね、なかなか教員としても勤務ができなかったんで、本当は戻ってきて授業とかやりたかったなと思ったんですけど、これはご縁がなくて、最後の3年で戻ったわけですけども、やっぱり生徒がこの間も「クマコーラジオ」聞いてましたけど、本当にいい子が多いんで、本当に楽しいですね。素直な子が多くてですね、勉強も頑張るし、部活も頑張るし、この間もね、ラグビーちょっと残念でしたけど、本当に頑張ってますからね。

Navi あの時にもし行けたら、またあの甲子園の再来、花園にみんなでバスで行けましたよね。

加藤 本当ですね。

Navi ちょっと夢を見させて、でもまだまだ夢は続いてますか?

加藤 また行けるんじゃないですかね。本当に頑張ってますからね、みんな。

Navi 熊谷高校でいろんなことをまたなんか精力的に頑張ってらっしゃいましたけど。なんか高校生にいろいろ吹っ込んでたんじゃないですか?

加藤 いやいや、そんなことはないですけども、本当にうーんどうなんでしょうね、生徒が今どう思ってるか。今度卒業式には来賓で顔出させていただこうと思ってるんですけども、生徒に会えるの本当に楽しみですね。

Navi 母校の校長先生としてなんかいろんなこうやってきたこととかあるんじゃないですか? 加藤  うーん特にやってないんじゃないですかね。

Navi 何言ってるんですかね。 言ってたじゃないですか。いろいろ。 またこれもご縁なんですけど、 近くの小学校の校長としてその学校評議委員会に呼んでもらって入れてもらったじゃないですか。

加藤 ああ、そうですね。

Navi 学校評議員に入れていただいて。 だから私も久しぶりに高校に行くことができたのは加藤先生がのおかげです。熊谷高校を見させていただいて、 それで今の熊高生って本当真面目なんですね。

加藤 僕たちの頃とはちょっと違いますから、本当に。

Navi  すごい真面目で、すごい真剣。

加藤 そうですね、校長の話もね、ちゃんと聞いてくれますからね。

Navi いやー、なんかこんなこと言っちゃ申し訳ないですけど、自分らが高校の時は、朝会ってあったのかな?っていうぐらい。朝会ありました?

加藤 どうだったんですかね。 校長先生は当時遠い存在でしたよね。

Navi 朝会なかったような。

加藤 このラジオではやっぱりその時のことはあまり言えないですよね。 というぐらいひどかったですよね。 ひどいっていうか、そういうもんだと思って。

Navi 先ほどちょっと朝会の動画見せてもらって、「 あれ、みんないい子でちゃんと話聞いて」って思ったりとか。 あとは熊谷高校のあの時のイメージで言うと、 高校生が志願倍率気にしてたじゃないですか。  みんな真剣に。 「次に熊高の志願倍率を上げるにはどうしたらいいか」って考えていましたね。

加藤 そうでしたね。生徒会の子たち。そんなこと僕たち当時考えてないですよね。

Navi  考えてないですよね。 だからそれを今の熊高生は真剣に考えて、結局なんでしょう母校愛?その母校愛っていうのをすごく醸成してたんじゃないですか。

加藤 母校愛が強いですよね。 本当に校歌もよく歌うし。

Navi 校歌をよく歌って?それ当たり前じゃないんですか。ちょっと打ち合わせで話ししましたけど。 普通の高校って歌わないんですか。

加藤 どこの高校でもってわけじゃないです。照れちゃうっていうのがあるんですかね。

Navi 照れちゃうんですか?ラジオを聞きの高校生の方、自分の学校の校歌を大きな声で歌ってますか。どうですか。 聞きたくなっちゃいます。

加藤 いや、本当ですね。 なんか卒業してからの方が歌ってる回数が多いんじゃないかって気がしますけどね。 集まると歌うんで。

Navi じゃあ、その母校愛って。学校の校歌を歌うのは当たり前って思ってたんですけど、それは違うんですね。

加藤 他がね、わかんないですけどね。どうなんですかね。 熊高はちょっと別格ですかね。

Navi  そうでしたか。あとやっぱり今の生徒さんでびっくりしちゃったのは、第何回生みたいに言ってませんでしたよ、私たちは。

加藤 そうでしたか?私は35回生っていうので。

Navi 自分が? 私は全然、何年卒ぐらいのは何だったっけって覚えてるけど、何回っていうのは覚えてない。 でも今の熊高生、何回生っていいますね。

加藤 今度の卒業生が78回生ですからね。

Navi さすが校長先生。 それって加藤校長が浸透された?

加藤  そんなことはないです。

Navi 違うんですか。

加藤 自分でわかってるんじゃないですかね。 自分で何回生って言える高校生なんでしょう。 Navi  我々の時代の同級生に今度聞いてみますけど。 どうだったんですかね。 何回生って言ったら、知らないよって言いますよ。

加藤 あるあるがいろいろありますからね。 熊高(くまこう)は熊高(くまたか)とも言うじゃないですか。 どっちなんだ。僕はずっと熊高(くまたか)だと思ってて。でも熊高行ったら校歌を聞いてみろと。校歌は最後、熊高(くまこう)じゃないですか。 だから熊高(くまこう)なんだよといわれました。通称熊高(くまたか)なんだよっていわれました。どっちなんですかね。達郎さんはどっちですか。

Navi あれ、その問題ですか。元校長先生とこういう話できるのはないですけど、石原(いしわら)と石原(いしはら)に近い話ですけど。 どっちなんですかね。 あの最近の私の考えでいいですか。 私の最近の認識っていうのは、熊谷高校に入る前とか入ってない人は、熊高(くまたか)って言います。

加藤 そうかもしれない。

Navi で、中に入った人とか関係者は熊高(くまこう)って言います。1回中に入ると熊高(くまこう)って言います。 私もラジオでいろいろこの熊高のことを言ってると、熊谷工業高校の方々に常にくまこうっていうのは熊谷工業のことだとよく言われてます。「すいません」って言っちゃうんですけども、自分で校歌が熊高(くまこう)って言ってるんで熊高(くまこう)なんですっていう言い訳です。

加藤  僕もそれを友達に言われたんですよ。お前何言ってんだよって。校歌だろうって。

Navi そうなんですね。

加藤 そうなんです。

Navi だからそういうことだったんで、「くまこうは熊谷工業」っていうから、申し訳ない熊谷工業の人には本当に申し訳ないなって思いながら、あの校歌が熊高(くまこう)なんで熊高(くまこう)っていうんですけど、対外的には熊高(くまたか)ですって。 外の人には熊高(くまたか)と。

加藤 どっちも正しいんですかね。

Navi はい。でも自分では熊高って中にいる時は熊高(くまたか)って中の人には言わないです。

加藤 言わないですね。

Navi はい。だからそういう結論かなと。 だから熊高(くまこう)か熊高(くまたか)かって言ったら熊高(くまたか)だと思います。だから石原(いしわら)は地図上は石原(いしはら)じゃないですか。

加藤 この話をしたら 初めてですかね。

Navi そう、この話を卒業生がどっちだと思ってますかね。だから一般的にその住所みたいに言われるんだったら熊高(くまたか)の方が熊谷工業との区別がつくと思うんですよ。 ですが中に入ると熊高(くまこう)と。

加藤 そうですね。「クマコーラジオ」なんですね。

Navi そうです。

加藤 「くまたかラジオ」ではないんですね。

Navi 変えた方がいいですか。

加藤 いや、どっちがいいんですかね。

Navi そうですよね。じゃあそこはちょっと、でも校歌は熊高(くまこう)ですからね。これ何回も言っちゃいますけどね。だから「クマコーラジオ」になっちゃってる。やっぱり熊谷工業の皆さんには本当に申し訳ないなという風には思いつつも、そういう分け方なのかなって自分なりに。

加藤 なんか僕もしっくりしました。そうやってみると外から言われると熊高(くまたか)っていう人が多いですね。

Navi だから聞かれた時どこの学校ですかって言ったら聞かれた時は熊高(くまたか)ですと言って、そんでまあ関係者と話す時は熊高(くまこう)と言っちゃうかなという風に、何度も言いますが校歌が熊高(くまこう)だからっていうことですかね。

加藤 そうですね。この話でこんなにも。

Navi すいません。申し訳ない。前校長先生とこのお話ししたのは大事なんで、これが定義じゃないと思います。本当に。

加藤 そうですね。どちらもいいですよ。

Navi 私がそう考えてるっていうだけでも本当に申し訳ありません。私はただの卒業生ですので何とも言えないんですけども。このお話になっちゃったんですけど、まだ熊谷高校話あるんじゃないですか?

加藤 今ですね。多分体育館の建て替えやってると思うんですけど、あれ在学中に建てたじゃないですか。

Navi そうです。

加藤 覚えてますか。

Navi 覚えてます。

加藤 あれ以来の建て替えじゃないかな改修。

Navi そうですね。私が在学中に建てた新しい体育館になった。

加藤 新しいなんて今言ったらダメ。もう今綺麗になってんじゃないですか。

Navi あの新しい体育館。 確かにいいなって当時思いました。私弓道部だったんで、弓道場を潰して、で弓道場も一緒に新しくなったんです。

加藤 そうだったんですか。

Navi あの時から40年ですか。

加藤 そうですね。うんと綺麗になってて、あのシンボルのとんがりも綺麗になってますね。Navi 綺麗になってました。あと床が綺麗ですね。

加藤 床綺麗になったんですよ。

Navi 私たちがいた頃は床がすごい泥だらけ。

加藤 今の生徒は掃除してますから。

Navi あ、掃除があるんですか。

加藤 掃除してますから。

Navi やっぱり違うんですね。なんか掃除した記憶がない。

加藤 今はすごいしてますから。綺麗ですね。

Navi 今は。ああそうでしたか。掃除もしない悪い高校生でした。すいません。

加藤 そうね。

Navi 他にもまだありますね。

加藤 どうですかね。色々あって出てこないですね。

Navi そうですか。

加藤 カラオケ行って何歌うっていうと出てこないような感じですかね。

Navi そうですか。じゃあ私から振りますけどトートバッグ。

加藤 トートバッグ。

Navi なんかあの前校長先生やってる頃のトートバッグは、なんかこうおしゃれな可愛いデザインのトートバッグなのに 文化祭でこの間なんか売ってるトートバッグ。「がんばれ熊高生」

加藤 そうですよ。

Navi 熊高生も言ってました。「がんばれ熊高生バッグ」だと。「がんばれ熊高生!」って何?それ知らなかったですよ。何ですかそれ。なんでがんばれ熊高生なんですか。

加藤 始業式とかそういうとこで私が上で話をする時に最後に「頑張れ熊高生」と言ってきた 頑張れ熊高生です。

Navi それを言い続けてきたんですか

加藤 それしかないんで そういう風に

Navi じゃあ校長先生がそれを言うって決まってるともうみんな楽しみにしてますよねきっと加藤 そうなん ですかね

Navi 言うとなんかあるんですか反応が?

加藤 盛り上がるのは盛り上がりますね。でも 定着には3年かかりましたからね

Navi 定着?

加藤 もう1年目なんかもう全然反応なかったですからねやっぱり続けるって大事ですよね

Navi やっぱり校長先生の話ってなんか イメージというとなんか短い話にしてくださいとかね話が長いなとか中身聞いてくれ てないってこと多いですよね

加藤 そうなんですよねなんで僕は長くても3分はい それなんとか維持して

Navi そして最後は締めが「頑張れ熊高生!」って言うんですね

加藤 そうですねこんな普通のトーンじゃないですけどね 。ここではちょっと気合い入れていませんけど

Navi そうするとみんなもう盛り上がって拍手したりとかするんですか?

加藤 盛り上がってくれてましたね。

Navi  そしたらそれが先生がいなくなったら頑張れ熊高生バックができていると。熊高生がバック作ってくれて、これ最近あったんですけどアーモンドフィッシュの藤沢食品っていうところで 店員さんが自分たちで「アーモンドフィッシュ」っていうトートバッグを作っている これと同じです。だから愛がある時に自分たちのグッズをつくるんです。

加藤 人気で、タツロウさん買えなかったんですよね。

Navi そうそう!私それを買いに行ったら、文化祭で売り切れてたんです。どういうことですか?これ。

加藤 人気だったんですかね。いや、みんな欲しいんですか?それ。

Navi  なんか手書きで書いてあって、頑張れ熊高生。あとTシャツもあったんですよ。それも売り切れ。なんで買えないんですかね。 ということで、グッズまで熊高生が作ってるということで母校愛ですね。

加藤 ありがとうございます。

Navi じゃあこの辺で曲行ってみますか。

加藤 じゃあグッズの熊高の話いっぱいしたので、熊谷高校の第2応援歌。

Navi ということで、

加藤 大好きな第2応援歌。

Navi 熊谷高校第2応援歌。 お願いします。

【曲 熊谷高校 第2応援歌】

Navi 時刻は12時44分を回りました。 梅林堂提供 やわらか熊谷〜僕らがつなぐ物語~「第76回 熊谷と妻沼と石原と」をお届けしています。 ゲストは加藤哲也さんということでお便りをいただいております。

加藤 ありがとうございます。

Navi ラジオネーム「巴町の清正陸さん」 これ「清い」っていう字と「正しい」っていう字と「陸」なんですけど、なんて読むんでしょうかね? 巴町の清正陸さんからいただきました。 「こんにちは。懐かしいお話ありがとうございます。 石原小の東門の通りを、吉岡文具屋さん松本駄菓子屋さんの前の道を戦前は巴町通りと呼んでいました。紫の雲の集いもやりたくなります」

紫の雲の集い?雲紫の?

加藤 そうですかね。卒業生ですね。

Navi 卒業生ですね。はい。巴町の清正陸さんありがとうございます。

加藤 ありがとうございます。

Navi すごいですね。この具体的な、そのね、駄菓子屋さんとかの名前を出して、情景が浮かんできますよね。

加藤 本当ですね。よく行きましたね。

Navi 続きまして、ラジオネーム「もも」さんからいただきました。

「家族みんなでお昼をいただきながら聞かせていただいてます。 関根先生、加藤先生、いろいろな ご縁でつながっていたんですね。 地元熊谷がつないだ縁、興味深く聞かせていただきました。 校長先生というと近寄りがたいイメージがありますが、 こんなに庶民的でフレンドリーだったなんて意外でした。地元愛にあふれるお二人の先生が育ててくれたたくさんの生徒さんたちが、 これからの地元熊谷を盛り上げてくれることを期待したいですね。 関根先生の優しく柔らかな声、加藤先生の艶のある澄んだ低音の声、素敵です。」ありがとうございます。 こんなガサガサなんですけどね 加藤先生の声は艶がありますよね。

加藤 そうですか。

Navi 響いてますよね。 私が一番心配してますけど。私の声のこと。 ありがとうございました。そしてもう一つあります。 心は熊女生さんからいただきました。

「 加藤先生と 関根先生のご縁の深さを感じながら楽しく聞いています。 加藤先生がそれぞれの学校で愛情を持って生徒たちを育ててきたことが伝わってきます。 私も熊谷が大好きですが、地域の温かさを感じられることがFMラジオの魅力の一つですね。 私はずっと「くまこう」と呼んでいます」

FMラジオの温かさまで魅力まで言っていただいて、

加藤 そうですね。

Navi このラジオって基本やっぱり熊谷大好きな人が登場して、聞いてる人も熊谷大好き。そうですよね。 なんか番組名に熊谷愛っていう言葉はないんですけど、なんかそういう人たちに聞いていただけたらいいのかなという風に思ってますけど。

加藤 本当ですね。 例えば石原小といえばプールがなくなってましたかね。プールはまだあるんでしたっけ?

Navi あります。 熊谷って結構プールがなくなってる学校多いんですけど、石原小は来年もプールの予定あります。でもね、もしかしたらいずれはプールがなくなっちゃう話。心配してくださってるんですね。

加藤 そうですね。

Navi プールね、やっぱり楽しかったですよね。

加藤 僕はね、プール苦手だったんで熊谷高校の臨海学校はだいぶつらかったですけどね。

Navi  そうですか。だって熊高のプール深かったですからね。

加藤 僕溺れたんですよ、あそこのプールで。

Navi そうですか。

加藤 横に竹が、竹の長い棒が置いてあったんですよね。これ何使うんだろうと思ったら、溺れた人を助ける棒だったんですね。 僕はあれで助けられて、深い方で溺れちゃって。

Navi そうだったんですか。なんかあの棒の先に紐をつけて、真ん中まで無理に連れてく棒だって私は聞いてました。体育の先生が。

加藤 そうなんですか。僕はあれに捕まれてって言って、あれに捕まって。救助されました。 Navi でも竹の棒があったことは覚えてます。

加藤 不思議ですね。

Navi 深かったんですよね。

加藤 深い方で2メートル近くあったんですよね。

Navi 2メートル以上ありました。

加藤 だからね、怖かったですよね。

Navi 確かに。今も深いですもんね、プール。

加藤 今は段差はない。当時は真ん中からカクンって。 浅い方は浅くて、急に深くなったんですよね。

Navi そうだったですか。

加藤 僕、プールの時いつも入んなかったんですよね。

Navi なんですか、それは。意外な感じです。今から思うとプール楽しかったですけど。

加藤  今熊高のプール頑張ってますからね。温水です。あったかいですからね。 ドーム式のね。

Navi それ熊高の自慢ですよね。 さて、なんかエンドテーマが流れてきちゃって。 ところで加藤先生、今何やってるんですか。

加藤 今はですね、校長が役職成年ということで終わりましたので、 今61歳ですかね。今年度は。自分の担当する学校が46個あるんですけど、その学校を回って校長先生方の悩みを聞いたり、相談に乗ったり、そういう仕事をしています。

Navi じゃあアドバイザーですか?

加藤 いやいや、相談に乗ったり、話を聞いたり。

Navi なるほど、アドバイザーと相談役はまた話が別なんですね。 でもね、いろんな学校へ行って、経験を生かしていただいているのが今のお仕事ということでね。 これからどんなことをやってみたいですか? 愛に溢れていて、なんかもったいなくて、この愛を。熊谷愛、めぬま愛を。

加藤 そうですか。まずはあれですかね、やっぱり自分がやってきたことを少しでもね、担当する学校に役に立てるようにっていうのはできたらいいなというふうには思ってますけどね。 「頑張れ県立高校!」

Navi 今もそれですか? 今年の熊谷高校どうですか、倍率は?

加藤 今年は大丈夫。

Navi この時代の流れでね、いろんな公立学校が頑張らなくちゃいけない時期ですよね。 全国的に公立が厳しいですからね。今日は頑張れ熊高生じゃなくて、頑張れ県立高校。 県立高校にエールを送ってください。

加藤 聞いている高校関係者の皆さんはまあ頑張るしかないですよね。

Navi 本当ですね。公立の良さっていうのがありますから。 熊谷高校もこれから本当に私はすごく可能性を感じているいろんなその頑張りっていうのはあると思うので、ぜひぜひまたあのね、クマコーラジオも聞いていただいて。 だってクマコーラジオ、加藤先生のおかげでやっていただいて、これからもずっと続くといいんですけど。

加藤 そうですね、いつも頑張れ熊高生!のラジオネームで送らせていただいています。

Navi  熊高生はみんな、「あ、前の校長先生だ」ってわかってますよ

加藤 やっぱりね、終わったら終わりじゃなくて、これからもやっぱりいろんなところをサポートするっていうのが、これからやっていきたいですね。 応援するっていう立場でね、

Navi ということで頑張れ熊高生!ですね。

加藤 はい、頑張れ熊高生、そして頑張れ県立高校。

Navi はい、そして頑張れ熊谷ですね。そして頑張れ妻沼。ということでね、これからまた仲良く応援していきますか。

加藤 ありがとうございます。

Navi これからもどうぞよろしくお願いします。

加藤 こちらこそよろしくお願いします。

Navi また何かやりたいですね。

加藤 そうですね。また聞いていただいた皆さんどうなんですかね、今回結構宣伝したんですけど、みんな聞いてくれてるんですかね。

Navi 聞いてると思います。 また加藤先生来てくださいね。

加藤 ありがとうございます。

Navi ということで今日は熊谷と妻沼と石原とということで、前熊谷高校校長、そして元妻沼高校校長の加藤哲也さんに来ていただきました。今日はありがとうございました。

加藤 ありがとうございました。