9月15日(月)敬老の日 12:00~ FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~は?いよいよ50回記念!
番組の名付け親の西田さんをはじめ、今回はうちわ祭仲町区関係でありながら、成田星宮小おやじの会をやっている井桁さん高橋さんを迎え、うちわ祭のお囃子や運営の新たなる展開、そして西田さんも加えて私とうちわ祭 そして熊谷の未来について語り合います。やわらか熊谷はまだまだ これから 物語は続きます。どうぞお楽しみに。

AInottaによる要約を修正 

Navi 時刻は12時を回りました。AZクマガヤ6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオからお送りします。月曜のお昼は梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 ということで、今日は第50回記念ですね。(拍手)おかげさまでこの番組もどうなるかと思いましたが50回続くことができまして、本当にありがとうございます。今日のテーマは「うちわ祭と私と未来」というようになりましたけれども、今日のゲストは、本石お祭りコメンテーターそして石原小親友団長、そしてこの番組の名付け親でもあります西田勝さんです。こんにちは

西田 50回おめでとうございます。

Navi ありがとうございます。今日もまたよろしくお願いします。

西田 よろしくお願いします。

Navi そして仲町区お囃子会世話人、そして成田星宮小学校の親父の会元会長をやってらっしゃる井桁明彦さんです。こんにちは。

井桁 こんにちは。成田で雷電神社の祭事長にもなってます。よろしくお願いします

Navi そうでしたか。出ましたね。雷電神社の祭事長さん。そしてもう1人仲町の祭事係、そして成田星宮小親父の会の高橋健二さんに来ていただきました。こんにちは。

高橋 こんにちは。高橋健二です。お祭りと親父の会と両方やってますので、今日もよろしくお願いいたします

Navi ということで今日は、第50回という記念すべき回なんですけれども、おかげさまでスタートしたとき、このタイトルは「うちわ祭りから始めよう」なんです。

西田 そうですね

Navi それで「うちわ祭りから始めよう」でうちわ祭の話をしつつ、この番組が始まったというわけなんですけど

高橋 何年間ぐらいで50回目なんです?

Navi 去年の10月スタートだったんですよね。そのとき石原ファイブと言って石原小学校の関係者の方々の中でどこかお祭りで繋がるっていうのは、あったんですね。キーワードで。

西田 そうですね。お祭りやってる人メンバーでしょうね。全部そうなんですよ。

Navi だからやっぱりうちわ祭と熊谷は切っても切れない仲なんだなっていうのを実感しました。1年続くって思ってなかったんでどういう展開になるかはわかんなかったんですよ。でもここへたどり着いて、また元に戻ってきた感じがしますけど。

西田 去年の今頃「どうしようか?タイトルは。」って

Navi そうなんです。スタート地点では話題が「いしわら か いしはらか」ってどっちだと思います。

井桁 「いしはら」

高橋 「いしわら」だな

Navi 本当にそう言う感じで、意見が割れててどっちなんだよみたい時に、専門家の人に来てもらって

高橋 きてもらえるんだ。

Navi 聞いたら、小学校と石原駅は「いしわら」で、住所は全部「いしはら」なんですね。ショックですよね。

西田 そうですね。石原区は「いしわらく」ですよね。お祭りとかはね。

井桁 だから「石原っ子」(いしわらっこ)

高橋 いしわラッコ(キャラクター)

Navi ラッコのゆるキャラを、作ってくれたのが西田さん。

西田 そうですよ。

Navi 親父の会とかでもいろんなことやっていただいて

西田 遊びすぎましたね。

Navi いやいや、まだまだこれからです。ということでやっぱり「楽しい」というところがスタート。やっぱりこの「やわらか」っていう番組を決めるときに、いろいろ考えたんですよ。「熊谷を掘る とか 探る」とかそういう番組ですよ。西田さんはもう考えてたみたいで西田さんに相談したら、迷わず。

西田 梅林堂といえばやっぱり「やわらか」だからね。

高橋 もう今、熊谷銘菓ですからね。

西田 やわらかと熊谷をかけて、やわらかいラジオで熊谷の事をみんなに知ってもらうと。

Navi そうです。

西田 だから、俺も名付け親としても素晴らしいなと自画自賛。

Navi 今は「やわらか熊谷」って言えるんですけどね。思いもよらなかった。「それがいいよ」って決まりました。「やわらか」という意味を、「仲良く」とか「優しく」とか、「わかりやすく」っていうふうに置き換えて

高橋「睦ましく」とね

Navi そうですよ。ありがとうございます。トスをあげてくれて。妻沼で言うと「まろく」なんですよ。「まろく」っていうのは、優しい、まろやかとかっていう意味でいろんなよい言葉が残っていて、そのうちの一つが「やわらか」ということで この番組はおかげさまで1年続きました。いろんな方々とやってきましたが、自分はこんな声なのでラジオで喋るのが番組の目的というよりは、いろんな方々とお会いできて、いろんな話ができるじゃないですか。その方々と繋がったり、聞いた人とつながったり、「こういうことがあるよ」「良いことあるよ」っていうのを教えていただいて、この番組がなんか成立してるようなんで、なんかこの間、梅林堂さんに聞いたら、あともうちょっとやっていいって行っていただきいて良かったので打ち切りじゃないんですよ。契約は1年だったんですけど、おかげさまで、その後も続くことになりました。ありがとうございます。(拍手)

西田 梅林堂さんありがとうございます。

Navi だけど先日 梅林堂に行って、あの「梅林堂やわらか熊谷って番組をやってるんです」って言ったら店員さんが「そうですかぁ」って全然知らなかったんです。その辺をもっと今度は仲良くできたらなって思っています。ということで、西田さん、50回なんですけど、どうでしょう。西田さんにちょっとコメントをいただかないと、コメンテーターですから。

西田 本当50回 長かったですね。僕も多分ヘビーリスナーなんで50回中43回ぐらい聞いてる。出演も8回。

Navi 8回ぐらいですね、高橋さんも

高橋 3回ですよ

Navi 皆さん準レギュラーになってください。

西田 仲睦会の皆さん待ってるけど大丈夫ですか?親分の話を

Navi そうかすいません。ではここで曲に行きたいと思います。

西田 そうですね今度、春の高校野球の選抜の代表決めで秋の大会が始まりました。その高校球児たちに送りたいと思います。「人に優しく」自分の子供たちも今野球やってて、ちょうど今、今戦ってる

Navi そうなんですよね。この歌は、昔西武にいた秋山翔吾の応援歌でした。西田さん私もすごい西武ファンで、調子悪いんですけどここで、この歌は「頑張れ」っていう声が入るんです。それを届けたいわけですね。

西田 皆さん「頑張れっ」いうときは皆さん「頑張れ!」って言ってください

Navi ということで ブルーハーツ 人に優しく お願いします。

【曲 ブルーハーツ 人に優しく】

時刻は12時10分を回りました。87.6MHz FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~第50回「うちわ祭と私と未来」をお届けしています。50回記念ということで西田さんからいろいろコメントいただきましたけれどもさて、ここから、皆さんお待ちかね、

西田 待ってました。

Navi 仲町区うちわ祭りのキーマンと言われている、

井桁 ちょっと持ち上げすぎ!

Navi 井桁明彦さんに今日は来ていただきました。さあ、井桁さん、最初に聞きたいことがあります。出身の小学校はどこですか?

井桁 熊谷西小学校です。

Navi 中学校は?

井桁 大原中学校

Navi あれ 大原中?なんか西田さんと関係があるみたいで。

井桁 はい先輩です。

Navi 西田さんが大原中で

井桁 1個上ですね。

高橋 怖い先輩ね。

井桁 いや、優しい先輩ですよ。

Navi そこは本当になんか優しい先輩という感じが今、この2人の関係性から受け取れたんですけど、さてキーマンというのはまず、私がすごく気になったのは、そもそも熊谷西小学校ですけれども、生まれはどちらですか。

井桁 肥塚です。

Navi 肥塚に住んでるのに何で、仲町?ということです。

井桁 そうなんですよ。小学校のときに仲町に同級生がいて、「仲町に子どもがいないからできるよ」っていうことから、そこから始まりました。

Navi 羨ましいですね。

高橋 何年生?

井桁 4年生ですよね

Navi 私の頃は、本当に子供がいっぱいいて、私も西小学校なんですけれども、叩ける子叩けない子は明暗がわかれています。簡単には叩けないですよ。「いいですか?」と言っても、「いや駄目ですね」といわれ、地区外でも叩ける子は羨ましかったです。それをやっていたのが井桁さんということなんですね。

井桁 はい。本当あの頃から仲町は子供がいなかったですから。もう次、小学校から箱田・肥塚あの辺から集めてましたよ

Navi そうだったんですか。10年ぐらいですかね。私との差は15年ぐらいですかね。

井桁 今先生との差?今53です。

Navi 10年ぐらいですね、私62になるのでだから10年ぐらいの差ですね。そうするともう仲町には子どもがいなかった?私が子供の頃は仲町には子供がまだいてそんなことは聞いてなかったんですけど

井桁 そうですよね。そして、自分の2個上ぐらいあたりから、お囃子会にいっぱい、いましたよね。そう記憶にある感じですけど、

高橋 仲町は何世帯?

井桁 今30世帯ぐらい

Navi そうですか。それで仲町区のお話を聞くとすごいなと思って、先日呼んで来てもらった時に、やっぱり仲町仲睦会のこの仲睦しぶりが素晴らしかったですよ。愛を感じたんですよ。来てる人たちに仲町愛を感じました。

井桁 やっぱり町外から来てる子たちなんで、本当にお祭りが好きじゃないとやって大人まで続かないんですよ。だから残ってる子たちは、もう本当にお祭り好きだと思います。

Navi 子供のときから井桁さんは仲町のお囃子を叩き始めて、そこからどういう流れなんですか。

井桁 そこからお囃子会の会長を経て、

Navi 急になっちゃうんですか?会長に、何歳くらいでなれちゃうんすか。

井桁 高校生で、高校3年生がお囃子会卒業なんですよ。そこで会長をやってました。その後、仲睦会に入って、そこで会長をやらせていただいて、

Navi それが何歳ぐらいですか。

井桁 40ぐらいだと思うぐらい

Navi もう仲睦会での活動が長くて、そして会長をやった。

井桁 そうですね。

Navi そして、仲睦会での活動っていう中で、ちょっと気になる動きがありますけれども、仲町区が上之雷電神社辺りで何かやってましたよね。

井桁 そうですね。同時に「成田小おやじの会」っていうのもやっていました。

Navi それをちょっと抜かしてました。もう1個の二足のわらじじゃないですけど。

井桁 成田おやじの会で会長やってるときに、上之雷電神社の総代長の小鮒さんから、「上之雷電神社を盛り上げたいから、親父の会で何かできることないかな」って話を最初いただいたんです。

Navi ちょっと待ってください。とまた時間を戻しますよ。親父の会になったのはいつ頃ですか。

井桁 自分が入ったんですか。38ぐらいのときだと思います。

Navi でも私、成田小にいたとき、いなかったですよね

高橋 まだまだだったよね。その後だよね

井桁 何年ぐらいすか

Navi 2009年とか8年とか、

井桁 入れ替わり、入れ替えと言ったらおかしいかな。

Navi 成田にいたときに高橋さんがおやじの会で、覚えてていただいて、退職後に高橋さんに声かけていただいて、そして来ていただいたんですよ。

高橋 キャンプファイヤーで絶叫してた先生がいたんだったら、それが関根先生です。

井桁 それ知らない。そのときはいなかった。そこで成田親父の会に入りました。会長になりました。そしてさっき言った小鮒さんから「あの辺の地域を、親父の会で神社を盛り上げて何かないかな」って話をもらったときに、仲町のお囃子をそこでできませんかっていうことで提案して

Navi 飛びましたね。

高橋 3段跳びぐらい。

Navi うちわ祭りのお囃子を、西田さんはさくらマラソンで。

西田 赤城神社でやってたり星川でやってたりして、

Navi あれを聞いたときにうちわ祭りのお囃子外でやっていいんだみたいなところから、始まりまして何かあとはいろんなイベントでやってるのも聞いたんですけど、

西田 仲町が上之に?飛びましたね。

Navi 上之雷電神社 子供のときに私は上之の生まれなので、「お前の地区は上之雷電神社の地区なんだから、お囃子は叩けないんだよね」と父親に言われて、だからそうですかって言って雷電神社でうちわ祭りが叩ければと思ったら、なんだか今は叩いているのが、、、これは素晴らしい!

井桁 叩いてます。3年ぐらいやってると思うんですけどね

Navi あとびっくりしたのは、上之雷電神社に何か山車の模型があってあれはなんですか?

高橋 森村くんですね。森村くんお祭り好きで、この間も言ってましたけど、好きが高じて、作っちゃって、

Navi いやいやわかりましたよ作るので結構ありますよね。

井桁 それを置く場所がやっぱり困るみたいなんですよ。作っちゃうと、ちょうど神社に聞いたら、「置いていいよ」ってことを神社の方も言ってくれてちょうどいいねってことで

西田 常時飾っていうからるからね。

井桁 そうなんですね。本堂のお賽銭箱の隣に、いつ行っても飾ってあるんです。

Navi でも「ここでうちわ祭り会館かよ!」って、こんな離れたところでお祭の常時展示してるのって思ったときに、なんですかって思って、川端宮司にもいろいろ聞いちゃって、そしてキーマンの井桁さんにたどり着いた。なんでしょうね。上之まで飛んだっていうこのグローバルな感じ

井桁 グローバルですか。

高橋 私も知らないけど井桁がいつもやってるなぐらいでしたけどね。

井桁 元々そんなに深く考えずに、「子供たちが叩ける場所になっている」とそういう場所としてちょうどよかったんですよね。

Navi そしたらずっと続いてるんですね、今のところ。実際のお祭りのときも叩いていて。お祭り1週間後ですよね

井桁 そうですよね。

Navi だから、うちわ祭りが終わっても、まだうちわ祭りのお囃子が聞けたりするのは、すごいなと思いました。勇気がいったんじゃないですか?始めるのには。

井桁 やっちゃいました、多分勇気はあったんじゃないかと思いますが、とにかくお囃子も広まっていけばという気持ちです。

Navi そうですね、

井桁 雷電神社も喜んでると思いますよ。

Navi そうですね。

井桁 それでお正月もってことで、お正月もやってますから、

Navi 普通お正月に聞けないでしよ。それはすごいなって思ってます、高橋さんにこの番組きていただくは、もう3回目になります。1回目は成田星宮の親父の会として、2回目はこの間の仲町区の仲睦会なんですけど、そのときに井桁さんのことをキーマンって言っていて、前回出ていただけなくて今回でていただけました。高橋さん導いていただきありがとうございます。

井桁 キーマンと言われてもね、

高橋 井桁が「やるよ」って言うから周りが「やるっていうんだから、やればいいんじゃね。手伝うか」みたいな感じでそんな感じで祭事やってくれって言われて。「いいよ。」ってことになったんです。

井桁 そうですよね。

Navi なんで高橋さんを誘おうと思ったのですか?

井桁 やってくれるから

Navi 群馬県出身ですよ。

井桁 親父の仲間はね、本当そういう感じなんです。みんな同じ感じですよね。

高橋 やりたいっていうのがあれば、笑顔のために。

井桁 成田地区の人が仲町区に入ってきていいんです。

Navi コメンテーター西田さんに、私も今群馬県住んでますけども、たまたま石原小学校の校長になって西田さんと仲良くなったら、最後に「祭事係どうですか?」って言ってもらって

西田 話してたらお祭りが大好きなのが伝わってきますよ。

Navi それは好きですよ。ってもう寸止めされたんですよ。小学校のとき

高橋 40年ぐらい

Navi 寸止めされていた小学生は、多分このシニアの年代でいっぱいいますよ、「やりたかったんだよ」っていう人が、確かその私の気持ちをくすぐって入れてくれたのが西田さんです。

西田 そういうくすぶってる人がいたらこちらの方にメールください

井桁 とりっこになっちゃいますよ。

Navi それで高橋さんを誘ってくれたのは井桁さん、そういう繋がりで、やっぱりこの流れっていうのはもっといろんな方々に、うちわ祭は思ったよりオープンなんですよっていう流れを知っていただきたいですね。

井桁 そうですね。特に仲町は、オープンです。

西田 本石はもう、オープンですね。

井桁 やっぱ隣同士ですから、お隣さんで仲町区は、本石区のパクリですから

Navi 言っちゃっていいんですか?

井桁 私はもう勝さんがやってることを、仲町でどんどん取り入れています。例えば、水をね、

Navi 水?じゃ通じないです全然

西田 ミストを、あれは噴霧機に提灯付けて、その上から出るようにしたんですよ。夏の暑い時に子ども達のために、

井桁 もうずいぶん前なんですよ。

Navi ミストを?

井桁 本石さんは、やってたんですよ。

西田 あれをやってると必ずテレビの取材が来てそうですね、

井桁 それで次の年に買って、早速やりました。もう「よい」と思ったらどんどん取り入れるんです。

Navi それが進化の法則。

井桁 トランシーバーもそうです。巡航中にあっちとこっちで打ち合わせ。内々でですね。それをもうすぐ取り入れて、最終的には太鼓ですよね。

Navi 太鼓?なんですか?

井桁 太鼓を縄で締めているのは本石さんとうちぐらいですよ。

Navi なんかちょっとそう言われてみれば最初に西田さんに「縄で締めてるのは本石なんだよ」って聞いたけど、そう言われて今年見たら、「あれ?縄で締めてるところは他にもある」って思ったら広がってるんですね。

井桁 広がっちゃたんです。すぐ真似しちゃいますから

西田 これ閉める金具までね。

井桁 あれも教わったんです。全部

高橋 何も知らないで。ああいうもんだと思って締めてたから、

井桁 すぐ前に「百万石」って太鼓屋さんがあるんですけど、そこの人に来てもらって、締めたんですよ、師匠ですね

高橋 三つも締めればもういらないです。

Navi だからこういう「オープン化?」なんて言ってるわからないですけど、うちわ祭のオープンな感じっていうのを本当にやったのは仲町区さん。歴史を戻すと、西小学校でお囃子体験っていうの授業でやり始めた時に、最初に学校に来てくださったのが、仲町さんと鎌倉町さんと本町12、今も西小学校やってますよね。そして、授業中にガンガンやってくれたのは、本石区、元々お囃子体験は、親父の会でやってたんですよね。西田さん、

西田 石原小祭っていうのがあってそこでやってました。

Navi コロナのあと西田さんに「授業中どうですか」って言って、

西田 「授業でやりたいっすよね」って、

Navi その元はやっぱりオープン化っていうか、自分が叩けなかったので、教員になって、とにかく子供たちには、小学校に行ったら全員に叩かせてあげたい、って思って、西小もそうだし、石原小もそうしました。今は南小学校も桜木小学校も叩けるようになったんですよね。

井桁 東小もやってる。

Navi 東小は新島章夫さんという方がもう既にやってて、かなりの学校で今は子供たちが、そういう体験する場っていうのが増えて、オープン化はどんどん進んできていると思います。

高橋 そうなると成田星宮は?

井桁 一応やってますけど

西田 綱を引っ張る練習をしてたじゃないですか

井桁 それは校区の綱引き大会の方で。

Navi うちわ祭りの話じゃないんですか?

西田 あれは仲町のあれじゃないんですか?

Navi それはすごい親父の会の活動

西田 熊谷市で1番2番じゃない?

高橋 2番・・・奈良が強くてってそれは綱引きね

井桁 その話はちょっとまた長くなりますよ。

Navi 話をまた戻しますね。ということでオープン化が進んで学校の中でうちわ祭ができるようになってきているのも仲町区さん、そして今は西小で6町区、それから石原で石原区 本石区、桜町区、それから桜木で筑波とか 東小で銀座、南小で荒川区、伊勢町などいろんな地区が 学校に来ていただきかなりオープンになって、子供たちに広がってきてるなって思うんですけど、さらに雷電神社に飛び火してるっていうのがすごいなと思って、それを成田星宮地区の人たちは、どう思ってますか。びっくりしてる?いいなって思ってる?

井桁 それはいいと言ってくれますよね。

Navi お囃子がどんどん広がって妻沼の長慶寺さんに、お囃子研究会が行って叩いたり、それからのえびす祭りや桜マラソンで叩いたり、そういったように広がっているということで、「これからのうちわ祭の方向性」という感じになってきてるかなって思うんですけどね。西田さん!お祭りコメンテーターとしてこれはどんな流れなんでしょうかね。

西田 お囃子はやっぱりいろんなところでオープンにやっていくっていうのが、これから100年200年、そういうのを見越して、いろんなことを考えていくとどんどんやった方がいいのかなと思いますね。最近になって元々お囃子を教えてくれてきたところの地区がどんどんなくなってるじゃないですか。元々深谷だとか岡部だとかでやってましたけど、人が減ってって継承できなくなってるところもあって、今年本石にも深谷の小台地区から、来てもらったんですけど、「本石のお囃子はうちが教えたんだけど、このお囃子をうちに今継承されてない」っていうのもあって、「そういう叩き方はあったよ」っていうんで今度教えに行くんです。そういう繋がりもできて、アクションがあってオープンになればお互いに相乗効果になってくるように感じます。

Navi だから継承とか広げるとかっていうことは。人の力がないと駄目ですよね。だから私とか高橋さんとかなんか「お祭りにこういうもんなんだ」って体験して「すごいんだな」っていう、その一言ですよね

高橋 今年初めてやって、知らずに簡単な気持ちで「いいよ」って言って祭事って裏側から見ましたけどやっぱこれだけや

みんなが言ってるうちわ祭りっていうのは、入ってみるとすごいなという人もあるし、すごいパワーでやってるんだなっていうのは、本当に感じました。

Navi アスリートですよね。暑くて。

高橋 そうですね

Navi そしてあの服を着たときに、責任感を感じますよね

高橋 子供たちもそうだし、大人もみんなの前で叩いてるっていうのが本当に楽しそうというか、あれがやっぱすごい高校野球と甲子園ですよね。サッカーでいうと国立みたいな感じで やっぱりあの上で叩けるっていうのが

井桁 お祭り広場ですかね。あそこでやれるっていうのがやっぱり

高橋 いい顔して叩いてるんで、これはすごいことだなっていうのは、後ろで見てて思いました

Navi 学校教育とかそういうことじゃなく子供たちの教育の場になっている。

高橋 なってるんであればね。すごいね。

Navi 地域で何とかって簡単に言いますけれども、やっぱり子供たちがそういうところに参加する。あとはやっぱり大人ですか。これからの課題は。さて、時間がどんどん過ぎちゃいますので今度はキーマンであります。井桁さんからのリクエスト。

井桁 少年時代を忘れないようにあの頃のそういう気持ちの歌

Navi ということで井上陽水 少年時代、お届けします。

【曲 井上陽水 少年時代】

時刻は12時31分を回りました。FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 「第50回記念うちわ祭りと私と未来」ということでお話を伺っていますけどもね。高橋さん。

高橋 はい。

Navi 私も高橋さんもいい歳になってからお祭りに参加、子供時代してなかったのに参加してるじゃないですか、見る側からどんな気持ちで参加しましたか

高橋 私はちょっとこのベテラン2人を前にして言うのもなんなんですけど、元々私は群馬県出身なので、もううちわ祭り自体をあまり知らないで。熊谷、もう上之なんで、子供が「保護者天国だから行くよ」って言って、ついてきたぐらいで見てたぐらいしかずっと基礎の認識しかない状態です。その中でよく祭事からやりました。それはやっぱり親父の会をやってて、そういうサポートするっていうのは子供たちのためとかやってるのでそういうのは誰かのためになるっていうの土壌をあったかと思うんですけど、それは井桁に言われて「いいよ」って軽い気持ちでね、

Navi 親父の会もそうなんですよ。親父の会の方々の、私いろんな学校でいろんな方々にお世話になり高橋さんにもお世話になったんですけれども、なんていうか、お仕事も持たれていてPTAでもないのに、もちろん元PTAの関係者の方もたくさんいますけれども親父の会を今でもやってるっていうのはどういう気持ちですか。

高橋 やっぱりやってて楽しいっていうのと、子供たちがメインでやってるんで、子供たちが楽しんでくれることなんだろうなってみんなで考えて、休みの日に物好きな親父たちが朝から集まってね、行事を作り上げて「ありがとう」って子供たちに言われたり「楽しかったよ」って言われたりですか。そこだけですよね。

Navi 高橋さんが、親父の会やうちわ祭り参加してる気持ちは純粋ですね。

高橋 そうですね

Navi 周りに聞くとお祭りやりたかったけどお祭りはできなかった。町内が違うから叩きたかったけどっていう人が結構熊谷には多いんだな。元々えりすぐられた人たちがやってるっていうような感じはするんだなとは思ってます。でもやっぱりやってみると、なんていうか、あのお囃子のシャワーを浴びてると、暑くても耐えられると思いました。お囃子のシャワーと叩いてる人の動きですよね。子供たちの顔とか、あれはもうかかけがえのないものですね。

高橋 子供たちを相手にやってますと、群衆がいっぱいいる中で「次ね、次行くよ」って言われたときにみんなが「よし!やった」とか言っていい顔して上がっていくのを見るとすごいこの求心力っていうんですかね。すごいなと思って、みんなやりたくてやりたくて、猛練習のときも、私も何回か見に行きましたけど、もう叩きたい子がやってるから遊んでたりもしないし、怒られなくてもちゃんとやってるっていうのはやっぱ好きでやってると、これだけ真剣にやるもんだなっていうのを改めて見ましたね。それだからお祭りになったときも、あんな顔していい顔してできるのかなっていうのは、初めて最後まで通して見て思いましたね。

Navi 感動しますよね

高橋 しますね。やっぱり、

Navi 練習の風景と本番はまた顔が違ったりするし、最後お囃子が終わるときに若い人たちが、なんか本当に感動しながら終わりの風景があるじゃないですか。あれを見たときに、これは文化だなっていうか、教えごとじゃなくてなんていうか、次の世代のパワーを感じて、学校とはまた全然違う。それでも教育の原点みたいな感じました。そういった中で今年ちょっとびっくりしちゃったのが、仲町さんってオープンに八木橋でお囃子体験会やってるじゃないすか。びっくりしましたチラシが入って、

井桁 あれは今年初めてやって

Navi 初めて?

井桁 はい

Navi あれこそオープン!誰でも参加出来ましたよね。

井桁 はい。あれはたまたま見送り幕、あれをちょっと新しくし、綺麗に直そうっていうことでそれを1回飾らなくちゃいけないっていう時期があって、どうせだからそこでお囃子を披露してと思ったら、「お囃子体験教室をやろう」って八木橋の方が先頭に立ってやってくれたんですよ。

Navi チラシが来たときびっくりしました。本石区でも、お囃子体験会やってますよね

西田 そうですね2ヶ月に1回児童館でやって

井桁 すごいっすよね。2ヶ月に一度やるっていうのは、

西田 でもこれ9月にまたやるんですけど、冬はやっぱり減るんですよ。結構やっぱり夏のものだよね、気合が入らない。

Navi でもやっぱり自分からすると季節外れのときに、音を聞くと「やっぱり熊谷はうちわ祭りなんだな」って思ったりしていいですね。うちわ祭が終わったら、もう次の年のうちわ祭が始まっていて、関係者の方は後300何日とか270とか言っててびっくりです。ちなみに本石では私も叩かせていただけるんですよ。お囃子会とか祇園会じゃないのに。それが私は一番の特典だと思っています。西田さんに「叩けますよ」って言われて練習会だけでもいいなって思ったんです。本当に叩けるんであれば、参加させていただいたら、本番でもたたかせていただいて、60過ぎてからですよ。だからラジオを聞いてる方で、お囃子体験会でまだ叩けるんですよっていうことを知っていただきたいです。

西田 この間ね、お囃子の練習してるときに、見に来たおばあさんがいて、その人にバチを渡して叩いてもらいました。そのぐらいオープンでお囃子というものを、知ってもらいたいっていうふうに考えています。

Navi そうですよね。だから熊谷の小学生は今中心近くの学校で叩けるけど。もうちょっと離れた学校とかでも叩けるような体験教室ができるようになってくれば、もっとオール熊谷になったりとか、大人ももっと関心持ったりすると思うんです。叩けるのは本当に嬉しかったです

高橋 1回お囃子を卒業した人がまた戻ってくれる場所というか、やり方がね、うまくできれば、そこをもっと増えるよね。

Nav そうですよ。一度外に出てた人がまた熊谷に戻ってきて

井桁 ほしいですよね。

Navi 本当ですよ。「帰ってきて!祭があるんだから」とか、お祭りで帰ってきた後も「ずっと熊谷にいて!」みたいな。お祭りは、人を呼び寄せますよね。なんか大学生なんかで、そのときだけは帰ってくるっていうような人もいますもんね。

井桁 はい。

Navi さて今度は高橋さんのリクエスト曲 なんですか

高橋 プリンセスプリンセスのダイヤモンド、若かりし頃、青春時代の1ページの感じで

Navi ではお届けしますプリンセスプリンセスでダイヤモンド

【曲 プリンセスプリンセス ダイヤモンド】

Navi 時刻は12時41分を回りました。FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第50回うちわ祭りと私と未来というテーマで送っています。さてここでお便りをいただいております。ラジオネームラグビーお兄さんからいただきました。「皆様こんにちは。第41回では大変お世話になりました。今日も仕事をしながら聞いています。熊谷うちわ祭も終わりましたが鎌倉区保存会はちょいちょい来年に向けて動いています。出演させていただいてから、うちわ祭りへの思いがより強くなりました」ということで、ありがとうございました。第41回で鎌倉区のことについてちょっと伺って、やはりラグビーのお兄さんも、生まれは大麻生なんだけれども、鎌倉区で祭事係やって、もう結構長くやってらっしゃって、これからもずっとやっていくということで本当にご活躍していて、本番でも本当に一生懸命働いてた姿を見ました。本当に皆さんすごいなと思いましたね。続きましてラジオネーム. テント番さんからいただきました。

「いげいげ! 高橋さん祭りお疲れ様でした。井桁の頑張りがだんだんと実りつつありますね。祭事の皆さんの頑張りで大変助かりました。来年は今年以上のパワーアップを期待しています。よろしくお願いします。いげいげ!11月の本庄まつり楽しみにしてるよ。番組最後まで頑張って」ということで、ありがとうございます。11月の本庄まつりなんですか。

井桁 本庄のお祭りです。

高橋 だから本庄は秋祭り、

井桁 夏にそれを見に行こうっていう約束をして

Navi そういうことですね。

高橋 私は熊谷に来る前は本庄に住んでますけどね。

Navi 本庄はどうですか?山車のお祭りとかっていうのは、

高橋 やっぱすごいね。山車も6台あるのかな。もっとあるかな、ちょっとそこまで詳しくないんですけど

Navi 山車の上の人形を他の地区に行くといろんな人形があるっていうのを知って、私もそれをいろんなWebで調べたら「本当にいろんな人形が上がってるんだな」と思ったんで興味ありますね。あとやっぱり山車のところもあったり屋台のところもあったりとか、見た目は結構似てるんですがやっぱお囃子は少し違いますよね。

井桁 違いますね

西田 本庄とはちょっと違う。

Navi なんか群馬県にも、似たような高崎まつりもそうだし、渋川まつりも同じように山車が出てるんですよ。でも太鼓の数が違ったり。

井桁 川越もそうですね。

Navi お囃子が違ってて、鉦のガーンっていうのは深谷・熊谷のがすごいなっていう。だんだん特化して独自に熊谷の道を歩んでると思うんですけどね。ますますこれから熊谷のうちわ祭りが栄えていくためにはどうしたらいいでしょうかね。

西田 やっぱりオープンなところが必要なんでしょうね。今まで自分の町内っていうのも、それはもちろん大切なところなのかもしれないですけど、これからはちょっとオープンにして、どんどんお祭りを好きな人を自分たちも頑張って作っんなってもらえる。子供たちを作ってあげるっていう真面目な話ですよね

井桁 仲町は昔からオープンだから、本当に仲町に住んでる人っていうのが少ないんですが、お祭り関係者でもすごく

Navi これからのことを考えるとますますオープン化をもっと広げたりとか、他のところと仲良くしたりとかっていうのがあって、自分なんかちょっとちらっとね、なんかお今日来ている2人がね、成田星宮小の親父の会からなんか成田星宮地区と何か仲町がなんか仲良くしてるのかなって思っちゃったんですけど

井桁 まだそこまではいってないですね。まだそこまでいってないですけどこれから

Navi きっとお囃子を続けて上之雷電神社に流してると皆さん「やってみたい」っていう人も出てくる可能性は高いですよね。

井桁 そうですよね。それを狙ってるんですけどね

Navi どうですか。

高橋 やっぱり触れる機会を増やす祭りっていうのは3日間だけじゃなくて他のところでも、やれる機会を増やしていくとやっぱりそれだけ興味を持ってる人も増えてくると思うので、それはやってる人の責任かな。やらなきゃいけないっていう。

井桁 雷電神社で今は披露しかしてないんですけどね。そこで体験教室みたいにしちゃえば

Navi そうですね

井桁 それは向こうにも広がっていく可能性がね、あるかなって思うんですよね。

Navi そうですよね。なるべくうちわ祭りを知ってもらうだけで違うのかなと。自分の子供は群馬県でずっと生活しててやっぱりうちは祭にきているうちに耳に残って、やっぱり「お祭り見に行く」って言ったり、うちの妹なんかはやっぱりちっちゃいときから聞いてるのでやっぱりLINEとかでお囃子の音を流すだけで、「血が騒ぐ」と言ったりするので、全国に散らばった熊谷の人たちの血を騒がしてね、「帰ってこい」っていうのもなんか面白い、いろんな展開がまだまだあるのかなって。例えばラグビーとうちわ祭りを関わらせるとか、あと、妻沼とうちわ祭りっていうのがちょっと気になっていて、妻沼の方でうちわ祭りのことあんまり聞いたことがないっていう事例で、この間、長慶寺でうちわ祭のお囃子をやったら「初めて聞いた」と言う話を聞いたのです。びっくりしちゃって、やっぱり妻沼の人はお囃子聞かないんですね。

井桁 そうですね。妻沼のお祭り行かないですよ。籠原にもいかないですもんね。

西田 籠原は

井桁 時期が重なっちゃって

Navi 私も籠原小学校にいるときに、あの二つの屋台以外に屋台があるのを知りました。

井桁 緑町の

Navi 「籠原でもやっぱりお囃子やってたんだ」っていうのを気づいて、だからやっぱりあっちこっちでやっぱりやってるんだけれどもお互いに情報交換ができたら広がっていったりとかする、しやっぱり何よりも体験できるっていうのは大きいですよね。

井桁 体験ですね。

西田 子供たちに興味を持ってもらうことですね。

Navi あとは大人ですかね。大人の体験もどうなのか。

西田 そうですね。

Navi FMクマガヤのパーソナリティでも「叩いてみたい」っていう方が居ます。

西田 実際屋台の上に上がって叩いてみてどうですか。

Navi いやもうやばいです。本当に上がって、もちろん練習会では下で叩くんです。それだけでもすごい満足してるんですけど。上に上がった時の景色が違いますね。それを知ったらもうたまらないですね。

井桁 1年目の子がやっぱ屋台の上で叩くと、2年目がやっぱ全然違いますよね

Navi 人がいっぱい見ていて舞台の上なんですよ。あの風景はもう忘れられない。いろんな人が見てる、それから隣の人と一緒に叩くと近いじゃないですか。半纏も着させていただて、あの格好もすごいっすね

井桁 半纏着るの大きいよね。

高橋 そうね。全然素人なんだけど着てるだけでちょっと違うもんね。

Navi 高橋さんは浴衣だけじゃなく 半纏まで着ちゃっていましたね。下まで全部きっちり決まってましたね。なりきってましたよ。

高橋 なんかベテランで通っていて。見てくれベテランなんだよね。

Navi 子供たちとも仲良くして、急になんか今までずっとやってたように見えましたよね。

高橋 見た目はね。でもドキドキしてたし、わかんないから「どうも」って言っとけばいいかなって

Navi まだしばらくこれじゃ止められないって感じになってますね

高橋 いや、辞める理由はない。せっかく選んでいただいたんだから

Navi そう思う。熊谷に入り込んでいただいてすてきです。私もどっぷりおかげさまで入り込めたので本当幸せだなって思っています。そんなわけでうちわ祭りの自慢しかしなかったですね。

高橋 いいことですよ。

Navi あっという間にもう終わりの時間が、きちゃってこのテーマ曲が流れると終わりなんです。井桁さん!たくさん聞いてる人はいますよ。仲睦会の皆さんも

井桁 みんなに本当感謝です。まだ昨日も仲町は敬老会でお囃子披露したんですけど

高橋 大絶賛、

井桁 おじいちゃんおばあちゃんも、集まってくれて、一人じゃできないですからね。本当感謝です。

Navi ということでね。もうあっという間に終わっちゃいますけど西田さん、どうでしょう

西田 50回おめでとうございます。

Navi 感謝ですね。

西田 またどんどん回数やって。また今度みんなで呼んでもらいましょう。

Navi そうそう「何かやる!」って言ったじゃないですか。高橋さん。何か仕掛けてるみたいに聞きましたが?

高橋 いろんな野望もあって 子どもだけじゃない、親父も楽しめる、大人も楽しめる。何かそういう枠組みを井桁となんか作ろうって思ってやってます。

Navi 新たなムーブメント?

高橋 そうですね。

Navi 親父の会を越えた。名前が何か決まっているんじゃないですか?

高橋 名前は

井桁 将棋の駒が成ったら福が出てくるっていう「なり福」っていうね。

高橋 名前は決まってるんすよ。「なり福」が何をするかっていうところを今ちょっとね、

Navi できあがったら、また来てくださいね

高橋 ぜひ、

Navi ということであっという間のお時間になってしまいました。今日は第50回うちわ祭りと私とみんなそれぞれが、未来に向けて何かをやろうとしているということで、未来についてもちょっと語ってもらいました。私もまだ未来をいっぱい考えています。「やったことないことをやりましょう!」

西田 やりましょう。チャレンジです。

Navi ということで今日はお祭りコメンテーター、西田勝さん、そして仲町区お囃子会世話人井桁明彦さん、そして仲町の祭事係 高橋健二さんに来ていただきました。今日はありがとうございました。

一同 ありがとうございました。

Navi また来てくださいね。

井桁・高橋 よろしくお願いします

Navi ありがとうございました。