
9月14日(月)12:00~ FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~は?
第107回「荻野吟子の舞台を創る4」をお届けします。11月23日 さくらめいとで行われる舞台「荻野吟子抄」チケットが9月1日に販売されました。
舞台稽古も進んでいます。今回は荻野吟子の舞台を創るシリーズの4回目 ゲストは主役荻野吟子を演じる ひさいしまいこさんに来ていただきます。
ひさいしまいこさんは 秦小学校出身!荻野吟子の生誕地でうまれた俳優さんです。そしてもう一人、熊谷の名物先生 荻野吟子生誕の地保存会の「おぎとら先生」こと荻野俊行さんに来ていただきます。
荻野吟子の地元からいよいよ現代の荻野吟子の誕生します。そして、元パーソナリティのひさいしまいこさんは久しぶりのFMクマガヤ登場です。おぎとら先生とひさいしさんとどんなお話なるのか
どうぞお楽しみに!
以下 AInottaによる文字起こしを修正したものです
Navi 時刻は12時を回りました。AZ熊谷6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオからお送りします。梅林堂提供「やわらか熊谷ぼくらがつなぐ物語」第107回「荻野吟子の舞台をつくる」パート4ということで今日はお届けします。今日は待望の回というかこの回を楽しみにしてきました。今日のゲストは11月23日に行われる荻野吟子の舞台、「荻野吟子抄」の主役の荻野吟子役を演じる元FM熊谷のパーソナリティーの久石舞子さんに来ていただきました。
久石 はい、ご無沙汰しております。ヒサイシマイコと申します。ちょっと、なんかこういう時にちょっとしたマイクトラブルがということで、私はやっぱなんか持っているのかという話なんですけれども、ちょっと久々にFMクマガヤ出演ということで、本当に関根先生には感謝です。本当にこういった機会をいただいてありがとうございます。ということで、今日は一緒にオギトラ先生も出ていただけるということで、よろしくお願いします。じゃあ一回マイクをお返しして。
Navi はい。次のゲストまで紹介してくれて、さすが久石さんだなっていうふうに思うんですけども。もう一人、今日はゲストで、お呼びしています、もう一人のゲストは元妻沼東中学校長、そして元荻野吟子生誕の地保存会会長、第六代目会長ということで、オギトラ先生こと、荻野俊行さんに来ていただきました。こんにちは。
荻野 こんにちは。紹介いただきました、オギトラです。私の固有名詞の「荻野」の「オギ」をとってしまって「トラさん」とも呼ばれてます。
Navi あ、そうそう、トラさん。
荻野 ええ、今日はよろしくお願いします。
Navi はい。
荻野 いいですか?
Navi ということで、今日、久石さん、本当に久しぶりに、あの、FMクマガヤに帰っていらっしゃいまして、「おかえりなさい」と言いたいところなんですけども、今日は、いろいろなお話が聞けるかなと思うんです。この番組、いつも聞いてることなんですけども、出身の小学校、中学校を聞いてます。久石さんの出身の小学校、中学校はどこでしょう?
久石 はい。私、小学校は秦小学校出身で、中学校は、妻沼東中学校を卒業しました。
Navi そういうことなんですね。その後は、どういうふうに 現在に至ってるんでしょうかね?ちょっとそれもちょっとだけ教えてもらえますか?ずっと熊谷にいたんですか?
久石 そうですね。私の高校は羽生の方の誠和福祉高校っていう、ちょっと福祉科のある高校に行きました。その後もうちょっと福祉を学んでみたいなと思ったところで、立正大学の社会福祉学部に入りまして、4年間通わせていただき、その後、他の熊谷市ではなく、別の市の社会福祉協議会というところにちょっと入社して、そこでちょっと働いたんですけれども、働きながらお芝居に出会い、それでちょっとお芝居頑張ってみたいなという気持ちが芽生えてきて、気づいたらお仕事を辞め、お芝居をやっておりました。
Navi 仕事を辞めて、お芝居をやってたっていうことですね。それで現在に至る。FMクマガヤにも入りましたよね?
久石 そうですね。熊谷には、大学までいたんですけれども、仕事を機にちょっと、熊谷を出たんですけど、やっぱり「熊谷好き」ってなって戻ってきて。ちょっとその時にコロナとかも流行って、「ああ、なんかこの先 私の人生どうなっちゃうんだろうな」とか、ちょっとお芝居で、お仕事をしていくことの難しさみたいなのも感じて。そんな時にちょうどアルバイト先の、しょうちゃんという前にパーソナリティをやっていた高柳さんから「ちょっとFMクマガヤの2期生募集してるよ」って「応募してみたら?」っていうんで、応募させてもらったっていうのがきっかけでしたね。
Navi そうでしたか。そして今は福祉関係のこともしながら、俳優もされてるということでよろしいですか?
久石 はい、その通りでございます。
Navi わかりました。ということで何年ぶりですよね?
久石 そうですね、一年半くらいぶりになりますかね。でも、まさにFMクマガヤのパーソナリティーをしてた2年前くらいに、ちょうどこの荻野吟子のお話をいろいろな方面の方からいただいて、「どうしようかな」と思いながらパーソナリティーをしておりまして、このFMクマガヤの仕事っていうのもなかなか大変なお仕事で、自分で街のいろんなところに行って、情報を収集して、自分一人で話さなきゃいけない時間もあるっていう、すごく難しいお仕事なので、やっぱりそれと両立してお芝居をやっていくことの難しさが、ちょっと私のキャパオーバーになっちゃうなっていうのもあって、1年半前くらいに卒業をさせていただきました。
Navi ということでね、今日帰ってまいりましたということで「本当にお帰りなさい」と言いたいです。
久石 ありがとうございます。
Navi さあ、そして、今度は荻野先生の方を聞きたいんですけど、荻野先生に、こう聞くのドキドキしちゃうんですけど、出身の小学校はどちらでしょうか?
荻野 秦小学校なんですが。妻沼町立ではなかったかなと思うんです。合併の近辺だったんですね。ですから、もしかしたら。秦村立秦小学校 途中で妻沼町になって、中学校はですね、妻沼東中学校の北校というところ。昔の秦中学校の校舎で3年間学びました。名目妻沼統合って期間が三年あって、長井と妻沼の一部と秦が一緒になって、私たちが卒業したら、 今の東中の方へみんなが移転をして、名目ではなくて、実質の妻沼東中が始まったと。卒業式だけ青空卒業式いった感じですかね。
Navi この話だけで多分一時間いっちゃう(笑)んですけど、本当はもう後でまたオギトラ先生に来てもらいます。オギトラ先生っていうぐらい、皆さんに、トラさんとか言われて、皆さんに本当に親しまれている先生なんですけれども。今聞いたら、お2人が、秦小・妻沼東中と同じというルーツというのが、まずちょっとびっくりしたのと、荻野先生ざっくり、最後、妻沼東中の校長先生になるまでは、そもそも体育の先生でしたっけ?
荻野 いや、あの、若い頃、体育の授業はちょっともったことがあるんですが、国語が専門の教員なんですね。10年くらいもったかな。
Navi 妻沼東中校になるまでは、最初はどこでしたっけ?
荻野 えっと、今深谷になってますけど、花園中学校、そこに7年いて、それで妻沼東中へ帰ってきて、あとは妻沼三昧と。
Navi それで、最後は本当に省略しちゃって申し訳ないですけど、最後は妻沼東中の校長先生っていうことですか?
荻野 はい、そうです。
Navi やっと来たんですけど、その後校長先生を退職した後は、いろんな役職をされて、さっきもそうだったんですけど、荻野吟子関係のお仕事っていうこと。
荻野 そうですね。
Navi 秦公民館も館長さん、長くやってましたよね?
荻野 今でもやってる。
Navi あ、すいませんでした。
久石 今でもやってくださってますよー。
荻野 .一緒に、吟子の史跡保存会とか、秦小学校区の連絡協議会とか、子供を集めて夏祭りやったりする、それの事務局ですかね、全部合わせて15くらい仕事やってますね。
久石 肩書きがすごい。
Navi 最近の荻野先生のことで私が聞いたのは、今年の夏、8月に教育講演会っていうのが学校の教員を集めてやるんですよ。今年は「荻野吟子YEAR」と勝手に私も言ってるんですけど、千人以上いる先生たちを、さくらめいとに集めてやる会で、荻野先生が荻野吟子のことについてお話ししていただいたんですよね。
荻野 はい、90分時間をいただいて 結局10分オーバーしてしまいました。
久石 すごい。100分になったんだ。
Navi ところでまだ聞きたいこと、 お二人について聞きたいことがあるんです。この二人の接点があったか、どうなんですか?
久石 ありました。
Navi どういうところですか?同じ小学校、中学校なんですけど、同じ地区でしかも荻野吟子さんのふるさと出身のお2人ということなんですけど、どうですか?
久石 はい。まずオギトラ先生を、私の地元で知らない人はいないというところで、私が一方的に知ってるっていう感じだったんですけど、私が中学校の時に、校長先生をやられていてっていうところで、今日私も卒アルを持ってきたんですけど。
Navi 見ました、見ました。 校長先生と中学生の久石さん。
久石 そうなんですよ。っていうのもあって、あとは、私も秦地区に住んでおりますので、その地域活動といいますか、公民館の講座とかもこの間行ったら、もちろん、荻野先生がいらっしゃってっていう感じで。秦の歴史とかをやってましたよね、その時に。
Navi なるほど。
久石 うちは家族ぐるみでお世話になってます。
Navi 家族ぐるみだって言ってますよ。
荻野 そうなんです。久石さんのお父さんは、今公民館の役を、 体育部長か。 文化長だった。
久石 はい、そうですよね。
荻野 お母さんは最初に私が妻沼東中に赴任した時の教え子。
久石 まだ、じゃあ22歳とかですか?先生が
荻野 30、32
久石 あ、そうですか。
Navi 脂の乗りきったオギトラさんの全盛期
久石 もう母も私もお世話になってるんで。
Navi ああ、やっぱりね、そういうことですよね。 だから本当に荻野先生って言えば、秦地区の俵瀬で、久石さんが秦出身っていうのを、知ったの最近で
久石 ああ、そうですか。
Navi それでゲストでおねがいするとき「マイコ」とか言って、「あれ?あれ?」「知ってるじゃん」とか思ってね。今日はそのお2人に出ていただいてっていうことではあるんですけれども。あとは、ちょっと荻野先生に聞きたいのが、荻野先生って言うくらいで、荻野吟子と関わりがあるんじゃないかと。
久石 ね、そうですよ。
Navi うん。 あるんじゃないですか?もしかしてって言ったら失礼ですけど。
荻野 荻野の総本家というのがありまして。その総本家から分家したのは、吟子さんのところが最初なんですね。それで、その後、上と中と下と分家したのが、暴れん坊主が上の荻野、中の荻野、下の荻野、そこへ分家したのが、総本家から二回目なんですね。あとはずっと荻野が流れて、いっぱい荻野があるんですけど、全部その関係ですね。
Navi それはあの、なんか「上(かみ)」とか「中(なか)」とかって言ったけど、あの、「中んち」とか「上んち」とかって言うんですか?
荻野 そうです。「かみんち」「なかんち」「しもんち」とか。
Navi それで荻野先生は?
荻野i 「中んち」なんです。
Navi あれ?「中」んち出ました。なんか「中」んちっていうと、あの渋沢栄一さんも「中」んちでね、よく聞いてますけども。じゃあやっぱり由緒正しき、やっぱり荻野家の 荻野先生、やっぱり関わりがかなりあったということでよろしいですか?
荻野 そうですね。今考えると、うーん、歴史が古いんですね。びっくりしちゃいます。
Navi なんか、あの荻野吟子さんの今でこそ、あの門があったりとか、記念館とか そういうのが、まだ残ってるじゃないですか。やっぱり、そういうのを、皆さんが残して、そして、荻野先生自身がもう生き証人みたいな感じじゃないんですか?はじめは荻野さんだし。
久石 うん、ほんとですよね。
Navi 知らないことはやっぱり今のうちに聞いといた方がいいんじゃないですか?
久石 そうですね。
Navi いろいろちょっと、もっともっと聞いてみたいと思います。
久石 そうですよ。 だからたくさんいろんなことを、私たちが、まだ知らないことを、今日話しただけでも知らないことがいっぱい出てきて。
Navi 出てきましたね。だからもっともっと荻野先生にはいろんなところでお話聞きたいなとは思ってますけれども。ということで、あの、いきなりもう、お便りが来てるんで、先にお便り読んじゃいます。
久石 あらー、ありがとうございます。
Navi いきなり来てます。ラジオネーム「ラグビーお兄さん」からいただきました。
「荻野さん、久石さん、関根先生、こんにちは。 荻野さん、今日は、放送を通じて史実をきちんと学ばせていただきます。久石さん、先日はご来訪いただきありがとうございます。お稽古の体力作りにそのままスクワットとかトレーニングをしていってもよかったのに。今回の「荻野吟子さん」という重い役かもしれませんが、久石さんらしく明るく真摯に頑張ってください。」
久石 ありがとうございます。頑張ります。
Navi はい。続きまして来てますよ。ラジオネームあんくるチーズ好きさんからいただきました。
久石 あんくるチーズ好きさん。
Navi 「関根さん、本日のゲストのオギトラ先生 アンド マイコさん、こんにちは。 こんにちは。今回の荻野吟子の舞台をつくる4ということで、今日の放送も興味深く聞かせていただきますね。そして、マイコさん、FM熊谷へのゲスト出演おめでとうございます。 おかえりなさい。チケットも完売ということで、残念ながら11月の舞台を見に行くことは叶いませんが、今後も地元でのイベントMCやご出演のタイミングがあれば出かけたいなと思っていますので、応援しています」
久石 ありがとうございます。本当に、FMクマガヤ、前からずっと聞いてくださっててありがとうございます。
Navi まだ来てます。 ラジオネーム のぐまんさんからいただきました。
久石 のぐまんさん。
Navi 「セキネさん、久石さん、こんにちは。11月23日の公演、『荻野吟子抄』を楽しみにしています。久石さんのこれからのご活躍を期待しています」
と。
久石 ありがとうございます。本当に街の方々が本当に皆さんとても協力的で楽しみにしてくださってて、本当にありがとうございます。
Navi はい。じゃあここで、曲に行きたいと思います。 久石さんからのリクエスト。
久石 いいんですか?
Navi いいんですよ。どうぞ。
久石 やっぱり オギトラ先生と私が出るってなった時に曲どうしようかなと思ったら、やっぱりコレクターズだなというところで、ちょっと秦と繋がりがある加藤ヒサシさんがボーカルを務めるバンドでございます。紹介させていただきます。コレクターズでマンデイ。
【曲 コレクターズ マンデイ】
Navi 時刻は12時23分を回りました。梅林堂提供、『やわらか熊谷僕らがつなぐ物語』第107回、荻野吟子の舞台をつくるパート4をお届けしています。ゲストには、荻野吟子抄の主役を務める、久石舞子さん、そして、秦公民館館長、荻野敏行先生こと、オギトラ先生に来ていただいてます。さて、まずちょっとこの舞台のことなんですけども。 久石さん、この舞台が決まったのはいつ頃だったんですか?さっきちょっとチラッと言いましたけど。
久石 そうですね、ちょっと2年前くらいですかね。まだ私がFMクマガヤでパーソナリティーをやっていた時に、まあ本当にありがたいことに、このFMクマガヤでたくさんのつながりができて、その関係者の方々何名かに「荻野吟子役やらない?」っていう声をかけていただいて、まあその中の一人に劇団シナトラの原田たけこさんもいらっしゃったりとか、あとはFMクマガヤの方もいらっしゃったりとかっていうので、「あれっ?なんかみんなから荻野吟子役やらない?」って言われるこれ何の企画なんだろうと思ってたどってみたら、熊谷共同参画を進める会さんの企画だったっていうことで、まあこれはちょっと私には荷が重いけど。昔から吟子さんの言葉は郷土学習でも学んできたし、こんなにありがたい機会をいただけるなんて、人生でもうないだろうなと思って、 やらせていただきました。
Navi 荻野先生どうですか?これ。
荻野 あのですね、秦に生きる女性の鏡ですね。
久石 いや。恐れ多い。恐れ多いです。
荻野 いや、こういう女性に卒業証書を渡せてね、幸せですよ。
久石 いやー、本当にそんなに重いなんか卒業証書だったとはみたいな、今思えば。
Navi 本当、荻野吟子さんっていうのは今までもずっと大事に郷土の人として勉強もしてきたわけですけども、ここへ来てね、やっぱり荻野吟子さんの舞台を通じて、本当にいろんな方々が秦地区にすごく注目してる。気がついたらね、荻野先生も「荻野で秦地区で、あ!」と思ってね。
荻野 うーん。いや、なかなかそういう話が今までなかったんですよね。
Navi ありがとうございます。 だから、今こそ荻野先生が、出てきていただいてっていうところで、本当に今日も来ていただいて嬉しいなと思ったんですけどもね。やっぱ秦地区って昔からやっぱり、栄えてたっていうか、そういうところもあったんですよね。その水運とかもそうだし。
荻野 荻野吟子が「水場の女」っていうふうに言われるんですよね。 毎年のようにこう洪水を受けて大変な、そこであの精神力も培ったのかなと。
久石 うーん。 お母さんが畑をずっとやられてる、その姿を見てたっていう吟子さんですよね。
荻野 もしかしたら秦区にそういう意識の流れがもうみんなできてたのかな。今一番光ってるのが久石舞子さん。
久石 いやー、ちょっと恥ずかしい。恐れ多い。
Navi 本当にここへ来てですけど、秦地区とかに今注目して、私も記念館見に行ったりとか、あと渡し船があったりとか。秦小に、学校の自慢リポートに言ったら、自慢がいっぱい出てきて、「グライダーがあって、渡し舟があって、そして荻野吟子さんの生誕の地です」って。 皆さん誇りに思ってるなっていうのは素晴らしいなと感じました。あと最近ここのゲストで出てくれた方も、秦地区出身の、浦和第一女子高校に行ってる放送部の方で出てくれて。
久石 市野瀬さんですよね
Navi 市野瀬さんが、「荻野吟子のこと誇りに思います」って言ってたんです。
荻野 あの市野瀬はですね、弁財っていうところに住んでるんですがね。荻野吟子の母親は弁財から荻野家に嫁いでる大島さんっていううちからなんですけどね。そのことで弁財とその繋がりっていうのも結構。
Navi これは秦の中での字の話ですよね。俵瀬。弁財あとどういうところでしたっけ?
荻野 葛和田。
Navi 葛和田ですね暴れ神輿のことも自慢してました子供達。だからやっぱ文化もあったし、すごい豊かな場所だったなと思いますよね。さて、今、2年前にってことあったんですけど、その時に私もちらっと2年前の夏に聞いたのが、この舞台があるっていうのを、今はお亡くなりになった中島ちひろ議員さん、市会議員の中島ちひろさんから聞いて、お祭りの時に「えー!」と思って、「舞台があるの?じゃあ、久石さんとかが、吟子さんをやったら」って言ったら、もうその時には決まってたか、その話が本当に今年現実になるっていうのはすごいなっていうふうに思ったんですけども。正式に決まって、舞台稽古が始まったのはいつからですか?
久石 そうですね。劇団シナトラさんが一応やってくださっておりますので、劇団シナトラ自体はもう毎年公演をやられている劇団さんで、常に毎週稽古みたいな感じなので、もうその荻野吟子の稽古はちょっと多分前作が終わってから始めたと思うんですけれども、そこに私が参加させてもらったのは今年1月からっていう感じなんで、もう数ヶ月稽古をやっている感じではありますね。
Navi 私も2回だけ見に行ったんですけど、本当に皆さん、まずは真剣なところもあるし、すごくアットホームでみんな温かい人たちが
久石 いやー本当にいい劇団です。劇団シナトラは。多分今聞いてくださってると思うんで。
Navi いや、ほんとあったかい。知ってる人も結構いっぱいいて
久石 そうですよね。
Navi びっくりしちゃって中学時代の先輩がいたり、この間ゲストで出た市の職員の方もいたり、あとは、今回の演出をやってる方は石原小学校で私が教員でいた時に小学生でいた子なんですよ。
久石 重竹先生。
Navi 重竹先生。今は特別支援学校の校長先生をやってるんですけど。
久石 すごくない?だから特別支援学校の校長先生やりながら、劇団の演出もやって、自分も出演されるんですよ。結構大事な役で。
Navi あ、出演もされるんですか?
久石 されるんです。
Navi まだ他にもいろんな方が出演されるっていうんですけど、まだなんかシークレットなんですね。
久石 いいんじゃないですかね。
Navi だから市民の方もいろいろ参加するみたいな。オギトラ先生は出演してないですか?
荻野 いや、見守ってます。
Navi オギトラ先生、役がありそうですけどね。立ってるだけでも多分存在感がね。稽古はどんどん今進んでいて、
久石 もう本当に来週ぐらいには通し稽古って言って、もう全部のシーンを通してっていう感じなんですけど、今週私、東京までかつら屋さんにかつらのフィッティングに行ってきます。 初めて。
Navi かつらですか?
久石 はい。やっぱり明治時代の髪型っていうんで、ちょっとそれ結構衣装の着替えたりするのも多いので、「もうかつらでいきましょう」ということになって。かつらをかぶらせていただきます。
Navi おー、本格的ですね。いろいろ調べたら、荻野吟子さんは途中で男子と一緒にやってたから、髪の毛ばっさり切ったりした時代があるっていう、そういうのも?
久石 そうなんですよ。だからちょっとそこもどうしたらお芝居として成立するかっていうのもいろいろ考えながら まだやってるってことなんですね。かつらもまだ本当にこれから合わせに行って、どんなのが用意されてるのかっていうのも見に行くような段階ですね。
荻野 一粒の麦の映画で知らせてもらったくらいですから、それが舞台になるとまた大変ですよね。いそがしいみたい。
久石 本当に着替えも多いですし、カツラもだから、何個必要かなみたいな。二個最低でも必要かなっていう。カツラを買うのにもやっぱりお金もかかりますし。いろんな意味で大変で、それを本当に一生懸命劇団シナトラさんが中心になって、で、いろんな市民の方に協力を仰ぎながら、その小道具関係もそうですけれども。
Navi あと二ヶ月ですね。
久石 うーん、結構バタバタかもしれない。 でもね、本当にいろんなことをやりながらやってる方だから、
Navi 毎日稽古じゃないですもんね。 中で詰めていくっていうことでここからが大変そうですね。
久石 本当にその通りで、皆さんお仕事やりながら、私自身もそうですけど。その稽古日にみんながみんなが集まれるわけではないので、まあ代役も入れたりしながらで、ちょっと一生懸命やってる最中です。
Navi 稽古を見たら本当に胸が熱くなりました。稽古を見るだけで、いろんな方々の思いとか、荻野吟子さんの思いっていうのも、やっぱり、映像ではない伝わり方がありますね。
久石 やっぱりさっき打ち合わせの時もオギトラ先生とも話しましたけど、やっぱいろんな荻野吟子さんの関係の資料とかがだんだんと時代と共に出てきて、今回の台本が全て、あれがまるっきり本物かって言われたらわかんないです。その時のササキ・ブカンさん、ササキ・タケミさんの、その脚本の時代のお話かもしれないですし、吟子さんの解釈として。ですけど私たちは一応舞台としてやるので、脚本を元にやっていくっていうような感じでやらせてもらってます。
Navi どうですか?荻野一族って言っちゃあれですけど、荻野家の方として、こうどういうふうに伝わってる感じなんですか?
荻野 吟子ですね。だからうーん。 稲村貫一郎なんかは、やはり伝え聞くものとまるで違ってて。
久石 いろんなこと出てきましたよね。
荻野 焼酎あおって、村の人たちは、 夜遊びに出かけてそんなで、貫一郎は「遊び人だ」とか言われてますが。貫一郎は飲めないんですよね。
Navi お酒飲めない?
荻野 噂とはまるで違うんですね。ですから協議離婚した後も、稲村家と荻野家っていうのはつながりがあって、家と家の結び付きっていうのは離婚したけれども続いてるんですよね。 うーん。 そういう意味ではですね。吟子は強く前向きに生きた人なんだなっていう。
Navi 荻野家の側からこういう風に言っていただいたっていうのは、そういうことですよね。そういう風に伝えられてるっていうことなんですね。じゃあ、ほんとやっぱりいろんな人がいろんな見方で、見てるからその見方は、全部がそうっていうわけでもないと。だから今回、舞台を通して、また皆さんが荻野吟子さんのことを見て。今までのいろんな話もあったかもしれないけども、荻野吟子さんを見て、私たちがどうするかっていうのが大事だなって思っています。
久石 ほんとにそうですね。
Navi だから、自分でそのいろんな資料とか、いろんな物語を見させてもらった時に、「あ、大変だな」って。大変で終わっちゃ、なんかもったいないような気がして。大変な思いをしたと。苦労したと。でも苦労したけど、でも何かを作って残してるわけじゃないですか。皆さんが多分荻野吟子さんを目指していったらいいかななんて、自分はそうすごく思っていて。それには洪水が来ても洪水が来てもね、負けない強い力。辛いことがあっても。子供たちにとって、今ちょっとしたことで落ち込んじゃうことがあるけども、それをやっぱり乗り越えていくっていうのが荻野吟子流って言っちゃあれですけど、男の子もね、いるわけじゃないですか、こういうのを見て。どうですか先生?
荻野 そういう意味では、女性に限ったことではないっていう風に思うんですよね。荻野吟子の生き方を見るとですね、必ず、誰かがいて、その人が何かを薦めてくれたりとか。 「こっちへおいでよ」とかって女性がいたりとかそういうの何人も出てくるんですよね。。 だからそれで、荻野吟子っていうのは、あれだけ立派な仕事ができたのかなと。
久石 確かに元から荻野吟子さんが、ああいう性格とか、そういうだったわけではなくて、いろんな引っ張ってくれる人がいてとか、。
Navi そうですよね。だって久石さんだって「役をやってみたら?」ってのは他の人から言われたんですよ。
久石 そうです。
Navi それで乗っかったんでしょ?
久石 乗っかりました。私の性格はオギノギンコさんと真逆なので
Navi なんでですか? ちょっとなんか似てるんじゃないかなと。
荻野 それは似てる- 思いますけどね。
久石 似てるとこありますかね。
荻野 なんか 似てるそうですよ。
久石 じゃあそこは
荻野 でなかったらあんなに人がいっぱい、吟子さんのとこ行かないんですよ。
久石 なるほど。確かに不思議と今回たくさんの方が支えてくれてて、その人数の多さにびっくりって感じなんで。
Navi あー、何かをしてくれるんじゃないかっていうね。多分荻野吟子さんが何かをしてくれるんじゃないかっていうのに、皆さん期待してって応援しようっていう気持ちになるし、久石さんだって今回立ったわけじゃないですか。
久石 うん。
Navi そしてみんながなんか久石さんを応援してるということじゃないでしょうかね。
久石 本当に私はちっぽけなんですけど、ほんと周りの方の支えがあって、この企画が今盛り上がってると思うので、それはどんどん私自身も成長して盛り上げていきたいなと思います。
荻野 だから今までのことがね、きっと吟子に似てるんですよね。だから吟子はですね、両宜塾を継いだ松本萬年の娘さんの荻江さんっていうのとの親交が
Navi 両宜塾もあるんですね。かかわってるんですね。
荻野 学んだっていうふうには書いてあるけど、そういう記録はないんですよね。 それを継いだ松本萬年の娘さんと、後の東京へ出てからも荻絵さんが荻野医院に寄宿したり、そういう仲の良さなんですよね。だから、こんなちっちゃい時からこんな大きくなるまで、荻江さんとは付き合ってるんですよ。
久石 荻江さん、かなりキーパーソンですよね。本当に強い女生
Navi 舞台の中に出てきますよね。
久石 荻江さんは出てこないんですよ。
Navi 出てこないんだ。荻江さんこの間見た時にすごく 支えてくれる女性の方がいるじゃないですか。
久石 あー、お姉さんですかね。 そう。 ともこ姉さん。 トモコさん。
荻野 そう、トモコさんも、まあ支えた一人ではありますよね。荻野 吟子のことがね、大好きだったんですよね。トモコさんね。
久石 もうね、本当になんか支えてくれる人がいてね。 確かにへこたれそうになってる、あの、ところもあるかな。
Navi でもそこをなんか、声がけがすごくあったかい 声がけを見て、身の回りの地名がいっぱい出てきて。
久石 ああ、そうですね。
Navi 野菜の話とか、それを聞いてるだけでもう「はあいい気持ち」っていうか。 地元の人にとっても、セリフもそうだし、その演技のあったかさっていうか、人々のその繋がりのあったかさを感じますね。まあ、辛いことをしてくる人もいっぱいいるじゃないですか。
久石 はい。
Navi その中でも必ずあったかく言ってくれる人がいてっていうのがいて、それが舞台にずっと流れてるような気がしてるんですが、合ってますか?
久石 合ってます。まあ、荻野吟子さんの一生はちょっと 舞台では描けてなくて。二十歳くらいから、医師開業試験を受けた、受かった時までっていう感じなんですよ。舞台ではそうなんですけど、そんな感じですよ。
Navi 一番大事なところってことですよね。
久石 一番大事なところで
Naviなるほど。もう本当に楽しみだなっていうところですけども。ここでお便りを私紹介しますね。ラジオネームブラコロさんからいただきました。
「久石さん、オギトラ先生、関根さん、こんにちは。久石さん、メローシアターで拝見して以来の『荻野吟子抄』の主演の舞台、応援しております」
といただきました。
久石 ありがとうございます。メローシアターっていうのは、私が主宰でやってた、ちょっと舞台イベントみたいのを『荻野吟子』の舞台やる前にちょっとやっておりまして。行田の絵本作家の湯沢ひろゆきさんの絵本を元にミニミュージカルっていう感じで、あの、それこそパーソナリティーの依田哲哉さんだったりとか、あの、今回吟子抄にも出る宮下亮太さんとかにも出演していただいて、ちょっとすぐそこのプレイスホールでやったりしてました。
Navi そして今度はいよいよこのさくらめいとにね。
久石 いやー、ちょっといきなり会場がでかくなっちゃったから。
Navi それにね、なんか完売?
久石 そうなんですよ。
Navi もう 完売だって。
荻野 えーってびっくりというか、この席保存会も会計の人に、もう個数分だけ買っといてって連絡をした。
Navi だけど、それチケットちゃんと買ってありますかね?
久石 それがもうさっきから気になってね。
Navi オギトラ先生には見てもらわなくちゃね。
久石 そうですよね。
Navi じゃあここで、荻野先生のリクエストをいただきたいと思います。曲。
荻野 いいですか?あのギターを抱えて軽妙に歌う姿が大好きなんです。昔ギターをこうやって弾いてた
久石 えー!初耳です
荻野 ほんのちょっとだけ。それで、アーティストはあいみょんです。 曲がマリーゴールド。 はい、お願いします。
Navi よろしくお願いします。はい。
【曲 あいみょん マリーゴールド】
Navi 時刻は12時48分を回りました。さて、お便りが来ておりますので読みたいと思います。ラジオネームこうのさんからいただきました。
「こんにちは。久石さん、お久しぶりです。今日の放送を聞いて、ここまでの伏線を知ることができました。にもかかわらず、今回の舞台のチケットは平日、熊谷市内のみの販売で、市外在住の私にはとても太刀打ちができず、なのでせっかくの舞台を見ることができず、大変残念です。頑張ってください。そして再演を強く願っています」
もう一人お便りいただきました。ラジオネーム「たかいさんち」からいただきました。
「関根さん、そしてゲストのオギトラ先生さん、久石さん こんにちは即完売となったらしい今回の舞台、注目の高さがうかがえますね。ふわふわしている舞子ちゃんですが、実は芯の強さを持った強い女性、役者久石舞子のお芝居にお目にかける日を楽しみに応援しています。スケジュールを合わせて飲みに行こうね」
ということです。
久石 のみに行こうね。富山から送ってくれたんですかね。
Navi そうですか。 はい、ありがとうございます。 それではもうあっという間にもう時間になってしまいそうなので、ここで、久石舞子さんに、あの、決意を語っていただけたらと思います。
久石 舞台「吟子抄」が、11月23日月曜日祝日にあるわけなんですけど、ありがたいことにチケット完売ということで、ちょっと見てほしいと思ってた方にも見てもらえないのは本当残念なんですけれども、まあちょっと今回でこの「荻野吟子」が花火で終わらないようにと、関根先生もよくおっしゃってますけど、もう本当にこの荻野吟子さんという方が、まあこの地で、生まれ育って、女医を目指して頑張ったんだよっていうのが、たくさんの方に知ってもらって、改めて地元の方は考えるきっかけになるように、吟子さんのように私も命を削って頑張ろうっていう覚悟で今回この企画は受けてます。もう熊谷市のプロモーションだと思って私は頑張ってますので、ちょっとね、見に来られる方はぜひ楽しみにしていただきたいのと、はい、ぜひ、この舞台のことたくさんの方にしてもらいたいなと思います。
Navi ありがとうございます。では、オギトラ先生、お願いします。
荻野 あー、やっぱりさすが教え子って感じ。それでですね、舞子ちゃんの母親は秦小学校の時、おそらく私の父親が校長だったと思うんですよ。
久石 ああ、そう、言ってました。そうやって今日朝一確認したら。
荻野 美しい一って書いてよしかずって言うんですけど。それがですね。「繋がっているんだな」っていうのは感じます。特にマイコちゃんは私なんか教員一本で来ちゃったから、そこしかわかんないんでしょうね。まあ、そこでしか学べない得られないものもあると思うんですけども、生き方を聞きましたら、これすごいなって。心の底に確かなものが、あるんですね。荻野吟子記念館に私の父のヨシカズっていうのが下手な短歌を石碑で残していて これが、こういう歌なんですよ。
「女医吟子。水場にうけし開拓の 玉持て行きしか瀬棚の原野へ」と。
だから水場で大変な苦労をして、その強い心を持って、その魂を持って瀬棚に行ったと。 よせ!といったのに親父がいったのによさなかったんですね。喧嘩して、私それで胃潰瘍になっちゃったんですけど。そんなことでですね、久石さんの話聞いたらこれすごいな。いいねって思いました。
久石 ありがとうございます。本当にその期待に応えられるように頑張ります。瀬棚にも行きます。
Navi お! そうですか。 楽しみですよね。
荻野 もう大歓迎です、あちらは。
Navi うーん。 どうなるでしょうね。
荻野 アルコールできますか?
久石 ちょっと、アルコールはどうかな。
Navi ということで、11月23日の舞台を楽しみにしていきたいと思います。今日のゲストはですね、荻野吟子抄の主役、荻野吟子役の久石舞子さん。秦公民館館長、荻野吟子さんの一族の荻野敏行先生、オギトラ先生に来ていただきました。今日はありがとうございました。
久石 荻野 ありがとうございました。
Navi また来てください。 ありがとうございました。
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