7月13日(月)12:00~ FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第96回「熊谷愛とボランティア」をお届けします。

熊谷で様々な団体が活動しています。みなボランティアです。その活動を突き動かしているのは【熊谷愛】と思われます。熊谷探偵団として活動し様々な活動をしてきた田口徹男さんをゲストに迎えお話を伺います。普段はレコード鑑賞会をいろいろなところで行い、昭和レトロな音楽をいろいろなところで届けています。今回はいろいろな活動の中から雑学研究会 さくらファンクラブ そして戦後81年目になる今年 戦跡ガイドの活動も伺います。市内にはまだまだ知らないことがたくさんあります。しっかり教えていただきますどうぞお楽しみに!

以下AInottaによる文字起こしを修正したものです

Navi 時刻は12時を回りました。AZ熊谷6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオからお送りします。月曜のお昼は梅林堂提供「やわらか熊谷ぼくらがつなぐ物語」第96回。今日のタイトルは「熊谷愛とボランティア」というタイトルでお届けします。さて、今日のゲストはいろんな活動をしているということなんですけども、熊谷愛にあふれる田口徹男さんに来ていただきました。こんにちは。 

田口 こんにちは。お世話になります。

Navi ということで、田口さんこの番組をいつも聞いてくださってるって聞いたんですけど

田口 はい。私は趣味がオーディオで、実はかなり高級なチューナーでアクフェーズというチューナーで、数十万するんですけど。 屋根の上には五筋のアンテナ立てて昔は、ローテーターっていうんでね、アンテナがくるくる回ったのがあったんで、そこまでしてませんけどね。 ちゃんとチェックしてます。今日も、家内が、チェックしてボイスレコーダーに録音してるはずです。

Navi  うわ。知りませんでした。今、専門用語が次から次へと出てきて。ところで受信状態はバッチリってことですか? 

田口 そうですね。 

Navi あー、そうですか。今はスマホで聞いてる人が多いんですけども。ちゃんと電波でエアチェック。 

田口 エアチェックですね。東京にいた時はほとんどNHKのFMのクラシック。これはもうカセットテープで400巻ほど。 最初デジタルオーディオテープレコーダー、DAT。あれに全部流し録りしちゃってそれ今度カセットに録って。

Navi 「エアチェック」っていう言葉が今の人たちにはあまり馴染みがないんですか?

田口 そうですね。ないと思いますね。

Navi エアチェックっていうのは、ラジオとか聞いて、それを録音するっていうこと?

田口 そうですね。チェック、要するに 聞くことですね。

Navi 放送を聞いてチェックするっていうことなんでしょうね。 

田口 そうですよね。 よく聞かれますよ。なんでFMを聞くのにチェックするって言うんですかと。 

Navi 「エアチェック」って普通に子供時代に聞いてたのが、今の人たちエアじゃなくて、ネットから

田口 そうですね。取り入れてる ダウンロードだとかね。

Navi  だからちゃんと放送しているものを空気から受信してラジオで聞いて、それを録音するという、本当に正統派の聞き方。

田口 そうですね。実は電波法でご存知だと思いますけど、あの変調度って百パーセントになるんですよね。ところがこのFMクマガヤは、私のチューナーにデベーションモイメーター付いてますから、ダイナミックレンジ広いわけですよ。大体200パーセント。NHKのFMとFMクマガヤだけです、変調度はFM東京なんか100パーセント以内守ってはリミッター効いちゃうんですね。 

Navi さっきの話も全部、専門用語なんで難しかったんですけど、電波の強さってFMクマガヤはそんな強くないでしょ。電波法のこともあるので

田口 強くないんだけど、やっぱ強いところだと出力じゃなくて、要するにダイナミックレンジ。ダイナミック波です。出力とは違うんですよ。 

Navi ラジオのお聞きの方も多分「分からない」って言う人もいると思うんですけど専門的なことでということでよろしいですか?

田口  まあ、そうかも知れません。だから、デベーションメーターがまだ付いてるラジオっていうのはあんまりないですね。 それをチェックすれば、「あ、FM区間では電波法は持ってないの?」とかね。

Navi そうなんですか。 電波の状況っていうのはいい状態で聴いていただいているということですね。

田口  非常にラジオっぽくないんですよ。生の声に近いんです。NAMM式はもうクラシック番組だけは、リミッターを外してるのが、FM東京なんかはもうリミッター切っちゃってるから、聞いてて非常に範囲が狭いんですよね。

Navi まだよく理解してない。すいません。素人なんで。 もういきなりいろんな専門的なお話を聞けるということでありがとうございます。これ番組恒例なんですけども、出身の小学校はどちらでしょうか?

田口 熊谷市立大麻生小学校。通称あさ小です。 

Navi はい、あさ小。そして中学校は? 

田口 熊谷市立大麻生中学校、通称あさ中です。

Navi あさ中。ということでね、地元大麻生の出身ということですね。 

田口 そうですね。

Navi 田口さんは学校出て、どんなお仕事されてたんですか?

田口  仕事は、私、熊谷工業の建築を卒業して、それで東京電力ですね、この本社の方に行かされちゃったんですよ、本社っていうか東京の主に都内の大規模地下変電所。電圧で言うと27万5000ボルト以上の都内に電力を供給する変電所の地点選定、それから変電所の建物計画、それから基本設計。詳細設計は子会社の東電設計とでもするんですけどね。あとは現場に行って、皆さんにちゃんと我々が設計した通り、使用した通りやってるかっていう監理。さら監の方やってました。 

Navi 技術職ですね。

田口  はい、そうですね。

Navi 熊谷工業の、建築科って、私の父親はそこを出ていて、もう随分前に他界してるんですけど。 

田口 商工の時代ですね。 

Navi そうだったかな?

田口 そんな感じだと思うんですけど。

Navi 本当に技術屋さんということで。しかも東京電力ってもう今こそ電気がないと何もやれない世の中で。 

田口 私が主任という中心的な仕事をやる立場だった頃は、非常に電力需要が上り調子だったんですよ。だいたい年に三パーセントぐらいでやりまして。ですから、都内にちょうどですね、大きな変電所、地下変電所ですから。地下30メートル掘るんですよ。 

Navi 建物の 地下に変電所?

田口 そうです。 

Navi あるんですか?

田口 これは言うなれば、まあインフラ的なものなんですけれど、やっぱり地上に作るっていうことはコストがかかるのでやっぱり地下を有効利用するってこと。上にはオフィスビル。そういうふうに、共同で、それはオフィスビルは東京電力がじゃなくて、共同利得ですね。区分地条件という区分地と所有権を分けて、地下は東京電力。上はその資本する会社ね。例えば、私が関係したので、一番最初、新入社員で気が早いところ入ったのは、あの、ニチレイでしたね。ニチレイの本社ビル。 

Navi ニチレイっていうのは、冷凍食品の会社。 

田口 そうです。ニチレイの本社ビルが三崎町にありまして、それを建て替えると。で、その下に、じゃあ計画しようということになりまして。建物容積度十万坪。三万九千坪。

Navi でもこの辺だと外にありますよね。変電所。 

田口 そうですね。都内だったら場所がないから地下に。

Navi 初めて知りました。もう当然変電所って外にあるもんだと思ってたら地下にあるんですか。この話だけでもあっという間に終わっちゃいそうなので、ちょっと前に行っていいですか?会社に勤めて、退職後に、熊谷に戻ってきたわけですよね。

田口 私、三十年前に、自分の家の土地が区画取りだったんですけど、それが大麻生にありまして、そこに持ち家して、持ち家すると東京電力ってのは新幹線通勤が認められる。それで熊谷から有楽町まで通勤していました。

Navi そうだったんですか。 

田口 それからもう30年ほどですからね、新幹線で非常に快適に

Navi そうだったんですか。仕事を退職されて、まあいろんな活動をっていうことなんですけど、最初に伺いたいのは、熊谷愛じゃないかもしれないけど、関係してるかもしれないけど、「レコード鑑賞会」これはどんなきっかけで始めたのですか?

田口 実は、社会福祉協議会のボランティアセンターっていうのがあって、ある時チラシを見たんですよね。「ボランティア活動会員を募集する」と、それで電話してみて、「私はこれからこういうことができる」と。「自分で作った真空管アンプでレコード、ドーナツ盤をかけることができるんですけど」だって伝えたら、「ぜひお願いしたい」って来たんですよ。

Navi じゃあレコード鑑賞会っていうのは、真空管アンプの音を聞くことなんですね。 

田口 真空管アンプでレコードプレーヤーも、ハードオフみたいなところで、そこで買ってきて、自分で直して アナログのベルトを取り寄せて、そこはスピンドルの軸受けのところのグリスアップしたり、テフロンの棒買って直したり。それでレコードプレーヤー復活して。ハリはありましたからね。

Navi 始めた頃はCDとかない時代?もうある時代?

田口 そういうこと始めたのは定年後ですから。

Navi CDもあったってことですか? 

田口 あります。もちろんあります。 

Navi CDがある中であえてアンプも真空管で?

田口 それもなんか話すと長くなっちゃうんですけどね。真空管アンプを作ろうと思ったのは、これも三十年ぐらい前で、いわゆるプラモデルみたいなキットですね。 キットを作ったんですよ。 私、その頃でアンプだけでも100万ぐらいの使ってましたから。スピーカーも一本何十万ってやつなんですけどね。3、4万のキットでどんな音がするんだろうとは思ってたんですよ。やってみたら結構いい音がするんで。おもちゃじゃないなと。

Navi そもそもですよ。ラジオをお聴きの方に「真空管アンプ」って言っても。どういうのかわかんない人もいます。真空管ってガラスの入れ物みたいな電球みたいな形?電球的なイメージがいっぱい並んで、今で言うと基板の抵抗で作ってる基板の代わりに中が真空の電球みたいに並んでいるものがアンプ、音の増幅器。それをスピーカーにつないで。真空管アンプと今の普通のアンプの音の違いってどうなんですか? 

田口 音の違いを言葉で言うのは難しいんですけどね。よく「柔らかい」とかね言われるんですけどね。それはCDの音に慣れてる人はもしかしたら真空管は、「柔らかい」っていうかな。

Navi あとアナログレコードってプチプチ音が

田口 それも言われますよ。CDじゃ何もノイズ出ないけど、アナログは人間らしい音なんでだから、やっぱり音が、もしかしたら今のそのなんかCDに慣れた人たちにとってみると、なんかいいのかな。 今ね、それとね、昭和歌謡もものすごく反応するんですよ。  やっぱり私は思うんですけどね、「デジタル疲れ」

Navi 「デジタル疲れ」 え?どういうことですか? 

田口 要するにね、デジタルで、みんな一、二、三、四じゃなくて、その間があるわけですよ。アナログっていうのはありきたりの数じゃないんですよね。 

Navi そうですか。なんか自分なんかからすると、アナログレコードでスタートしてカセットテープに録音するときに、ゴミがついてると音がしちゃって。レコードって本当にきれいにするのが大変で。でも今は逆にあのほこりの音が入った方が味がある時代になったんですよね。 

田口 今レトロって言いますけどね。カセットテープもいいっていう人も、デジタル疲れの話をしたら、どうなのかなって自分で思ったんですけど、あえて今レコードを聴いたり、レコードが回ってるのとか、真空管で音を出してるのを見て、多分聴いてる方々は心があれなんですか? うちの家内に言わせれば、「夏の暖房機だ」って真空管。冗談で言ってますよ。

Navi そうですか。 

田口 あなたの趣味は私の迷惑ですから。多分、これ聴いてるもんね。私の部屋で聴いてますから寝転んでね、「私はテレビ見たい」って言ってましたから。

Navi どういうところで、アナログレコードをかけるのですか?

田口 一番最初はサロンです。社会福祉協議会のボラセンから来たのは、やっぱりサロンですね。

Navi サロン? 

田口 はい、サロン。各地にあるんですよ。例えばちょっとした集会所とか10人、20人集まって、そういうところで月に一回活動してるんですね。 そういう人たちがボランティアセンターに問い合わせして、「どういう人が活動してますか」って私に紹介に来るんですよ。ボランティアセンターから。  「田口さん、こういうところのサロンで、こういうことやってもらえない?」って。「わかりました」と。そこからもういっぱい回りましたよ。

Navi そうですか。サロン?

田口  各地にあります、サロンは。

Navi うーん。 サロンっていうのは、高齢者の方?でもない普通の方が来るんですか? 

田口 普通の方?現役を退職されたおばあちゃんからちょっと高齢者。 もう後期高齢者。それ で、体操をやったりね。ちょっとお茶飲んだりして。そこで、なんて言うか、アナログレコードと真空管の音を聴いてもらう。そこで、ちょっとハーモニカ吹いたり歌ったりするとね。最後に皆さんで必ず歌ってもらうのは『ふるさと』ですね。 これは皆さん歌いますね。 

Navi そうですよね。

田口 ハーモニカで吹けばね、「うさぎ追いし、、、♪」ってみんな歌いますよ。 

Navi あー、そういう感じの音楽ですか?

田口 まあ- そうですね。見た目もそうですけど、音もお届けして皆さんの心を癒しているというか。それがきっかけで、今度はその高齢者施設ですね。「やってください」っていう話が来まして。もちろんボランティアなんですけどね。そしたら喜ばれちゃってね。東京音頭の格好がすごいですよ。踊っちゃいますよ。 

Navi あー、そうですか。 選曲で、そういうことをされてると。 はい。 じゃあ、本当にその、それぞれのアナログレコードをお持ちと? 

田口 はい。 今四百枚ぐらい集めましたね。 

Navi 四百枚?! 

田口 いわゆるドーナツ盤ですね。 

Navi 集めたってことは、改めてまた今買ったのですか?

田口 そうです。

Navi 今の時代に集めてるんですね。 

田口 まさか、これほど「レコードかけてくれ」っていうリクエストがあるとは思わなかったんですよ。それで 私、昔の青春の頃、聴いたレコードをハードオフってあるんですけどね、赤城町にね、あそこで一枚30円とか50円で買ってくるんですよ。きれいにして。 

Navi 私もそう言われてみれば、かけられないんですけど「直実節」のレコード、アナログっていうか、45回転のやつ持っています。45とか78とか33って今の人たちはわかるのかな?回転数がちがうんですよね。それはあるんだけど、まああるだけで、「かけてみたいな」って、今聞いてたら思っちゃいました。

田口  ぜひおいでください。私の家に。

Navi そうですね。 なんか、わかりました。というわけでそういうことをされていると、

田口 普段は、

Navi ということで、これから熊谷の話に行くわけですけれども、ここで曲いってみたいと思います。

田口  はい。 じゃあ、先ほど出た「なおざね節」

Navi いってみたいと思います。

田口 ラジオをお聞きの方、踊ってください。

Navi 「つくば兄弟」だと思います。お届けします。

【曲 つくば兄弟 なおざね節】

時刻は12時20分を回りました。梅林堂提供やわらか熊谷、僕らがつなぐ物語 第96回「熊谷愛とボランティア」ということで、今日は田口徹男さんに来ていただいております。さて、先ほどもレコードの話で、まだ聞きたいことがあるんですが、今日はいろいろ熊谷のことについて、いろいろ伺えればなって思ったんで、まず田口さんは郷土文化会の会員ですよね。 

田口 はい。 

Navi 私も実は最近入れてもらって、あんまりちゃんと活動してないんですけど、校歌の研究した時はちょっとお手伝いできたんで「良かったな」と思うんですけど、先日の総会の時も田口さんいらしてたんですよね。

田口  私気がつかないで失礼しました。 

Navi 私がですよ。

田口 私気がつかないですぐ後ろにいらしたんですね。 

Navi そうみたいです。気がつかなくてすいませんでした。ということで、やっぱり郷土文化会、熊谷のその歴史に関して、いろんな活動をしたきっかけっていうのは、熊谷探偵団っていう活動ですか?

田口 そうですね。

Navi 熊谷探偵団って改めてもう一回説明するとどんな活動ですか? 

田口 私、もともと歴史が好きで、実はその定年して三年ぐらいはちょっとふらふら、ふらふらというかね、たまたま中央公民館の主催する街中ガイドってのがあったんですよ。 それに参加したら、そのガイドしてる団体が熊谷探偵団だったんですね。 その後にガイド、あの、我々は受講者だったんですけど、その中から「熊谷探偵団に入会する気もありますか?」って。それで「あ、入りましょう」って。それがきっかけですね。 入会を希望する人間何人かいて、で、中央公民館に行って、その時に、会長で米山実さんっていう方が、ご存じと思いますけどね。彼が熊谷探偵団の成り立ちだとかね、副会長の研修の渋谷さんって方が「こういうことをやってます」とぐそしたらあれですね、米山さんから電話かかってきて「田口さん、実はこれこれ、こういうことで、ガイド案内一緒にやってくんない?籠原から熊谷駅まで」

Navi 籠原駅から熊谷駅まで? すごいですね。

田口 ちょっとね、話が飛んじゃいますけど、一番歩いたの、私が事務局長をやった時には、籠原駅から行田まで、旧中山道16キロ。

Navi うわー。 

田口 一気通貫できないんで、皆さん、「お前若いんだからやるんだよ」言われたんですけどね。3つに分けましたね。籠原から「とんでん」まで、「とんでん」で食事して。

Navi とんでん

田口 とんでんで食事、それから街中ですね。それから行田まで。 

Navi とんでんって石原の?

田口 そうです。そのあたりにあったやつです。

Navi 今はもうないんですけどね。とんでんから街中を、街中を通って、バトンタッチして、行田まで。 街中の終わりはどのくらいの場所ですか?

田口 街中の終わりは久下ぐらいまで。 久下のちょっと手前まで。そこから行田に行くと。

Navi そういう16キロのガイドはすごいですね。 

田口 そうですね。それ全部車でどういう施設があるかを調べて。もちろん先輩方が、くえにゃくえの得意な人もいるし、街中の得意な人もいるし。米山さんは玉井が得意だしってことなんでね。そういうふうな得意な人に受け持ってもらって、私は全体を見て通ると。 すごいですね。 石川県からも来たしね。和歌山からも来たし、大阪からも来た人がいるんですよ、そういう人が。 

Navi 今でもね、熊谷探偵団の方いらっしゃって、小学生にガイドしてくださったっていうんで、以前出ていただいたことある。今は、星川とかですが、端から端までとなると本当にすごかったんですね。

田口 深谷もね、本当はガイドしてもらいたいっていうと、深谷はエリア外なんで、それ言われると深谷にも古い旅館があって、それもガイドしてもらいたいって話が来るんですけど、我々は熊谷なんでってことなんで。深谷には残念ながらそういうボランティアガイドがなかったんです。

Navi そうですか。 

田口 今、そういう古い街道を歩くのが流行ってるんですよ。それで旧中山道通ってるってことで、

Navi なるほど。そんなその熊谷探偵団でやりながら、今日メインになるかもしれないけど、熊谷戦跡ガイドを、中心でされているということなんですけど、これはどんなものなんですか?戦跡っていうのは、要するに- 戦いの跡とか

田口 戦争の戦に跡。

Navi 跡ですよね。戦跡っていうのは成績の績じゃなくて、跡地の跡です。戦跡のガイドということをされて、これはどんなガイドですか?

田口  基本的には昭和20年の8月の14日の11時何分かに最後の空襲を受けたわけですね、熊谷が。 それで その空襲受けた後の傷跡みたいなのが残ってるわけですね。 そのことを戦跡って言ったりしてますけどね。

Navi  なるほど。 熊谷空襲のことですね。じゃあ14日の夜。 

田口 そうです、夜ですね。 我々はその教わったことだけ知らないんですけどね。実際にそれを体験してる人もいるわけですよね。

Navi そうですよね。じゃあ、例えばどんなところをガイドされてるんですか? スタートは?

田口 スタートはあの星川に「女神の像」ってあるんですよ。まあ星川だけじゃないけど、266人の方が亡くなってるってことで作って、北村西望っていう長崎の祈念公園の彫刻。 あれを作った方に作ってもらったと。 

Navi 北村西望さんが作った女神の像が大体どの辺りにありますか?

田口 鎌倉町から、星川を東に向かって歩いてくると、30メートルぐらいかな?のところにね

Navi じゃあ結構、鎌倉町からすぐ

田口 すぐです。一番最初に、女神の像があるんですよ。

Navi なるほど。

田口 その女神の像が出てきますから、そこのところで熊谷空襲の話をしたりして、星川沿いをポロポロ歩いたりしていくと、例えばその北向きお地蔵様がいたり、みがわり地蔵とか、あるんですよ。それからそのお地蔵さんっていうのは、やっぱりもうちょっと東に歩いてから

Navi  これも戦跡? 

田口 まあ一応ね、そういうふうに言ってます。こういう北向きの地蔵もありますよということをね。

Navi そして次はどういうふうに? 

田口 市役所に向かっていくところに

Navi 今度は市役所?

田口 中家堂さんがあるの。 

Navi はい、中家堂。

田口  中家堂さんの裏に、要するに、熊谷空襲で焼けた灯籠があるんですよね。

Navi それ知らないです。

田口 みんな。 知らないですね。 

Navi 知らない、知らない。 でもなんか灯籠って言われれば灯籠があったような。ちょっと目に残ってるんだけど

田口 それも厳密に言うと、ちょっと新しい石も組んでるんでだから文化財っていうのになってないんですね。 だから市としては認めてなくて、中家堂さんがご自分のお金で看板立ててますね。その灯籠のいわれをね。

Navi  じゃあ、中家堂さんのところにある灯籠も戦跡という。 

田口 そうですね。まあ戦跡扱いしますね、我々はね。

Navi 生き残ったというか、

田口 そうですね。残ってたっていうことですね。 もう焼けてますから。 

Navi そうですか。 そして市役所のほうに入ると、何がありますか?

 田口 市役所に行くと、その中央公園がありますね。 中央公園に空襲を知ってるケヤキ。 これが八本あるって言って、私も詳しくは知らないんですよ。 今の西小学校かなんかあったそのところだったのを移設して、よくついたなと思うんですけどね。

Navi 西小はもともと市役所のところにあったの。私も家が近くだったのでよく父に言われて。 西小にあったケヤキを移設したんですか? それを中央公園に移設した?

田口 そう、移植してね。ちゃんと今教育委員会で看板つけといてましたね。

Navi  最近SNSで見ました。「あ、看板があるんだ」と。私何回も中央公園行ってるのにそこに気がつかなかったんです。それもじゃあ富士見中があった時にこうやって植えてあったってことですね。

田口  そうですね。 

Navi いやー、知らなかったです。

田口 なんか教育委員会もやってくれて、当時文化財センターの山下さんに私お願いして、「しっかりしたのをつけてくれよ」って言って説明したけど、そういうことありましたね。あそこ、読めば、「あ、なるほど。このケヤキっていうのは、生き証人っていうかね、生き残りなんだな」って分かっていただいて、ちょっと脚色して言えば皆さん感動してくれると思うんですよね。

Navi そのケヤキ、改めて私もその看板はあるんだっていうのはわかって、でも、富士見中にいる時も気がつかなかったし、まあ、その後も中央公園ができて行っても知らなかったんですけど。そういうふうに言っていただくと、やっぱり見方も変わるかな。私の家、本当に中央公園の前だったんだなと。富士見中の時から言われてなかったし。今こんな時間が経ってからだけど、でも言ってもらってよかったなって思います。

田口 あと話がそれますけどね、石上寺には、要するに実際に焼夷弾を受けたケヤキがあるんですね。 それちゃんと割れ目がありまして、焼夷弾直撃受けてるんですね。もう「駄目だろう」と思ってたんですけれど、ある樹木医が「あ、これは生き残る」ということで、これも看板つきましたからね。そういう意味では、あの中央公園のケヤキは「ああ、立派なケヤキだな」と思いますけど、石上寺のケヤキは傷跡がありますから。そっちの方がもしかしたら実際にインパクトは強いかもしれないですね。

Navi 戦跡ガイドっていうと、まだ中央公園にはありますよね、なんか。 

田口 ああ、そうですね。 これは戦跡って言うかどうかわかんないですけど、「平和の鐘」がありますね。

Navi これも私も全然気が付かなかったんですけど、どういうことなんですか? ぜひ。

田口 8月の5日、9日、15日。これはご存知の6日、9日は、これは広島、長崎の原爆投下時で、15日が、まあ、終戦ということなんで、その原爆の投下された広島の時刻と長崎の時刻、それと終戦のいわゆる玉音放送ですね。その時には鐘を鳴らします。 引っ張って。実はその、もともとはスイッチで鳴るはずだったんですけど壊れちゃって、市役所の係の人が引っ掛けて鳴らしてます。

Navi これは、市役所の方が今年も鳴らすんですか?

田口 やります。 はい。やります。これは必ずやります。

Navi そう言われてみれば鳴ってたのかな。ほんと私の家はすぐ近くで、お盆の時はいるのに、その平和の鐘が鳴っているのに気づきませんでしたけれども。

田口  ロータリークラブか何かが、皆さんで協力して作ったってこと聞いてますけどね。 

Navi ということで、ラジオをお聞きの方はご存知でしたか? そういうふうにガイドをしていただくと、いろんなことがわかる。まあ、気がつかなかったことを、ずーっと見てきたものを知らなかったので、ほんと自分にとってはすごい勉強になるなと。最後は平和の鐘で終わると

田口 まあ、大体そうですよね。

Navi 燃えた地点っていうのはこのぐらいのところまでって言われていますね。 

田口 それにやはり、2時間ぐらいじゃないと、やっぱり、歩けない人もいるしね。

Navi そういうのありますよね。 戦跡ガイドということで、私も今のコースを聞いたので改めて、わかるかどうかわかんないですけども、自分でちょっと、歩いてみようかなっていう気持ちになりました。いろんな方から、その空襲の話も、あの、聞いたりしたんですけれども、でも、今でもそういうふうに、残っているものっていうのについては改めて知っておいても良かったなと思います。さあ、さて、まだ活動あるんですけど、一つずつ聞いていきます。さくらファンクラブ。前から私この名前気になっていて、重竹歯医者さんの近くのところにさくらファンクラブって書いてあったりとかして。これはどんな活動ですか? 

田口 これは、中心になってる先生が横田透先生がクマガイザクラを皆さんに広めてるんですよね。 私、これもやはり基本的には熊谷探偵団に入ったことがきっかけで、まあ、横田先生がそういう活動をされてると。それで、クマガイザクラを、気仙沼にはクマガイザクラが末裔が..行ってるわけですね。 そこにそちらへ植えましょうって話で、私はその活動には参加はしてないんですけど、さくらファンクラブに入って、雷電神社の宮司っていう川端宮司さんね。あと名前出していい?今、市議会議長をやってる小鮒賢二さん。

Navi 小鮒さん。

田口 彼が私に「田口さん、実はね、今、くるん熊谷、あそこに来たお客さんを雷電神社にね」

Navi くるん熊谷っていうのは今度できる道の駅の名前を「くるん熊谷」というようです。「くるん熊谷って何?」っていう方もいると思うんですけど、そういうのができた時に、今度は雷電神社にっていう話ですね。 

田口 小鮒さんがだいぶ道の駅に来た人を雷電神社に誘導しようと、熊谷にある三つのね、クマガイザクラ、クマガイソウ、クマガイツバメ。これを一緒に植えることによって誘引できないかと。 その三つに私は全部関わってたんで、クマガイザクラについて、横田先生と、年に3、4回の熊谷の土手の5、6キロのとこを総じて居るんですが、道の駅に来て、その時先生に「先生、どうですか?あ、じゃあ、田口さん、早速行きましょう」ってことで、それで私すぐに小室さんに電話して、下見に行って、それですぐ、とんとん拍子でクマガイザクラを上之雷電神社に移植し、植樹すると決まったんですよ。

Navi なるほど。私も「クマガイザクラを植えてあるんですよ」ってことをね、宮司さんとかからも聞いて、クマガイソウもあると。それからクマガイツバキもあると。これはが三つが揃っているのが雷電神社っていうのも知って。元々はそのクマガイザクラって有名なのは石上寺でちょっと早めに咲くっていう

田口 そうですね。

Navi 私もなんか何回か見に行ったんですよ。「クマガイザクラっていうのは早く咲くんだよ」って言われて。それは多分、熊谷次郎直実が早くそこへ駆けつけると。 

田口 先駆けて。 

Navi はい。 先駆けですね。 ということで、クマガイザクラは早く咲くと。

田口 それが雷電神社にも植えられて、それがあと気仙沼に植えられてたり、まあ、そういう活動をしているはさくらファンクラブということでいいですか?

田口  はい、そうですね。お知りですか?

Navi なんかね、その気仙沼の話はちらっと聞いたんですけどでも、

田口 まあいろんなところにまた熊谷次郎直実のこういうことでしょう、

Navi まだまだ、あの、聞きたいことがあるので、あの、続けて聞いちゃいますけども。あとは、いろんな方から話題が出る雑学研究会。これは熊谷ってついてないんですけど、これ熊谷のことをやってる会なんですか? 

田口 まあ、熊谷だけでもありませんね。これも代表が鯨井邦子さんって方が,自分の知っ-知っている方々に声をかけて例えばこういうところでは那須の資料館から来たり那須与一そうじゃない、今、「風香る」有名ですよね。

Navi 那須っていうのは栃木? 

田口 そうです。那須ね、那須資料館から来たりとか。あと大郷社の方から来たりしてね。そうですね、ただ単に熊谷だけじゃありませんよね。要するに、熊谷だけじゃなくて、雑学。 雑学で物知りになりたいと。 

Navi そういう意味なんですか。 

田口 そうです。物知りになってね、要するに、興味のある人たちの集まりですね。

Navi なんか郷土文化会の本もそうかなと思うんですけど。まあ、同じような人も集まって、活動はかなり重なってますか?

田口  かなりメンバーが重なってます。 

Navi 先ほどいただいた一年間の計画をちょっと見させていただくと、スタートが根岸友山、竹香親子。

田口 これ漫画で出たやつ出ましたね。

Navi 私もこの漫画も読ませていただいて、勉強しそれで初めて知って、それが4月からスタートして。 5月は雷電神社。まさに熊谷学。そして、6月も根岸友山・竹香親子のことをやると。その次は大麻生の金石分でいいんですか? 

田口 そうですね。

Navi 滝沢賢治さん。その次は蜀山人。中山道。8月になりますよね。これはやっぱり熊谷のことでよろしいですか? そう、まあ、蜀山人が熊谷をちょっと通ったと。

田口  はい。 これ米村実さんの得意分野なんですけどね。  「おーいおーいと呼び止めてわずか28のあつもりを打って出したる熊谷の宿」 

Navi えっ! 

田口 そう。それなんです。 これがそうです。

Navi これはその「おーいおーいと呼び止めて」の話は、実は私が小学生時代黄色い「やさしい熊谷の歴史」っていう本があったんです。 

田口 あったんですか。 

Navi それね、ちょうど私が小学生の時にできたのでそれを読んで、で、「おーいおーいと呼び止めて」の詩を知りました。ずっと覚えてます。

田口 二八っていうのは二八十六でで、直実の倅が十六歳で死んでると、いう歌をかけてると。 これ、米村さんの得意分野。 

Navi そうでしたか。この「打って出したる」っていうのを見た時、ずっと覚えてて。

田口  あー、奇遇ですね、先生。

Navi  いや、奇遇っていうか、「やさしい熊谷の歴史」って黄色い本が今でも小学校とかに置いてありますよ。 

田口 そうなんですか。 

Navi なかなか使わないんですけど。 その熊谷のその歴史、今はすごく歴史を持って、子供時代にちょっとすごく歴史に興味を持ったのはその本のおかげです。そこに出てたんで、今聞いたらここにつながるんですか。 そうですね。 わかりました。ありがとうございます。雑学研究会っていうのは、藤倉楽器の藤倉さんがハーモニカ演奏したり、それから別府の言葉。 はい。 それから、「昭和百周年歴史に残る熊谷の出来事」、そして「武蔵国幡羅郡」。これは、四方寺?

田口 四方寺ですよね。四方寺村。  私よくわかんない。それは何処なんだか。 吉田家とかっていうと名家ですね。

Navi という感じで、熊谷を中心にっていうふうに思います。雑学研究会も、入ろうと思えば- あ。 …ご自由にっていうことなんですね。 

田口 ええ。確か年会費はなくて、三ヶ月に一回千六百円かな。

Navi じゃあ、もしですよ、このラジオをお聞きの方で、若い方も含めて、歴史とか熊谷のこと調べてみたいなって言ったら、雑学研究会をちょっとおすすめしていいですか?

田口 そうですね。

Navi あと郷土文化会ですけどね。 

田口 そうですね。 

Navi ということで、駆け足でこう、話聞いちゃったんですけれども、雑学研究会では、勉強して、ワイワイ話するか

田口 そうですね、ワイワイっていうより、この講師の方が一応その自分たちで勉強したものをそこで、まあ、講義するみたいな形ですね。質問があれば質問を聞くとかね、そんな感じですね。 そんなにハードル高くないですよ。 

Navi そうですか。 

田口 うん、高くない。 市立図書館のね、副館長、 大井さんは、もう江南文化財センター所長 大井さんもやると。結構知ってる人が講師やられてる12月に、藤倉呼んでるでしょ?っていうのは、私もね、 一昨年12月にね、レコード鑑賞会やって、12月は少し気楽にやろうと。 だから堅いのやったり、気楽にやったりプログラム的に鯨井さんが組んでるんじゃないかなと。 

Navi なるほど。

田口 去年かな?レコード最後に直実節かけたらね、踊りだしたんですよ。 まあ、藤倉さんもやってくれる。 新年には新年会やってと。要するに、こういうのをやってるよっていうのをね、みんなでワイワイ仲良くやりましょうよっていうあまりハードルの高い会ではありません。

Navi でもね、やっぱりこれを見ると先ほどの戦跡ガイド、さくらファンクラブ、雑学研究会は熊谷の話題が尽きないし、私もすごく感じます。それでまとめちゃっちゃ申し訳ないかなって思うんですけどもね。 そういった方といろいろお話しすると、自分ももっともっと知りたいって思ったり、

田口 ご謙遜ですよ、先生。

Navi あとはいろんな方に、もっと若い人たちにもっと知ってもらいたい。子供たちもそうなんですけどもね。 先生方も知って子供たちに伝えていける。そういう場所があったらなって思ってるんですけどもね。いろいろ知ることができてありがたいなと思います。さて、ここで曲いきたいと思いますけどもね。えー、どうしましょう?

田口  じゃあ、できれば熊谷市歌。 

Navi はい。ということでお願いします。熊谷市歌合唱バージョンでお届けします。

【曲 熊谷市歌 合唱バージョン】

Navi 時刻は12時44分を回りました。梅林堂提供、やわらか熊谷、僕らがつなぐ物語、第96回、熊谷愛とボランティアをお届けしています。さて 「熊谷市歌」が流れたわけですけども、まあ、今この「熊谷市歌」っていうのはちょうど20周年というか、ちょうど合併して作られた。「熊谷市歌」っていうと、いいなと思うのは駅のあの出発音に使われてるじゃないですか。これも結構知られてなくて。 

田口 知られてないんですか?だから、籠原と熊谷違うんですよね?

Navi  そうですね。籠原が歌いだしで、熊谷が「熊谷、熊谷」って、知らない方とかもいて何でだろうって思うと、この「熊谷市歌」熊谷の子供は今はもう全部これを歌ってるので、子供たちは知ってます。

田口  そうですね。 

Navi でも大人は歌ってないので、結構知られてないんです。 

田口 そうですね。 

Navi 大人は、二十年前の時は、前の「熊谷市歌」を学校で歌ってました。

田口 スタートは「おお荒川の背びかりに、輝く」わかる? 

Navi そうですね。これを初めて歌うのは林間学校なんですよ。それ熊谷市立赤城山の家です。 赤城山って林間学校のための施設熊谷市立赤城山の家っていうのがあったんです。 

田口 今もうないんですか?

Navi  もうないんです。 もう、あの、耐震構造不足で壊されちゃってます。うちの父が実はそう関わってて。 

田口 あ、そうですか。

Navi 熊谷市で建てて、私も行って、林間学校で行った時に初めて歌うんです、「おおあらかわのせびかりに」。父親にも、「歌えるか?」って言われて、「いや、わかんない」って言って。学校で初めてテープをかけて聞いて覚えて歌うんですよ。 なんか熊谷の子供たち、突然そこで練習するんです。先生たちも本当にそのテープをそこで聞いて。

田口 なるほどね。 …

Navi それレコードないんですか? 

田口 ないんですね。 

Navi これ、もしラジオをお聞きの方でレコードとかお持ちの方は、たまに聞いてみたいっていう人は教えてください。FMクマガヤにはもう一つ、 熊谷祭り音頭っていうのを都はるみさんがやってたんですよ。

田口  全く知りません。 

Navi そうなんですよね。これもある一部分の時間だけだったんですけど。学校の運動会ででフォークダンスじゃないけど、踊りを踊ってたことがあって。 それを聞きたいっていうリスナーの方もいるんですよ。 

田口 なるほど。

Navi まさに熊谷市歌とかそれからその熊谷祭り音頭を聞きたいっていう方は、やっぱり熊谷愛が学校で醸成されている。教えたりとかしたってことが成果があるかな思います。ここであの、お便りが届いてます。 ラジオネーム「上増田のこうまのま」さんからいただきました。

 田口 え、きました? 

Navi 「ケヤキの話から聞きました。ちょうど深谷で太平洋戦跡の話をしていたので、メンバーに共有しました。 12月はレコード鑑賞会というのをなんか、らしくてよかったです。熊谷をお手本に11月の平和の会を準備します」と。ご存知ですか?

田口  ちょっと知りません。リアクション ありましたね。

Navi いただいてますね。ということであっという間に、時間になっちゃうんですけど、この番組でいろんなお話を、聞いたんですけど、これから田口さんどんなことをされていくか。くちょっとお伺いをしたいなと思います。

田口 関根先生から冒頭ちょっと紹介ありましたけれど、やはり一つはやっぱりボランティアっていうことですね。特に、あのー、最近力を入れてるのは高齢者施設に行って、踊ったり歌ったり、あるいは先ほどレコードかけて、そうするととっても喜んでもらいます、皆さんからね。私の知り合いに大和総和田会っていう知り合いがいて、獅子舞ができるんですよ。獅子舞を、この前は、はなぶさ園でやってもらいました。とっても喜ばれまして。 

Navi これは慰問なんですね。 

田口 そうです。 

Navi あとは平和関係の。 

田口 そうですね、そちらは、この後ちょっといくつか紹介します。実は平和のためのさいたま北部戦争展実行委員会っていうのがありまして、私はこれに属してるわけじゃないんですけど、この団体が毎年ですね、夏、「平和のためのさいたま戦争展」っていうのがあるんですね。その中の一つで、例えば八月の二十九日、三十日は、緑化センターでポスター貼ったり、記念講演をやったりしますね。私もそれに参加してるんですけど。あと一つはその、この、ま、中心になって進めている方が佐藤カナエさんというのですが、その方が作詞作曲した「平和賛歌」っていう歌があるんですよ。 「熊谷のまちで」。これをちょっとですね、読んでみてよろしいですか? 

Navi はい、

田口 じゃあちょっと、ほんと歌いたいんですけど、じゃあ読んでみますね。「熊谷桜、熊谷草、熊谷椿、佐久間千代。私たちは出会った。平和を愛する仲間。私たちは忘れない。真っ赤に燃えたこの街を。私たちは語り継ぐ。平和の尊さ。花を見て笑って、歌える喜び。何気ない毎日、贈れる幸せ。私たちにできること。私たちの願いは。供たちを守ること。平和な毎日。私たちは忘れない。先人たちの思いを。私たちは手をつなぎ、平和を叶おう。今は静かに流れる星川。みんなの思いを灯篭に乗せて。私たちにできること。私たちの願いは、子供たちを守ること。平和な毎日。平和な毎日」こういうのを歌ってますね。

Navi 戦跡ガイドとかもされてるということなのでね、熊谷のことですから、こういう企画もされてるということで、いろいろ熊谷のことについて、これからもいろんな方にお伝えしたり、あとは、レコードですかね。 そうですね。ええ。 いやー、もうレコードのその話を聞いただけでもちょっとびっくりしちゃったんですけど。 

田口 でも先生もそっちの方に興味が行ってますよ。

Navi なんか専門的ですごいなと思いました。また、郷土文化会とかで、またお会いすることができたら、よろしくお願いいたします。 

田口 先生、雑学研究会、ぜひぜひ一度覗いてみてください。 

Navi ありがとうございます。第96回「熊谷愛とボランティア」ということで、田口徹男さんにお話を伺いました。今日はありがとうございました。 

田口 こちらこそどうもありがとうございました。 

Navi また来てくださいね。 

田口 はい、どうもありがとうございました。