9月7日(月)12:00~ FMクマガヤ梅林堂提供やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第106回は「楽しいビデオ映像の集い」を放送します。

「シネ・ビデオサークル熊谷」は、埼玉県熊谷市を中心に活動する、映像制作を楽しむアマチュアのビデオサークルです。

その歴史は50年以上。日頃の成果を発表する「楽しいビデオ映像の集い(公開映写会)」などを定期的に開催し、制作した動画映像を広く公開しています。設立は1974年(昭和49年)に、埼玉県北部の8ミリ映画制作を趣味とするアマチュアが集まって誕生しました。毎月の月例会を中心に、撮影方法やパソコンでの映像編集の学習、地元や近県での撮影会、講習会などを行っています。ゲストにはシネ・ビデオサークル熊谷の志村登男さんに来ていただき、お話をうかがいます。今年も第51回公開映写会10月18日開催予定しています。お楽しみに!

以下AInottaによる文字起こしを修正したもの

Navi 時刻は12時を回りました。AZ熊谷六階 FM 熊谷 YZコンサルティングスタジオからお送りします。 月曜のお昼は、梅林堂提供やわらか熊谷僕らがつなぐ物語 第106 回楽しいビデオ映像のつどいをお届けしたいと思います。今日のゲストは楽しいビデオ映像のつどいを中心になってやっているシネ・ビデオサークル熊谷の志村登男さんに今日は来ていただきました。 こんにちは。

志村 こんにちは。よろしくお願いいたします。

Navi よろしくお願いします。さて、この「楽しいビデオ映像のつどい」っていうんですけど、私がこれを知ったのは、実は石原小学校にまだいた時だったんですよね。

志村 はい。

Navi 志村さんが学校に来ていただいて。

志村  そうですね。

Navi なんか教えていただいて、本当にいいものを教えていただいたなって思ったんですけど、あの時150周年。

志村 そうですね、150周年やった後だったんです。開催したあとだったんですかね。「こういうことをやったんだよ」と友人に言われまして。

Navi はい。

志村 それでちょっと石原小学校の方へお邪魔するっていう形取っちゃったんですよね。

Navi そうだった。じゃあ150周年の式典の時はいらしてなかったんですか。

志村  見れなかったんですかね。

Navi 申し訳なかったです。 なんかいろんな方に知らせたつもりだったんですけど、なかなかね。でももしそれがきっかけだったとしたら、本当にあの来ていただいて、なんかいろいろお話できたのがすごく嬉しかったなって。

志村  いえいえ、こちらも。

Navi はい。志村さん、そういうわけで、150周年の時に来ていただいたということは、石原小学校卒業生。

志村 そうなんですよ。

Navi 何年ぐらいの卒業生ですか?

志村  私が。そうですね、ちょっと待って。出てこないんですけど、はい。

Navi で、その後中学校はどちらに?

志村 荒川中学。

Navi  荒中ですね。はい。ということで、まあ石原小学校のその校舎、今あの石原小学校で3号棟って言ってる一番最古の校舎が。

志村 鉄筋のね。

Nav はい。できたのが昭和33年です。

志村 ああ、そうしますとね、 33年から5を引くんだから、えっと28年。

Navi はい。

志村 あ、そのくらいから。

Navi はい、そうですか。

志村  28年ぐらいに小学校に入ったんですね。

Navi なるほど、その校舎ができてから一年後か二年後に卒業されたっていう。

志村 そうですね、はい。

Nav あの校舎が建っている時をご存知だったという。

志村 そうですね。

Navi 今言っている校舎っていうのは、熊谷で最も古い鉄筋校舎。

志村 あっ、そうなんですか。

Navi そうなんです。

志村 そうなんですか。

Navi 残っている最古の鉄筋校舎で。木造で古い校舎がたくさんあったんですけど、鉄筋校舎が最初にできたのが石原小学校。

志村  石原小学校。

Navi はい。

志村  そういう知識は全然なくて。

Navi 歴史の瞬間、私は全然その時は生まれてないですから、知らなかったんですけど、私が教員の時に石原小に行って、「この 三号棟が一番古いんだよ」って言われて。本当に古いっていうか、作りがすごいなんか懐かしい作りというか。 木造は私も体験してるんですけど、鉄筋だと当時は最先端だった。

志村 そこで学習したわけですね。

Navi そうです。だから多分石原小が一番に鉄筋校舎できたので、石原小の生徒さんはみんなあの時はもう自慢だったと思うんですよ。

志村 そういう感覚はなかったですね。ただ新しい校舎に入れるってことで嬉しさはありましたけどね。

Navi ですよね。私が子供の時に、西小学校で鉄筋校舎が初めてできたんです。 だからそれは随分後です。昭和48年と49年にできたんですよ。 だからそれまでは鉄筋校舎はできてなかったです。 全部木造だったんですよ。 だから石原小っていかに早い時期に鉄筋を作ったか、多分校舎が足らなくて。

志村  そうですね。

Navi すごく人数が多かった。

志村  私の頃は一番多かったっていうかの人数なんですね。私の1級下が一番多いんですけど、その上ですから。ですから、六クラスだったんですけど、高校行ったら、高校じゃない中学行ったら 11クラスですから。

Navi そうですよね。だからね、その当時は6クラスと7クラスがあったらしくて、あと一クラスが45人以上いたっていう。

志村  そうなんです。

Navi 私も調べたんですよ当時の資料とか学校沿革誌とか、石原小学校にいる時に。そしたら平気で50人とか、なんと「すし詰め学校」って書いてありました。

志村 その通りです。

Navi なんかそんなにたくさんいたんだって。 だから一クラスのその写真を見ても、「うわ、こんなにいたんだ」って。今は、30人ぐらいが多いんですけど、自分たちの子供の時も40人とか45人でいっぱいだなと思ったんですけど、それ以上に石原小はとにかく昔から人数の多い学校ということで、そういう時代。

志村 ですね。

Navi すいません、石原小の話ばっかりになっちゃうんですけど。あのね、そんなわけでお声をかけていただいて、「楽しいビデオ映像の集い」っていうのに案内していただいて、私も最初に行かせていただいて見たとき本当に感動しました。

志村 そうですか。 ありがとうございます。

Navi 何だろう、映像祭りみたいなお祭りを感じました。

志村 ええ。

Navi アマチュアの映像の祭りが熊谷にあるなんて素敵だなって思って。

志村  なるほどね。

Navi じゃあこのビデオサークルのことについてちょっと伺っていこうかなって思うんですけども。 志村さんがビデオサークル始める前には、まず志村さん自体が映像とかを撮り始めたっていうきっかけがあると思うんですけど、お仕事をされていて撮り始めたんですよね、退職後じゃないですよね。 

志村 そうですね、仕事中ですね。

Navi 映像に入ったきっかけは?

志村 きっかけは、最初は8ミリフィルムだったんですね。 それはどういうことかっていうと、結婚式に8ミリよく撮る方がいたんですね。 私の友人も持ってて、 それが目についちゃって。「じゃあ私も結婚式になったら撮ろう」ということで。それで8ミリカメラ、フィルムカメラを買ったのがきっかけで、それから映像にのめり込んでったと。

Navi  なるほど。それが昭和何年?

志村  それが49年ですね。

Navi  49年ということでね。あのラジオを聞きの方ね、今その映像を当たり前スマホで当たり前の時代の方からするとですね、もう一昔前ですよね。

志村  前の話ですね。

Navi  8ミリフィルムっていう、その8ミリっていう名前の通り、その幅が8ミリ。

志村  そうなんですね。普通のカメラが、あのフィルムが16ミリっていうのがあったんだけど、それの半分。要するに我々が使えるのは半分の8ミリっていう幅のフィルム。

Navi  だって16ミリが昔映画とか、そういう本当の映画もそのぐらいになってたのに、一般の人が使えるのはそんな長いのでお金がかかっちゃって大変ですもんね。

志村  大変ですよね。

Navi  それを我々っていうか、一般の人たちが使えるようにしたのが、その本当に狭い8ミリ。でも素晴らしかったですよね。最初見た時は。

志村  そうですね、映るんですもん。 で、動いてるんですよ。

Navi  はい。

志村  それも本人や家族やね。それは本当に魅力的でしたね。

Navi  ですよね。 だから自分でテレビで映ってるような動画を作れる、映画を自分で作れるっていうのは、本当に私なんかはその、まあその49年の頃はそういうことが映画としては見てたかもしれないけど、それが自分でできるとは知らなくて。それを手に入れて、他に撮ってる方がいたのを見て、

志村  そうですね。

Navi  カメラは高かったんじゃないですか?

志村  そうですね。ですから、結婚を理由にその時に踏ん張って買ったんですけどね。

Navi それで撮り始めた。

志村  撮り始めた。

Navi  あれ、ご自身の結婚式なのに。

志村 はい。

Navi ご自身でまさか撮った?

志村 ですから、あの経験のある方がいたので、その人にカメラを渡して撮ったんですね。

Navi そうでしたか。

志村 新婚旅行でそのカメラを持って行ったんですけど。

Navi 今の動画とかと違って一発勝負じゃないですか。

志村  そうなんですよね。

Navi どうやって撮れてるか。

志村  わかんないですよね。で、フィルムが三分なんですよ。

Navi 三分?! そうなんですか。

志村 そうなんですよ。だからそれをどう撮るかですね。だから最近のスマホみたいにガーッと撮ってってわけにいかないわけですね。 ただ、5秒から10秒ぐらいに見当つけてですね、撮るという話ですよね。

Navi だからね、思ったように動かなかったらフィルムが無駄になっちゃうってことですよね。

志村 そうですね。

Navi それを計算して。最初の頃は編集だってそんな簡単じゃないから編集しないで撮るんですよね。

志村 そうですね。

Navi 3分。

志村  3分なんでね。それで帰ってきて、スプライサーっていう機械があって、それを切るんですね。フィルムを切って、それでそれを繋ぐわけですよ。 セロハンテープみたいな、ちょっと感じのがあるから、それを繋いで構成していくわけですね。

Navi 昔はフィルムだから、結局今はビデオテープのテープなのかもそうですけど、 SD カードも透かしても見えないけど、当時はフィルムだから現像してくれば、こうやって太陽に透かしたり、ライトを当てたりすれば見えたんですよね。

志村  見えたんですね。

Navi 見ながら、切って編集した?

志村 編集すると。

Navi スプライサーっていうのは切る機械。

志村 切る機械。

Navi テープで貼る。

志村 貼る。

Navi セロテープみたいな。

志村 あるんですけどね。それで貼ってやるわけですね。

Navi  それが編集作業。 すごいアナログな。すごい。

志村 そうですね。その3分のフィルムも結構高価でしたからね。

Navi 高価ですよね。

志村  高価でしたよね。お給料がすぐ飛んじゃうような。

Navi  うわぁ。今は撮り直ししてもお金かからないけど、フィルムっていうのはやっぱり失敗したらね、また何個か用意しといてって、そんなわけにいかなかったですよね。

志村 そういうことですね。

Navi  じゃあ大事に。 技術も必要だったんじゃないですか。

志村  最初は玄光社から出てる「小型映画」って雑誌があったんですよ。 それを毎週毎週買って。それを見ながらね、よく勉強までじゃないけど、頭に入れてて、それで編集なんかもするようになったんだね。

Navi  なるほど。でも編集しようって思うのはすごく大変ですよね。した方が絶対いいですけど。

志村  大変だけど。作り上げていくから楽しみもありますよね。

Navi  なるほど。

志村  その時間を手間をかけてね、作り上げるという楽しみっていうのは、また別な意味で。

Navi  結婚してすぐにそういうのをやり始めたら、趣味も楽しくなっちゃう。 お仕事もしてみたいな。すごいですよね。それをやり始めて。ビデオサークルっていうか、そういうのが出来上がったっていうか。

志村  いや、出来上がったっていうか、ちょうど私が結婚したての頃にフィルムをカメラ屋さん持っていくんですよね。現像してもらうわけですよ。その時にたまたまあの庄司さんって方がいて、その方がそのサークルに入ってたんですね。 その方に勧められて。

Navi そうだったんですか。

志村  シネビデオサークルじゃなくて、それからシネフレンドサークルっていう。

Navi シネフレンドサークル。

志村  という名前であったんですが、そこに加入して。

Navi  はい。

志村  入りまして。

Navi  そして、サークルというか、映写会みたいな。

志村  映写会は、その頃に私が入った2年前ぐらいに創立したクラブなんですよ。 二年後にちょうど発表会をやろうってことで、その頃には市民ホール。 ご存知ですか?

Navi  分かります。中央公民館。

志村  中央公民館、そちらで、映写会が始まったと。

Navi  なるほど。

志村 その頃、最初の頃は2、30名だったんですね。 見にご覧になってくれるんで。

Navi  え、そうなんですか。

志村  そうでした。

Navi  今はだって五百人の会場いっぱいに入ってて、二、三十人。でも本当にサークルのお好きな方が集まる感じですか。

志村  はい。徐々にですね。はい。

Navi  じゃあその頃は真っ暗にして、映写機で。

志村  映写機で。

Navi  シャカシャカって音がする中で。

志村  そうですね。

Navi  音楽とかはあったんですか?最初。音楽というか、その音はどうだったんですか?

志村  音は、やはり、入れたんですけど、パソコンで編集するようにうまく入らないんですよね。 だから一つの曲をずっと長く入れて、そこにナレーションを加えていくという方法ですよね。

Navi  ナレーションをね。じゃあ撮ってる時はできないですもんね。

志村 だからその頃に、やっとこの発表会が始まる頃に、フィルムに磁気がつくようになって。

Navi はい。じゃあこの頃にやっとこう、同調するっていう。

志村 そうですね。

Navi だってその昔はなんか無声映画みたいのがあってサイレントで流して、あとはなんか弁士が喋ったりとかね。

志村  そうですね。

Navi だからその音が入らないフィルムだったら、そういう風にしなきゃいけなかった。そうするとカセットテープですか?その頃は。

志村 そうですね。

Navi 合わせて。

志村 カセットテープと音楽をあれを合わせて同期っていうんですけど。

Navi 同期。

志村 同期してちょっと経ったら、まあいわゆるテープが今度はフィルムにくっつくようになって。

志村  そうですね。

Navi そこに録音できる。

志村  八ミリの両側にうすーい、今で言うカセットテープのテープですね。あれが貼り付けてあって。そこに音を入れるわけですね。後から。

Navi アフレコ。

志村 アフレコ。後から入れるからアフレコですね。

Navi 同時に撮れなかったんですね。

志村 撮れなかったんです。最初の頃。

Navi 映像は映像だけ。

志村  そのうちに同録カメラっていうのが出てきて、フィルムでも録音が取れるようになったんですよね。

Navi そういう風になる前に、映写会が始まって。

志村 始まってると。

Navi 究極のアマチュアの。

志村 そうですね。

Navi 映画とかは、別にやってたと思うんですけど、これは本当に好きな人たちが、お金も結構かかったとは思うんですけど、集まって、映像の集いっていうか、集いとかっていう言葉が、人々が集まる感じがしたのが愛好家。

志村 そうですね。

Navi こういう思いがなかったら、当時お金をかけてその映像を作ってっていうのは難しいですね。仕事じゃないですからね。

志村 そうですね、趣味ですもんね。

Navi すごい贅沢な。

志村  考えるとそうですね。

Navi 今考えるとそうですよね。素敵な集いが出来上がって、スタートして 第一回っていうのは、映像の集いのことですね。

志村  そうですね。第一回は 1976年に「楽しい八ミリ映画の夕べ」って出したんですね。最初は。8ミリ映画です。

Navi はい、夕べ。 映画だから会場は暗いですからね。みんなが集まって、市民ホールでということですね。

志村 そこから始まったんですね。

Navi 私がちょうど中学一年生ぐらいの時ですね。

志村 そうですか。Navi 全然知らなかったですけど。それからじゃあもうずっと続いて、今年が。

志村 今年が五十一回目ですね。

Navi 五十年続いた。 五十周年は去年だったですね。

志村 もう大体年代わかるでしょ。

Navi 大先輩というか。 でもね、これがずっと続いている熊谷市で、たくさんの愛好家の方が続いているこの会というは伝統のあるサークルということですよね。じゃあこの辺でですね、もう本当にいろんな話もっと聞きたいんですけど、曲に行きたいと思います。 じゃあ一曲目は、リクエスト曲。

志村 菅田将暉。

Navi これ何でこれなんですか?

志村  孫もこういうの見ててね、この曲よく知ってるんで、これいいなと。

Navi お届けします。 菅田将暉で虹。

【曲 菅田将暉 虹】

Navi  時刻は 12時22分を回りました。 梅林堂提供やわらか熊谷僕らがつなぐ物語 第106回楽しいビデオ映像の集いをお届けしています。 ゲストには、シネビデオサークル熊谷の志村登夫さんに来ていただいています。 さて、志村さんは最初、楽しい 8ミリ映画の夕べっていうところからスタートしているこの会が、だんだん名前が変わってきましたね。

志村  そうですね。はい。それはですね、あのフィルムとかあの時代からですね。フィルムからビデオテープに変わる頃からですね、そういう名前が変わって。、そういう形で変わっていったんですね。 つまりメディアの歴史みたいなもんですよね。

志村  そういうことですね。

Navi 私も8ミリが中心で、 8ミリフィルムが中心だったのが、途中からビデオが出始めて。ビデオが出た時、感動しましたよね。

志村  そうですね。

Navi これいいなって思いました。

志村 そうですよ。だからパスポートサイズってビデオが出た時、「あ、これ」になってすぐ  飛びついちゃって。

Navi  そうでしたか。いや、だからフィルムも味があるって言うんですけど、ビデオはビデオの、何回も撮り直しができたり、すごい価格の問題でいうと、フィルムじゃないからすぐ見られたりとか。

志村 そうですね。

Navi  良かったですね。

志村  良かったですね。で、 8ミリをやってたからね、ビデオビデオでも長回しってのしなかったんですよ。

Navi  なるほど。

志村  それが結果的には編集によかったと。あ。

Navi そうですよね。 結局いっぱい長くあると、どっからどこまで撮るっていう、その手間っていうのはすごいですよね。

編集、まあ粗編集して撮って、で、細かく編集。 本当に。 じゃあそれでビデオが入ってきたんで、まあ名前が変わって八ミリ映画とビデオの。

志村  ビデオの。

Navi 楽しい。

志村  楽しいビデオと8ミリ映画の混合ですね。

Navi  ビデオの作品もあれば8ミリフィルムの作品もあると。それがだんだん楽しいビデオのビデオ映画の映像の集いになった。

志村  なってきたんですね。

Navi  それは何年ですか?

志村  ビデオの映像になったのは、平成二十年ですから、2008年なんですけどね。

Navi  会場は今の文化会館なんですけど、文化会館になったのが平成十五。

志村  そうですね平成だと13年ですか この頃から。

Navi  なるほど。会場は文化会館になり、それが全部ビデオになって。

フィルムがなくなった時はちょっと寂しかったんじゃないですか。

志村 それもありますね。

Navi  八ミリには八ミリの良さがありますよね。先ほど言ったパスポートサイズを手に入れて、今度はビデオになったと。編集はどうやってやってたんですか?

志村 編集はビデオデッキを二つ買いまして、それで、編集の、

Navi ジョグダイヤル。

志村 ジョグダイヤル。あれでやったんですよ。

Navi あの今ちょっと手で、志村さんがやったのがわかるんですけど、ジョグダイヤルっていうのは回すとビデオが戻ったり進んだりするっていう、そういう機械があったんですね。 今のそのなんかパソコンでやることを考えると、そんなこと必要ないよって思うかもしれない。フィルムを切ったりしたのから、今度はジョグダイヤルになっただけですごい。

志村 すごい。

Navi 便利ですよね。細かいところまでよく見て。

志村  こうやってね、何秒何秒で止められますんでね。

Navi  それで止めて、こう編集して、それをデッキでやっていた。 このパスポートサイズっていう時には、多分ですよ、ビデオも八ミリビデオっていうのがあって、カセットでちっちゃかったですけどね。それがそのままずっといくかと思ったらまた変化しますよね。 今度はどうなったんですか?

志村 DVっていう、DVテープ、デジタルビデオ、テープなんですけど、デジタルで編集、録画をして、でやるのでDVってデジタルビデオ。

Navi  DVってなんか違うことに捉えられちゃうんですけど、その時のDVはデジタルビデオ。

志村  ですね。

Navi  前はアナログだったビデオ、同じビデオでもデジタルになったらどうですか。

志村 そうすると、画質が全然違うんですよ。劣化しないんですね。 デジタルでこの頃にはもうパソコンで編集するようになりましたから。 パソコンで編集すると、映像で編集するんじゃなくて、デジタル信号で編集しますよね。劣化がないんですね。だからその点でだいぶ向上したんじゃないですか。

Navi  確かに劣化っていう問題が昔のビデオにあって、何回も見てると、なんか変な映像にモヤモヤになったりしましたよね。 でもデジタルになったらもう劣化もしなくなった。それで今度はパソコンで編集ができる。まあビデオDVから今度はまた次の段階に行きます。

志村 そうですね。今度はSDカードで録画撮影ができる。

Navi  そうするともうパソコンで編集しても、今の時代に合ってきた。

志村 合ってきたということですね。

Navi  いやーすごい歴史を五十年の間にメディアも変わってきてということですよね。いやーだから八ミリフィルムのすごい時代も素晴らしかったけど、今は今で動画ですけれども、それでもこのタイトルが「楽しいビデオ映像の集い」名前がまたとても素敵だなと思って。

志村 そうですか。これは先々代の会長さんがいろいろ試行錯誤してつけたんですよね。

Navi  なるほど。本当に。志村さんはビデオサークルもそうだし、自分自身でもずっとこう撮り続けてきてるんですけど、どんなテーマを今まで撮ってきました。最初は結婚式って。

志村  そうですね、結婚式ですから、最初のフィルムの頃はどっちかっていうと家族の、家族、子供、それからそういうものが多かったんですけど、そのうちに私がもう退職しましてね、家にいる時間が長くなったもんですから。 私熊谷で生まれて熊谷で育ったもんですからね。 でも熊谷のこと知らなかったんですよ。

Navi えーそうですか。

志村  そういう関係があって。じゃあもうちょっと熊谷を深く掘り下げて撮ってみようということで、熊谷のいろんな、例えば熊谷桜って最近はご存知だと思うんですけど、そういうものとか。

Navi  どこの熊谷桜を撮ったんですか?

志村  それは八木橋の南側に石上寺というお寺様があるんですけど、そこでまだ苗木が小さい頃。

Navi  今はもうもっと大きくなって熊谷桜っていうと石上寺っていうぐらいですね。苗木の頃に。

志村  苗木の頃から撮って、そういうものもありますね。

Navi  貴重な作品まだ見られるんですか?

志村  まだ見られますよ。あのYouTube もそうなんですけど、熊谷シネビデオのホームページに上げてますんで。

Navi  そうですか。それは本当にその柳の頃のその熊谷桜って見ることがもう今はできないことですよね。その時の記録っていうのは貴重ですね。

志村 貴重ですよね。

Navi あとはどんなものを。

志村  あとは私、まあ熊谷だから星川とか、あるいは私、終戦後生まれなんですけど、戦後になって、例えば空襲があったとか、そういう話を撮りながらやったんですけど、どっちかっていうと、その熊谷に残ってないんですよね。 写真は残ってるんですけど、遺構としては残ってないんですよ。 だから、そういう点で調べながら映像に、ここはだったんだよとかっていう形で。

Navi  誰かのお話を撮ったっていうことですか。

志村  誰かの話もそうなんだけど、要するに資料ですね。資料がいっぱい図書館とかいろいろありますね。そういうものを集めて、そこからこの辺だったと。 この辺がレンガ壁があったとか、そういうことで、映像を作ってったんですね。

Navi なるほど。あの学校でいうと教材です。

志村 教材ですか。

Navi  そうですよ。 だってそれを子供たちが、今の子供たちや、先生たちもそうですけど、見て学ぶ。志村さんが改めてその勉強されたっていうんですけど、その映像を、こういうサークルで見せたりするじゃないですか。 まあ本当にそれが、勉強する時に、歴史の勉強する時に役立つ教材だなって思います。

志村  だから終戦の時に、よく新聞に出るレンガ壁ってあります。

Navi はい。

志村 それはあの石原の写真家で佐藤虹二さんという方がいて、その方が撮ったんですけど、その場所はないんですよ。ただ写真は残っている。

Navi  残ってますね。

志村  だからそういうものを追いかけて、ここだったとか。

Navi  あ、レンガ壁の場所を「今だったらここなんだよ」っていうところに行ったってことなんですね。

志村  佐藤虹二さんはもうお亡くなりになっちゃったけど、佐藤虹二さんの息子さんとこ行って話を聞いたり。

Navi  ああ、そうでしたか。 佐藤虹二さんはこの番組でも4回ぐらい特集して、あの佐藤虹二さんを知ってる人が来て、知ってるというか、作品のことについてお話ししたりっていうのはしてますけれども、もうそれを志村さんも随分前に、もうやってらしたっていうことですね。

志村  やっぱり映像をついていくと、やっぱしそのご本人の近くの方に会いたいという気持ちがずーっとありましてね。で、少しでも参考になればと。

Navi これは誰かから依頼されたとか、こういう仕事ですよじゃなくて、志村さんの思いから、そういうふうに番組っていうか、その作品作ろうと。

志村  作ろうと。

Navi  湧いてくるんですね?。

志村  湧いてくるんですね。

Navi  素敵ですね。 いや、だからそれが今でもね、もし見られるのであれば、やっぱりそれはいろんな方にやっぱり見てもらう。私、最近すごく思うのは、スマホでいろんなものを撮ったりしてる人ってたくさんいるんですけど、撮って終わりっていう人いません?

志村  そうですね。

Navi でも本当に価値があるのは、その必要な時にこう見たり、見せたり、もちろん編集して価値を持たせて見る。 だからスマホの中にいっぱい良いものが残っていたり、過去の写真もいっぱい良いのがあるのに見てもらえないけど、でも志村さんはそうやって凝縮して作品にしてるっていうことがすごく教材だなって思うんです。

志村  教材にはなるかわかんないですけど、やっぱし自分も熊谷で生まれ育ったんですから、熊谷のことをいくらかでも映像に残せればということでやってます。

Navi  そういう方々、志村さんがそういう思いでやってきた方々、そういう人たちが集まってるのが、このシネビデオサークル熊谷でよろしいですか。

志村  と思ってもいいんですけど、まあいろいろ人生経験の多い方が多いわけです。ですから、私みたいな考えの方もおり、バラエティーなんですね、映像が。

Navi  どんな感じですか。

志村  そうですね、自分の経験とか、あるいは自分のとこの古い風習とか、そういうものとか、あるいは一つのもの、例えば有名なのはカタツムリを撮ってる方がずっとカタツムリを。

Navi  カタツムリ?

志村  撮って、それを映像に残すとか、そういう方もいますし。 だからいろいろそういう偏らないバラエティーってあるんで。

Navi  じゃあ歴史や熊谷の文化だけにこだわらない。

志村  こだわらない。

Navi   それがまたそのバラエティーさというか、このシネオビデオサークルの広さっていうか、私も見に行った時に、そういう歴史のものもすごくあったんですけど、なんか本当にお家に咲いた花を、撮ってらっしゃった方がいて、あ、これもいいんだ。

志村  そうですね。 やっぱし70代から80代の方のが集まってる会、今は、もうそういう年もやってる会になっちゃったわけですから。だからいろいろ人生豊かな方が多いんで、それぞれその人の考え方でね、その作品を作れるというのがまあメリットでしょうね。

Navi  まあ私からすると、もう先輩の方々、いろんな人生経験のもとに、じゃあ今何を作るかって。だって過去を撮るわけじゃなくて、今を撮ってるわけですよね。

志村 そうですね。

Navi  経験のある方が。

志村 そうですね。

Navi  だから、その方々から見た現代とか、今思ってることっていうのも見られる。私があとすごく思ったのは、まあその私たちの、私の先輩とかっていうと、こういう映像とかあんまり得意じゃないよって人が多いんですよ。

志村  はい。

Navi  ちょっとそれダメなんだよとかね、カメラはちょっととか、映像はちょっととか、スマホはちょっとっていう方がいらっしゃるのに、ここにいる70代80代の方は機械が強かったってことですよね。カメラが好きだったとか。

志村  機械が強かったかどうかはわかんないけど、撮るのが好きだったと。映像を撮るのがね。ただ撮っとく、撮るだけじゃないよというのが、このサークルに入ってる理由じゃないかと思いますね。

Navi  うちの母もなんかよく近くの人のなんかよく近所の方の顔写真を撮って、何してるんだろうと思ったら、趣味でそういうことをしてたみたいなんですけど。 でもそんな人あんまりいなくて。でもましてそれを人に見せる。 うちの母はよく自分の撮った写真を部屋中に貼って、いろんな人の顔が並んでたんですよ。 「お母さんこれ何?」 って言ったら、「遺影だよ」とか言って。 遺影を撮ってそういうことしてるんだ。 でもカメラが好きで、母もそうだったんです。 でもそういう人はあんまりいなくて。 カメラ、デジカメとか一生懸命使っててすごいなと思ったんですけど、でもここにいる方々はさらにですよ、動画で、しかもそのまあ文字が入ってたり、音楽が入ってたり、本当に何かクリエイティブだなと思うんですよ。 だから若い人はね、今そういうことをやってる人も多いかもしれないし、 YOUTUBER だとか言ってるけど、このベテランの人たち。

志村  ベテランっていうかね、このサークルに入ってきて覚えたって方が多いんですよ。 要するにサークルで発表会するだけじゃなくて、じゃあ作品をより盛り上げるために、パソコンの使い方、それからそのソフトの使い方、そういうまで 1年通してやりますので。

Navi  なるほど。

志村  だから素人さんが本当に完全に素人でも入ってきて勉強していけば。

Navi  すごい。 じゃあ進化し続けてるってことじゃないですか。だってメディアと共にね、ずっと長くやってくれたメディアと共に、進化しなくちゃいけないんです。 いつまでも過去に囚われ、新しくなったらパソコンも今は必修ですよ。

志村  必修ですよね。ですから、この作品の中に AI を使った作品も出てきてますからね。

Navi すごいですね。 いやもうびっくりです。だからこのシネビデオサークルっていうのは、単なるその映像の集いだけじゃなくて、そういうお互いにこうね、いろんな映像も見て刺激を与え合ったり、それから勉強もしたり、進化していくっていうことですよね。 そしてバラエティに富んでると。 いや、まさに本当に楽しみ。 私も行って、とにかくいろんな作品、それが短い時間に。

志村 そうですね。

Nav あるんですね。理由が。

志村  これはね、陣野英明さんって、もうちょっとお亡くなりになった方が小平から講師で9時に、9時に勉強会が始まるのに小平から来てくれて、一生懸命。

Navi  9時って朝の?

志村  朝の9時に例会が始まるんですけど、その前に小平から電車に乗って来てくれて、それでご指導してくれたんですよ。 そういう価値のある作家さんがいたんで、ますます皆さんが燃えて編集して映像をやることができたんだと思いますね。

Navi そうでしたか。その先生がおっしゃったかもしれないけど、こちらのサークルの規格って凝縮した大体10分ぐらいですよね。

志村  というのは、その先生が、アマチュアは8分が限度だよって言うんですよ。ですから、皆さん 8 分前後の作品を作るようにみんな努力して、そこに集約してまとめて、それで発表会に向けてやって、今現在やってるんですけど。

Navi なるほど。それも厳選したというか、作品も大体 10個とか 10何個とかっていう、その映写会をやってる、つまり発表会を毎年必ずやってるっていうことも尊いなと。

志村 できるってことはありがたいですね。

Navi  観客がすごくいっぱいいるのに、私びっくりしちゃって。 もう。 でもやっぱり先輩方がたくさんいて、いろんな方にそこで出会えて、まあ見に来るだけの人もいるかもしれないんですけど、その人たちもすごくこの熊谷の文化に詳しい人とか、熊谷大好きな人がそこに集結してて、もうそこに行くだけでいろんな方に声かけられたりとかして。 この空間、この集い自体もすごいなって思ってます。じゃあこの辺で曲に行ってみますか? じゃあ次の曲は?

志村 夏をあきらめて 研ナオコさん。

Navi なんでこの曲なんですか?

志村 いや、FMクマガヤで私が出るということで、いろいろ FMクマガヤの放送聞いてたんですけど、この中で私は歌はあまり聞かないんですけど、この曲いいなと思って。

Navi そうですか、お届けします。夏をあきらめてです。

【曲 研ナオコ 夏をあきらめて】

Navi 時刻は12時45分を回りました。 梅林堂提供 やわらか熊谷僕らがつなぐ物語第106回楽しいビデオ映像の集いをお届けしています。 さて、じゃあいよいよですね、今年の楽しいビデオ映像の集い、 第51回公開映写会ということで、 10月18日、熊谷市文化センター文化会館で行われるということになってるんですけど、どういう風になるでしょうかね。

志村 はい。今回は14作品出ております。先ほども言いましたように、 8分前後なんですね。 ですから、皆さんが見てて長いなっていうか、飽きるようなのはないと思うんですね。

Navi 飽きないです。テンポが早いし、この会に私も行ってわかったのは、その作品の前にちょっとトークのコーナーがあるじゃないですか。あれが素敵です。

志村 そうですか、よかった。

Navi 最初に何か作った方が、なんかちょっと一言二言言うんですよね。

志村 そうですね。作者の顔が見えるっていうのもいいですよね。

Navi だから発表会、普段の音楽の発表会なんかでもそういうのはあんまりなくて。でもこれが作った方が話して、そして「どうぞ」っていう形で。

志村  そうですね。

Navi  8分はやっぱり飽きるっていうことはないですよね。どんな感じの作品があるんでしょうか。

志村 それでいろいろバラエティに富んでおりまして、 14作品の中で、今年秩父は御開帳になるので、そういう秩父巡り。あるいは私たちちょうど 70から80ぐらいのメンバーだってお話したんですけど、去年新しい人が50代の方が入ってくれましてね。 それで今一番刺激もらってるんですけど、その方の作品がロマンス詐欺を題材にした作品なんですよ。だから我々とちょっと感覚が。 これは、ちょっと面白いと思いますね。 

Navi はい。今 2つ紹介してくださいました。「祈りの旅」「運命の人」

志村 それから「ジャムおじいさんの絶品のレシピ」って言って、この方はやっぱりご自分で考えて、料理じゃないんですけど、ジャムを作るという。

Navi ジャムを作る作品。柚子とレモンジャム。

志村 要するに女性の方ではなく、男性が試行錯誤して作るという、これを自分で演出して、自分で撮ってね、作ってますみたいな。

Navi 楽しみですね、はい。あとは。

志村 あとは「塙保己一の偉業と後継者」って言うんですけど、この方はもう塙保己一のことをずっとやってる。

Navi 研究家みたいな。

志村 そうですね。お住まいは深谷なんですけど、本庄の方で主宰でやってますんで、それから次が「6000日の足跡」っていうんですけど、これは。自分の愛犬が亡くなって、その思い出をつづっていくと。その次が私の作品なんですが。

Navi どんな作品ですか?

志村 「祀る 祭り」祀るっていうのは、お祭りじゃなくて、祀るで。 それで、熊谷のうちわ祭なんですけど、じゃあうちわ祭をただ撮るんじゃなくて、それはどういう祭りだったかっていうことを突き詰めていきたいと思うんですけど、そういうような作品です。

Navi 是非見てみたいなと思います。

志村 ありがとうございます。

Navi  そしてあとは。

志村  あとは「カッパドキア」これは海外旅行ですね。

Navi 旅行記ですね。

志村 旅行記ですね。 それからあの後半はね、「さようなら妻沼線」っていうんですけど、この方は、今年お亡くなりになっちゃったんですね。だからこれ 8ミリフィルムなんですよ。 8ミリフィルムをビデオ映像に変換してやったもので。その本人を偲んでということで。

Navi そうでしたか。

志村 次は「奥の細道。」奥の細道は、この方は芭蕉のライフワークで芭蕉を追いかけてますんで。

Navi 旅行記みたいな。

志村  旅行記。はい。それから次が「空の命」。この方はAIを駆使して。そういう方が出てきてます。

Navi 今度は AIを駆使した作品。

志村 はい。

Navi いやー楽しみですね。

志村  次は「金沢望郷」ですね。 これはカラオケ、ご自分でカラオケが趣味なんかな。それを元にして自分で旅行に行った金沢をやってます。 それから「やったぜでん助」って、これはもう毎年カタツムリをやってる方なんですけど、その方がどういう作品か、ちょっと見てないんでわかんないんですけど。

Navi カタツムリを毎年。

志村 毎年。

Navi これはまたミクロの感じですね。

志村  そうですね。 それから「ご先祖様」ご自分の地域のいろんな昔伝わったものを含めてね、作られてると。 最後が北極の、「北極の国から」 これはやっぱし旅行記ですね。海外旅行記。 その 14点、これをやりますので。

Nav 今聞いただけでも、もういろんな作品がありますよね、凝縮したそれをこう 14個、どんどんどんどんこうテンポよく、素晴らしい。本当に行ったことがない方は、これは行けば大丈夫なんですか? 見られるんですか?

志村 そうです。おいでいただければ無料ですしね。ぜひ来ていただきたいということと、あと駐車場のこと心配だと思うんですけど、満車の場合はの河川敷の方に車止められますので、ぜひお車でも大丈夫だと思います。

Navi なるほど。 今聞いてね、まあ若い方もそうだし、まあベテランの方もそうだし、このね、映像ですかね、この時代でまたこういう映写会を皆さんでやっているという、サークルのこの楽しいビデオ映像の集い、本当に私もオススメです。もう本当に行くたびになんかなんていうかな、豊かな気持ちになってました。

志村 ありがとうございます。

Navi いろんな方の作品を見せていただいてということで、 10月18日。

志村 そうですね。

Navi 日曜日。

志村 日曜日ですね。

Navi ですね。時間は何時からですか?

志村 日曜日の時間は 12時に受付で、開場はじゃあ12時半ですね。

Navi  はい。ということで、文化センター、文化会館、熊谷市の文化センターにお集まりいただけたらと思います。今日はあっという間に時間になっちゃいました。

志村 ぜひこれを見てですね、若い方もぜひ参加いただければ、 1年間いろんなことを教えながらやりますので、ひとつよろしく。

Navi じゃあもう会員募集という。

志村 会員募集もします。

Navi  はい。じゃあ今日はですね、本当にあの、あっという間に終わっちゃったんですけどね。「楽しいビデオ映像の集い」

志村  今日はありがとうございました。

Navi はい。シネ・ビデオサークルの志村貴男さんに来ていただきました。今日はありがとうございました。

志村  ありがとうございました。

Navi また来てください。

志村  ありがとうございます。