さて 8月24日(月)12:00~ FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなく物語第105回は「おどる埴輪」をお届けします。

熊谷市野原古墳で発掘された「おどる埴輪」実はあちこちで使われています。熊谷の宝のはにわ もっともっと知ってほしいと思います。ゲストはおどる埴輪といえばこの方 江南文化財センター 森田安彦さんにお越しいただきます。そしておどる埴輪がどれだけすごいかお話を聞きます。東京国立博物館のキャラクター「トーハクくん」はなんと おどる埴輪 なんです。他にも、、熊谷市民や熊谷出身の方には是非知ったもらいたいこと満載にしたいと思っています。どうぞお楽しみに!

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Navi  時刻は12時を回りました。AZ熊谷 6階 FMクマガヤ YZコンサルティングスタジオからお送りしています。 月曜のお昼は梅林堂提供 やわらか熊谷僕らがつなぐ物語 第104回。 今日のタイトルは「おどる埴輪」ということで、今日はですね、お届けしようと思うんですけども、ラジオをお聞きの方、「おどる埴輪」ご存知でしょうかね。おどる埴輪って言えば、浮かんでくるぐらい、皆さんの心の中にある埴輪なんじゃないかなと思うんですけども。 今日のゲストはですね、「おどる埴輪」といえば、この方、江南文化財センターの森田恭彦さんに来ていただきました。 こんにちは。 

森田 こんにちは。江南文化財センターの森田です。よろしくお願いします。 

Navi はい、よろしくお願いいたします。 森田さん。実は何回かあちこちで会っていて、森田さんだなと思ったんですけど、この「おどる埴輪」の専門家ということで、伺ってるんですけど。 

森田 専門家というよりは愛好家ということで。 

Navi なるほど。 じゃあおどる埴輪愛好家ですけれども、それでも「おどる埴輪といえば森田さんってていうことで、どなたもおっしゃってくださってということで、今日こちらに来ていただいて、小学校から伺うことになっちゃいますけれども、森田さん、どちらの小学校だったでしょうか。 

森田  私、東京の青梅市の小学校、 第4小学校っていう小学校を出ております。 

Navi あーそうでしたか。中学校もじゃあ青梅の。 

森田 青梅の霞台中学校という、知らないと思いますが。 

Navi いえいえ、もしかしてラジオ聴いてると、あ、知ってるよってことが結構あるんですよ。青梅の出身なんですけども、今、江南文化財センター、そしておどる埴輪の愛好家というか、専門家というかね、青梅からこちらに来られたっていうことなんですね。 いつ頃からこちらの熊谷に来ていただいたんでしょうかね。 

森田 えっと、大学までは順調に卒業できたんですよ。卒業して就職どうしようかなと思ってて、 4年間ぐらいちょっとブラブラしてました。 

Navi ブラブラ。かっこいいですね、それは。 

森田  あの、発掘調査のアルバイトでブラブラしてたんですよ。 

Navi はいはい。 

森田 発掘して。そろそろ就職しないとまずいなと思って、まあどっか発掘できる職員募集してるとこないかなと思って探したんですよ。そしたら大学の先輩からちょっと紹介されて、当時江南町なんですけど、そこで職員募集してるよっていう話を聞いて。 じゃあちょっと江南町って、私知らなかったんですけど、ちっちゃな町だったんで、まあ募集してるんじゃ行ってみようかなと思って。要は大規模な発掘調査があって、ゴルフ場を作るっていう発掘調査だったんで、まあそれで職員募集してるっていうんで、じゃあ発掘もあるしいいかなっていうところで就職しました。 

Navi いいですか、話戻して。ということは大学の時からもうすでに歴史っていうか、発掘っていうか、こういう関係でやられてたと。 

森田 大学で一応考古学の専攻をしまして。 

Navi 学芸員の資格を取って。 

森田  資格をなんとか取りまして。 

Navi そして、大学出てからブラブラしてるっていう人の話を聞くんですけど、そのブラブラしてるっていうのは、やっぱりすぐ職に就いちゃうんじゃなくて、何かを求めているというか、その期間を持ってる方っていうのは何かあるなっていうのを感じます。私、いろんな方が大学出てからブラブラしたんだよっていって、「何したんですか? 」って聞くと、そこが結構濃かったりして。じゃあ発掘をされてたんですね。 

森田 そうですね、泊まり込みでよくやるんですけど、まあ半年とかそこら、たまに家に一回も帰るんですけど、まあプレハブ小屋があって、繁場みたいなとこなんですけど、そこに泊まり込んで、まあ同じような人が結構いるんで、あのワイワイ発掘調査をしてたっていう記憶があります。 

Navi じゃあ好きな人が集まって、そしてもう没頭したっていうんですかね。 

森田  そうですね。 

Navi なんかここ行ったよっていうとこはあるんですか? 

森田 私、主に都内で発掘してたんで、町田市ですとか五日市とか羽村町とか、その辺。あとは山梨の方に行ったかな。 

Navi なんかその発掘の話を聞くと、また深い話が出てくるとは思うんですけど、そういうことを言っていると、おどる埴輪に行かなくなっちゃうんで行きたいと思うんですけど。 じゃあ江南です。江南でおどる埴輪っていうのは発掘されたわけなんですけど、その時にはおどる埴輪のことは知っていて、ここに来られたんですか? 

森田 まあ一応大学で勉強はしてたんで、おどる埴輪っていうのはもう日本で一番!はにわといえば おどる埴輪だったんで、江南から出てたっていうのは知ってました。

Navi ということで、そこにちょうど募集してたっていうので、もう迷わず来たということでよろしいですか。 

森田  それもありますよね。 

Navi やはりそこから踊る埴輪っていうところで始まっていた。 今、森田さんから、「埴輪といえば踊る埴輪」って言われたんですけど、ここをちょっとまずは聞いてみたいなと思うんですけど、そもそも「埴輪といえば踊る埴輪」と言われる所以っていうのは何なんでしょうか。 

森田 何ですかね、多分昔今はちょっとないと思うんですけど、教科書にも埴輪っていうので紹介されてたと思うんですよ。 いろんなキャラクターにもなってるし、埴輪といって思い浮かべるのは踊る埴輪がやっぱり有名なんじゃないかなとは思うんですよね。 

Navi 私も実は小学校時代にこの、この目の丸い埴輪のことを見たんです。 でもその時にまさか熊谷で出たとかっていうのは教わってないです。あともう一つはいわゆる武人埴輪っていわれているもので、この間も見てきたんですけど、国宝になっているような感じの埴輪をちらっと見て、あと馬の埴輪もちらっと見て。 でもこの目の埴輪は確かに子供時代の記憶にあるんです。 どうしてこんなにこれが有名なんですか。 

森田 特に国宝になってるとか、国の指定文化財になってるとかっていう指定はないんですよ。無指定の埴輪なんですけど、なぜか有名なんですよね。 

Navi そうですよね。だから国宝なのかなって思って調べたら、あれ、国宝でもないのかと。だけど超有名ですね。 

森田  まあ、あの素朴な顔の表現が丸い穴ですから、目と口が。デフォルメするとキャラクター化しやすかったんですかね。親しみやすいっていうか。 

Navi 親しみやすいので有名になったと。なるほど。確かに親しみやすいし、記憶に残りやすい。伝えられている年代とかっていうのはどういう感じですか。 

森田  掘った出てきた時。 

Navi いや、作られたっていうか。 

森田  埴輪が作られたのは 6世紀の後半。 古墳時代でも終わりの方ですよね。埴輪自体作られた年代っていうのが 3世紀の終わりぐらいから 6世紀代なんですけど、最初はその円筒埴輪、丸い円筒形の土管形の埴輪が多かったんですけど、時代がこう、 5世紀、 6世紀になってくると、人物の埴輪とか、いろんな埴輪が作られてきますんで、踊る埴輪は比較的古墳時代でも終わりぐらいに作られた埴輪になりますね。 

Navi なるほど。なんか精巧なね、うんと細かい埴輪もあるんですけど、これをすごくすっきりとしたデザインでね。これはじゃあ初期のってわけでもないんですね。 

森田  そういうわけではないですね。 

Navi なるほど。じゃあまた昔のところの話に行くんですけども、踊る埴輪、何を踊ってるんですか。 

森田 最初に出土して、東京の国立博物館にまず行くんですけど、それを見た研究者がこれは踊ってるんだと。見た目の大インスピレーションですかね。それで踊ってる「踊る埴輪だ」というふうに名付けて今に至ってます。 

Navi じゃあ踊ってないかもしれない。 

森田  まあ可能性は高いです。 

Navi うわぁすごいことを衝撃的なことをいいました。踊ってないかもしれないけど、踊る埴輪を最初に見つけた人が名前を付けちゃった。もしかしたら違うことをしてたんかもしれないということですか。 

森田 そうですね。でも当時の人が何をもって作ったかっていうのは、当時の人はわからないですからね。今の人は別に踊ってても構わないし。有力な説だと馬を引っ張ってるんだっていう。 

Navi えー。 

森田  馬の子供って書いて馬子っていうんですけど、馬子の埴輪じゃないかっていう説が有力なんですが、別に馬を引きながら踊ってても構わないんで。 

Navi もう踊る埴輪から戻せないということでよろしいですか。 それぐらい最初に見た時にインスピレーションがあって、そして踊る埴輪、そしてこの表情とこの素朴な全体のフォルム、これがやはり有名になったっていうことですかね。 

森田  パッと見て手上げてますからね。「何してるんだ」っていうと、踊ってるんでいいんじゃないっていうのが一般的だと思うんですよ。 

Navi はい。 そうですよね。私も踊る埴輪って言われた時に、何も考えてなかったんですけども、何の踊りなんだろうっていうのをちらっと考えた時に、こういう踊りっていうのがあるのかなっていうのを考えちゃって、踊ってたのかっていうふうに決めて思ったんですけど、今森田さんに聞けて。 

森田  はい。古墳の周りに並べるものですから、踊ってるのは不謹慎だっていう人もいるんですけど。 

Navi 確かにそうですね。 

森田  あの。魏志倭人伝という中国の書物に、あの昔の人の日本の記述があるんですけど、大王が死ぬと古墳の周りで踊ったっていう記述があるんですよ。だから別に踊っててもいいんです。 

Navi なるほど。 

森田 喪主は悲しむけど、他の人たちはお酒を飲んで踊ってたという記述があるので、別に古墳に建てたり、お墓の周りに建てられてたんですけど、踊っててもおかしくはない。 

Navi  馬を引いててもおかしくない。 

森田 はい。

Navi だけど「おどる埴輪」の名前はもう戻せないですよね。 

森田  左手を上げてるんですよね。馬を引くっていうのは、利き手は右手で引くはずなんですよ。左手を上げるって、馬を引くっていうのは、今でもあのパドックとかに行って見るんですけど、みんな利き手で引くんですよね。 馬の鼻綱をこう制御するわけですから。 

Navi そうですね。 

森田 じゃあ左手を上げるんじゃ踊っててもいいんじゃないかなと。 

Navi 森田さんが言うと、なんか踊る埴輪がますます踊ってるような感じになってきて、どんな踊りかはこれからまたみんなで考える。考えるっていうかね、想像すればいいっていうことですかね。確かに左手が上がってますね。 

森田 踊りの所作でかぶらせるっていうんです。 耳まで腕をかぶらせるという所作があるんで。馬を引くとこんなに上げる必要ないんですよね。  馬の鼻先は低いんで腰ぐらいでいいんですよ。 こんなに手を上げて引っ張ってる人見たことないです。 

Navi じゃあ馬の説っていうのもちょっとって感じですか。 

森田  古代の馬はもっとちっちゃかったんで、今のポニーぐらいだと思うんですよ。 それをこんなに手挙げちゃう必要はないよねって思ってるんですけど。 

Navi なるほど。 森田さんが今度は踊る説を思いっきりこう引っ張ってきてるという感じでね。 本当になんだろう、なんか聞けば聞くほど面白いっていうか、理由を考えていくと、本当に歴史っていうのは面白いというか、すごいんだなっていうのを感じます。じゃあ掘り出された時ですね。 発掘された時っていうのは何年ぐらいだったでしたか。 

森田 昭和5年の3月21日だったかな。発見時が出てくるんですよ。発掘がそうなので。小原村。今の熊谷市野原なんですけど、畑の開墾中に出てきたということで記録が残っています。 

Navi 畑の開墾中。 

森田 はい。あの辺ちょっと山林が多いんで、まあちょっと新たに畑を作るので開墾してたんですね。その時に出てきたという記述が残ってます。 

Navi じゃあ古墳の近くとか古墳のところを掘ってたらってことですかね。これが出た人はね、最初どうしたんでしょうかね。 

森田 びっくりしたでしょうね。 

Navi それでまあ今は東博、いわゆる東京国立博物館のところに行ってるんですけど、なんで行っちゃったんですか? 

森田 当時はあの文化財保護法っていう法律がまだなかった時代なんで、戦前なんで。どんな法律があったかっていうと、遺失物保護法っていうんですか、いわゆる拾得物ですよね。 拾い物、落とし物に基づいて届出が出てるんです。 当然出るんですけど、所有者が判明しないわけですよ。 半年経っても一年経っても出てこないと。そうすると、その土から出てきた昔のものは国庫に、国のものになるという決まりになってます。 

Navi 昔はそうだったんですね。 

森田 ですから、お墓から出て、古墳から出てきたっていう話になって。宮内省が天皇のお墓の可能性もあるんで、陵墓ですよね。 一回すべて古墳から出たものは宮内省に届け出が行くんですよ。宮内省でその届け出を見て、ここは天皇のお墓じゃないということで、書類を今度は宮内省が管轄してた当時の帝室博物館、今の国立博物館ですよね。そこに書類を回すんですよ。 で、その国立博物館で、これは取り寄せて調査する必要があるということで、博物館に行ってしまったという経緯になって、行ったという経緯がある。 ですから当時としては、当時の法律にのっとって適正に処理されたというものになるかと思います。 

Navi なるほど。 なんかあの、最近私、群馬の歴史博物館に行って、武人埴輪がありますよね、国宝になってるやつ、それが戻ってきてるっていうんで行ったんです。 偶然そこに山本知事がいまして、山本知事曰く、群馬から出たんだから、国立博物館が持ってっちゃったんだから「返せ」と、そういうことを言ってるんですよ、群馬県では。だから熊谷から出た踊る埴輪を持っていかれちゃったんかなって思ってね。「 返せ」って誰か言うかなって思ったら、なんていうか、その当時はだから遺失物として、歴史に価値のあるものだから持って行くよではなく、自然に国に行ってしまったと。 

森田 はい

Navi 後で何か気がついたら埴輪といえば踊る埴輪に日本中がなっていたり教科書に出てたりとかして。ラジオをお聞きの方! それがなんと熊谷から出たそうですよ。 この踊る埴輪っていうか、埴輪の象徴ともいうこの野原古墳というのは、江南町、旧江南町にあったってことですね。 今はどういう感じですか? 

森田  昭和37年まであったんですけど、その時にいい土だったんで、某ゴルフ場の芝張り用の土に土取りをするっていうんで壊されちゃったんです。壊される前に埼玉県の方で発掘調査してます。 

Navi じゃあ調査は十分やって、出るものは出て。本当に踊る埴輪のつるっとした頭と、なんですか、髪の毛みたいに出てるのと、何個かっていうことですか。 

森田  その古墳は掘ったんですけど、踊る埴輪と同じような埴輪は出てないですね。もうこれだけですね。 

Navi  えー、じゃあ本当に貴重な2体ですか。 今や、日本の代表的な埴輪といえばこの「おどる埴輪」になっているという。そうだったんですか。 本当にびっくりしました。じゃあ、やっぱりまず最初に見つけた人がちゃんと届けたっていうところが大事だったんですね。

森田 当時だったんで、なんかちょっと顔みたいなの出てきて、不気味だろっていう、多分思う人も多かったと思うんですよ。それでポイって捨てられちゃったら、もうそれまででしたからね。 

Navi そうですよね。 

森田 かえって適正な処理をされて、処理されたから今に残っているというような考え方もあるかと思いますね。 

Navi なるほど。 

森田 当時の小原村の教育委員会には多分文化財の担当者はいないですから。 

Navi そうですよね。だって昭和五年ですよね。 

森田 都道府県庁っていうのが多分ないですから。 

Navi うーん、そうだったんですか。だったら国立東京博物館で大事にしていただいたという。どうですかね、返せって言ったら返してくれますかね。 

森田 いや、東京国立博物館の収蔵品っていうのは全部そういったものですから、別に奪ってきたわけじゃないんで、そういったもので成り立っている博物館なので、それを一個拒否しちゃったら全国から来ると思うんですよ。 

Navi そうですよね。 

森田 例えば遮光器土偶みたいな、あの有名な土偶も所蔵してますんで、そんなこと言い出したら多分切りがなくなっちゃうんで、多分許可しないんじゃないですかね。 

Navi  ですよね。じゃあどっかの県の県知事が「返せ」って言っても返ってこないということですよね。 

森田 適正に処理されたものですからね。奪ってきちゃったとか、略奪しちゃったとか、そういうんだったら、返せって言えば当然向こうは言うこと聞いてるかもしれないですけどね。 

Navi なるほど。でも今はレプリカとして、こんな文化財センターに行けば見られるという、レプリカだって結構ちゃんとつくってますもんね。 

森田 型取りして作ってますんで、寸分違わず。 

Navi はい。 

森田  ガラスケース越しに見るとどっちが本物かわかんないです。 

Navi そうでしたか。じゃあ今でもそのものに近いものが見られるということでね。たっぷりお話聞いたので、じゃあここで曲に行きたいと思います。曲は何にしましょうか。 

森田 おどる埴輪の歌があるんですけど、熊谷市の職員さんが作っていただいたんで、ぜひそれをかけていただければ。 

Navi はにわとおどろう おどる埴輪の音楽隊でよろしいですか? 

森田  はい。 

Navi はい。 ではお届けします。 ありがとうございます。

【曲 はにわとおどろう おどる埴輪の音楽隊】

Navi 時刻は 12時24分を回りました。梅林堂提供 やわらか熊谷僕らがつなぐ物語 第104回「おどる埴輪」をお届けしています。 今日はゲストに江南文化財センターの森田安彦さんに来ていただいています。 さて、先ほどの曲 埴輪と踊ろうっていう楽しい曲があったんですけど、これ誰が作ったんですか? 

森田  2年ぐらい前だと思うんですけど、熊谷市の職員でバンド活動をしている人がおりまして、その人が作りました。 

Navi そうだったんですか。なんかとってもいい曲ですね。 

森田 いいですよね。 

Navi はい。 なんかこれでね、確実に馬を引いてるじゃなくて、もう踊ってるってことで。それでなんか最近ちょっと SNS じゃないですけど、ネット上で知ったんですけど、踊る埴輪の振り付けができたっていう。 

森田  踊る埴輪の歌の振り付けを江南保育所、保育所の先生が考えてくださって。 

Navi なんと。 

森田 それが YOUTUBE で視聴可能です。 

Navi あ、本当ですか。これはなんか最近のことですよね。 

森田 この間気がついたんで、私も。 

Navi この間なんですね。気がついて、じゃあ森田さん見に行ってきたんですか? 

森田 まだちょっと実際には見てないんですけど。 

Navi YOUTUBE とか見てどうですか?見た感じ。 

森田 非常に踊りやすいですよね。あのちっちゃい子が踊るには適してますよね。喜ぶんじゃないですかね。 

Navi なるほど。 これは「おどるはにわとおどろう♪」 なんか今聞いてるとなんか耳に残る歌で、どんな踊りなのかなって思っちゃいますよね。 絶対左手上げますよね、こういう感じですよね。多分右と左が。 これはまさに歴史のロマンじゃないですけど、どんな踊りをしてたのかって、先生もよくやろうとしましたね。 

森田  一生懸命やっていただいているようです。はい。 

Navi これはあれですか、やりますよっていう告知かなんかあったんですか? 

森田  いや、特になくってびっくりしてるんですけど。 

Navi でもどうですか、こういうことが起きるっていうことは。 

森田  いいですよね。いろんな反応があって、やっぱり一人でこう言ってても広がらないですからね。いろんな人が反応していただけると、非常に盛り上がっていいんじゃないですか。 

Navi はい、一人で言っててっておっしゃらずに。今日も持ってきていただいたんですけど、ブルーの表紙で土と水と風っていう雑誌というか冊子があるんですけども。 

森田 フリーペーパーみたいな。 

Navi そうですか。そこに森田さんの記事が出ていて、これどこで手に入れられるんですか? 

森田  去年作ったんで、ほとんど残ってないかもしれないんですけど。 

Navi もったいないです。 

森田  これ図書館とかに置いてあるんで。 

Navi  それにその踊る埴輪についてのことが全部詳しく教科書のように出ていて、これは教材ですね。 

森田 はい。 

Navi これ学校の教材で、どこかに置いといていただけないとっていうことでね、ここの記事にもね、踊る埴輪は踊っているかって言って、森田さんの記事が出ていてね、こんなに日本中で有名なこの踊る埴輪は熊谷出身ということを改めて熊谷の人たち、それから熊谷の子どもたちにね、私はもう知らせたいと思いますし、踊りも出たということで、これはですね、踊る埴輪が、またこれから今までもね、ずっと大切にされてきたことだし、いろんなところで実は話題にはなってたんですけれども、改めてそうですね、学校の先生方にも知っていただいたり、まあそうですね、江南地区の人、それから熊谷全体の人に知っていただきたいなってすごく思うんですけれども。 森田さんは今までになんかでも講演会とかをされてたりするんですか? 

森田 公民館の講座とか、そんなんでは何回かお話はさせていただいてるんですけど。 

Navi じゃあやっぱり、このことを知るとみんなびっくりされるんじゃないですか。 

森田 私はもう踊る埴輪は熊谷出土だっていう、最初から頭だったんですけど、意外と知らないんですよ。 

Navi いや、意外とじゃなくて知らないですよ。 だから、出土したよって それはなんかみんななんとなく知ってるんですよ。でも、本当に日本中で有名なんですよとか、東博のキャラクターになってるんですよとか、これを私が最近知りました。 東京国立博物館のホームページに行ったんですよ。 そしたらなんとちゃっかり東京国立博物館のイメージキャラクターです。 

森田 そうなんですよね。あのカタカナかなんかで「トーハクくん。」本名が漢字で東博、東の博物館の博と書くんですかね。東博のトーハク、あずまひろし。 

Navi 東博(あずまひろし)。 

森田  東博(あずまひろし)が本名で「トーハクくん」っていうニックネームみたいです。 

Navi それは本名は野原太郎とかそういうんじゃないですか? 熊谷野原熊谷太郎じゃないけど、それが本名だと思うんですけど、ちゃっかり東博になってるんですね。 だけど東博くんってついてるのは、なんと熊谷出身の踊る埴輪をちゃっかり。 

森田  そうなんですよね。あの何万点って所蔵してる中で。この踊る埴輪が選ばれてるんですよね。 

Navi びっくりですよ。 もう一つは、なんか女の子みたいなキャラみたいなのがありましたけど、そっちはちょっとあまり印象に残らないんですけど、東博くんだけがですね、非常に印象に残って。そしてかわいいグッズが東博でも売られてますよね。 

森田 そうですね、いっぱいありますよね。 

Navi 東博って国立東京博物館って、みんな知ってるところでの、その一番のメインキャラクターが熊谷出身。改めて書いてほしいですね、書いてありましたけど東博にも。 

森田 ちっちゃく書いてあります。 

Navi ちっちゃく書いてあります。 ちっちゃく書くなよと。もっと暑い埼玉県熊谷市の出身ですと、もっとちゃんと書いていただきたいなって。 余計なことを言っちゃうとね、東博の関係者の方が聞いてたら、もうちょっと大きく書いてくださいね。 それから東博くんは熊谷出身ですとかねって言ってくれて。改めて、自分も調べれば調べるほど、なんて素晴らしいんだって思って。 でもそれを森田さんはずっと今までも、いろんな方に伝えてきてるということで、これはすごいことだなと思ったんですけど、グッズになってたのもうご存知だったんですか? 

森田  知ってます。個人的にもコレクターなんで。 

Navi コレクションしてるんですか? 

森田  ただ最近ものすごく数が増えて、ちょっととてもじゃないけど全部集めきれてないんですよ。ものすごい量が最近出てるんで。まあ、埴輪ブームといっちゃブームなんですけど、ものすごいですよね。 

Navi ものすごいっていうのは、大体何年ぐらい前から増えた感じがしますか? 

森田 えーと、東博で、東京国立博物館で埴輪の修復をしてお披露目したのが去年かな。 それで東博でお披露目展をやって、結構爆発的に増えてますよね。 

Navi だって埴輪は、結構今話題で、あちこちで埴輪展を全国を回ったりとかしてるのを私も知ってて。じゃあ修復してお披露目展をしてからまた爆発したということですね。かわいいっていう。 

森田  そうですね。 

Navi 今の言葉はなんか何でも「かわいい」で済ますじゃないですか。でもこれは本当にかわいいじゃないですか。 

森田  あの表情が素朴なんで、デフォルメすると非常に可愛くなるんですよね。 

Navi 爆発的に増えたと。例えば、もしグッズを作る時に、森田さんこれ作っていいですか?とか聞きにくるんですか? 

森田 別に私はそんな許可出す立場じゃない.多分あの元の資料は東京の国立博物館が持ってるんですけど、たぶん いろんなグッズを作るのにいちいちおうかがいは立ててないと思うんですよ。 

Navi そうなんですか。 

森田  自由に使ってるんだと思うんですよ。 

Navi はー。 

森田 写真、精巧な写真を使うには許可がいるんですけど、それを元に自分でイラスト化して商品化するのに対して許可は多分取ってないと思います。 

Navi 大丈夫なんですね。 

森田  大丈夫だと思います。 

Navi 東博も「何だ」って言わないんですね。著作権とかも言わないですよね。 

森田 著作権ないと思います。 

Navi ないですよね。 そうですよね。だって野原太郎じゃないですけど、野原の最初に作った方が、著作権はあるわけですもんね。 それが今や広がって、私も本当にあの、この番組の時に調べ始めたら、ちょっと見ただけでもパラパラ出てきて。 今見たらキャンドゥっていう 100円ショップ、私もこの辺にあんまりキャンドゥないんで、池袋とか行った時にキャンドゥがあって、そしたらそこですごい量ですね、こんなにあるのかって。 熊谷のカールバンっていうとこがあったんですけど、そこで前売ってて、今、あの観光案内所で売ってますけども、その時に「あ、かわいい、あ、いいな」って思ってたんですけど、それ以上に市場が広がってませんか? 

森田  そうですね、あの駅の観光案内所でも昨年ぐらいから、えー、独自のなんかキャラクター化していろんな商品売ってますよね。 

Navi あと今日観光案内所に行ったら、奥様にも教えてもらった益子焼の、なんか埴輪のキャラクターがあって、これがまた可愛くて、ウェルカムって書いてあるやつで。これはね、これから広がる感じはしてますよね。 

森田 そうですよね。 

Navi 私はやはり改めてこのキャラクターは熊谷出身ですということですよね。 

森田  そうですね。あの力不足で宣伝がなかなか。 

Navi いやいや、そんなこと言わないでください。先ほどからお話伺ってるけど、森田さんってこんなになんて謙虚な方なんだろう。本当は、こんな勝手に使うなよってね、言いたくなりますけれどもね。 

森田 最近熊谷市役所の3階の窓にロールカーテンがあるんですけど、それに踊る埴輪のイラストが。 

Navi くっついたんですか。 

森田  くっついています。 あの熊谷市役所、外から行くとたまによくカーテン閉まってるんで、よく見ると埴輪が。 

Navi それは垂れ幕じゃなくて。 

森田 ロールカーテン。 

Navi なんと。 

森田 会議室か何かだと思うんですけど。 

Navi そこにこれが可愛くついてる。 

森田 可愛くイラスト化された。 

Navi 外から見える。 

森田  よく見ると見えるはずです。 

Navi うわぁさすが。それは森田さんに許可を得てきたんですか? 

森田 私は全然。 

Navi 見つけたんですか? 

森田 市役所の方が作っていただいたようで。 

Navi でも作ったよって報告あったんですか? 

森田 報告は特に私には。 

Navi そうでしたか。じゃあちょっとそれも「おどる埴輪を探せ!」みたいな。 

森田 市役所の前を通る時はぜひ見ていただけると。 3階ですから。 

Navi 3階、じゃあ3階のロールカーテンにも踊る埴輪のデザインが。 いや、本当にあの、今日また改めて観光案内所に行って見たら、グッズも売っていて、熊谷の人にはですね、もっと誇りに思っていいですか、だからこれから何かある時には、「踊る埴輪は熊谷」って言って熊谷も売り出してると思うんですけど、これを持っているっていうのは強いですね。 さあ、この辺でまた曲に行きたいと思うんですけど、今度はどんな曲を。 

森田  えっと、踊るつながりで、Vaundyの踊り子という歌があるのでそれで。 

Navi ではお願いいたします。

【曲 Vaundy 踊り子】

Navi 時刻は 12時40分を回りました。 梅林堂提供やわらか熊谷、僕らがつなぐ物語 第104回おどる埴輪をお届けしています。 さて、ここでお便りをいただいています。 ラジオネーム石井姉妹の姉さんからいただきました。

「 関根先生、森田さん、こんにちは。 親子でお世話になっていたバレエスタジオは江南にあり、近年の発表会会場はピピアでした。 先生は熊谷の方でなく、長年都内から通いで教えに来てくださっていた方でした。  発表会の休憩時に、クラシックバレエとはちょっと世界観の合わない埴輪の緞帳を下ろすのが気が進まないとぼやいていらしたので、先生、彼らもダンサーらしいですよと申し上げたところ、顔色がパーッと明るくなり、以来ダンサー仲間として踊る埴輪のファンになってくださったようでした。 報告まで。 笑」

どうですか。 

森田 確かにピピアのホールの緞帳は踊る埴輪の緞帳なんですよ。踊る埴輪と前方後円墳が刺繍されているんですよ。それがなかなか個人的には好きなんですけどね。 

Navi そりゃそうですよね。ピピアの緞帳見たことあるけど、気になってなかったです。言われて今度からちゃんと見ます。 

森田  ぜひ見てください。 

Navi このクラシックバレエの先生はね、なんか埴輪の緞帳がって言っても。 ダンサーというと、もう一気にスイッチが入るんですね。 

森田 いい人ですね。 

Navi はい、埴輪じゃないんですよね。「おどる埴輪」ここがポイントですね。踊るっていうことは人間の表現の方法であって、やっぱり何かを呼び覚ますというか、歌もそうだし、そういうね、なんか文学とかもそうかもしれない。でもおどる埴輪、何かをもしかしたら伝えていたのかもしれない。 これを作ったっていう意図だって誰も知らないわけじゃないですか。 なんでこのポーズのやつを作ろうとしたのか。 本当に踊ってたんだとすれば、どんな踊りだったのか。 歴史のロマンということになりますけれども。石井姉妹のお姉さん、本当にありがとうございました。 熊谷ファンなんですよ。 やっぱりみんな。 だから熊谷愛に溢れた人は、外から来た人には今みたいによく伝えて。 そうするとコロッと変わって、みんなファンに取り込むという、この番組も熊谷愛の番組なので、こういう方がたくさんいらっしゃいます。 ぜひ今日の回を聞いてね、新たに見識を持って、熊谷に来た人や熊谷以外の人にね、ぜひ伝えていただけたらと思います。 さて、森田さんが書いてらっしゃるんですけど、埴輪スポットっていうのがあるんですけど、埴輪スポットっていうのはどんなところがありますか? 紹介していただけますか? 

森田 熊谷の中で踊る埴輪の行って見られるようなところをちょっと紹介してるんですけど、一番古いのが多分立正大学の中のキャンパスにある食堂 2階食堂の 2階の壁面に、市内の陶芸家さんが作った陶板がはまってまして、そこに踊る埴輪と、あと中条から出た炭鉱婦人埴輪とか、いろんな埴輪が壁面に飾られています。 これは行くとなかなかすごいと思います。 

Navi あとはどうでしょう。 

森田  あとは、押切橋の南側の押切橋南公園っていう小さな公園があるんですけど、そこにあの押切橋の開通して記念して作った踊る埴輪の像が平成7年ぐらいだったかなに建てられてます。 

Navi  結構埴輪っぽい像が建てられてますね。 

森田 近年なんですけど、野原の古墳の脇に野原の八幡神社っていうのがあるんです。その境内に踊る埴輪の出土地ということで、踊る埴輪の大きな石像が。 

Navi 大きめですね、だいぶ。 

森田 これ石で作ってるんで、なかなか。 

Navi これはインスタで撮ってもらいたいですね。あとはどうでしょう。 

森田 あとはですね、先ほど言ったあの江南のピピア文化会館の緞帳、それから駅前を行って17号にぶつかると思うんですけど、そこの歩道橋の上に熊谷女子高校の生徒が、えーと令和の初めぐらいに描いた、あの埴輪の絵が歩道橋の上にかかってくる。 

Navi 絵がある。 

森田 熊谷の名所かなんかを四か所、五か所、五か所ぐらい書いてるうちの一つが、踊る埴輪がいっぱいいる絵を描いていただいていると。 

Navi そうですか。 じゃあやっぱり熊谷の中に8個スポットがあるんですけど、ぜひこの「おどる埴輪スポット」を探せっていうね、こういう夏休みの宿題でできますよね。ちょっと音声でわかんなかったかもしれないけど、あちこちにあるということなので、探していただいて、ピピアの緞帳を探すのは中に入んなくちゃダメですね。 いやー気がつかなかったです。これは本当に回ってみたくなるというか、そんな感じですね。 ありがとうございます。 今度は先ほどちょっとちらっと出た埴輪コレクション、どんなものがあるんですか? 

森田 まあ、小さいものから大きいものまで、いろんなカードゲームのカードから。 

Navi カードゲーム。 

森田 あとは遊戯王とかのカードとかあるんですよ。 

Navi 遊戯王。 

森田 あとはその、いわゆるカプセルトイ、ガチャガチャって、あれにいっぱい入ってますね。絵葉書とか、あとボードゲームですよね。それから絵画、いろんなものですね。 

Navi ちょっとその絵画がまた気になるんですけどね。これはあれですかね、踊る埴輪を描いた絵があるってことですね。 

森田 そうですね、意外と画家さんがパッと見て気になるんでしょうね。いろんな画家さんが踊る埴輪の絵を描いてます。 

Navi ちょっとあんまり聞かなかったですね、埴輪の絵を描く。しかもその想像した埴輪じゃなくて、このまさに踊る埴輪を描いてますよね。いくつもあるんですね。

森田  きっと私も全部見てるわけではないんですけど、気がついただけでも八点、九点。 

Navi これは実物をお持ちということですか?この絵、絵画の数々も森田さんがコレクションしていると。これはどっかに飾ってないんですか? 

森田  ほとんどは今、江南文化財センターに寄付して飾ってます。 

Navi 寄付しちゃったんですか? ああ、せっかく集めたのに。でも江南文化財センターに行けば、像があったりとか、あとはこの絵画も見られる。 この絵画も本当にインスピレーションじゃないですけど、描き方が様々ですね。 写実的に描いたものあれば、もう全然違う描き方。 これはきっと何かを想像してっていうかですね。 

森田 油絵とか墨で描いたのが。

Navi  はいはい。 版画みたいになんか赤と黒とこの模様が描いてあるこのやつはすごく何かを表現してる気がしますね。 

森田 なんかこう揺れてるような感じの。 

Navi  手がないのに手がついてますね。 そんなやつもあって、まあ本当に写実的な、いかにも埴輪だなっていうのもあれば、これ元々踊る埴輪じゃないんじゃないかっていうぐらいの、このなんかこの青いやつなんかはすごい、これも見られるってことですね。踊る埴輪展を江南文化センターは常設展示ということでよろしいですか。 

森田 そうですね。 

Navi そして森田さんに会うこともできるのか。 

森田 週四日なんですけど、行ってます。 

Navi ああ、そうですか。 

森田 一回退職してますんで。 

Navi そうだ。ずっと市の職員をやられて。何年前から。 

森田 四年前に定年退職しまして。六十五までは年金が出ないんで、ちょっと厄介になってます。 

Navi 週四日そんなこと言わないで、江南文化財センターに行けば、いろいろ興味のある方はですね、お話を伺えたりとかもするということで、まずはまあ見に行って見てっていうことですね。 現地に行くっていうのは大事ですね。 

森田 レプリカもありますんで。 

Navi はいはい。そこの写真撮っていいんですか? 

森田 ご自由に撮って。 

Navi この間、あの国宝も写真撮っていいのにびっくりして。大丈夫なんだと思って。じゃあぜひぜひね、これも夏休みの宿題にもなると思うんですけど。 さて、あっという間に時間が来ちゃいそうなので、これからやってみたいこととか、何か森田さんありますか? 

森田 あの、いろんなワークショップっていうか、いろんなものを通じて、子供たちっていうか、お子さんたちに踊る埴輪に親しんでいただければなというふうには思ってます。 

Navi 近々にワークショップがあるっていう告知はまだないですか? 

森田 うーんと、ないですね。あと、まあ今いろんな AI が発達してますんで、踊る埴輪のいろんなポーズしてる塗り絵を無料で置いてますんで。 

Navi そうですか。 

森田 置いてありますんで、来ていただいて塗っていただいても結構です。 

Navi なるほど。 本当ですね。 私もこれを見てやってみたいのは、やっぱり小学校ですかね。 熊谷の小学校に行って、歴史の勉強もそうなんですけど、その前にさっきの踊る埴輪、埴輪と踊ろうのね、踊りもあったり、それからこんだけの教材があって、そしてこれ熊谷が生んだ。熊谷が出土した出身の埴輪っていうことを改めて子供たちに伝えていくっていうことを私もちょっとやらせていただけたらなって思うんですよね。 その時は森田さんも一緒にぜひ学校を回っていただいてよろしいですか? 

森田 よろしくお願いします。 

Navi だから、学校のいろんなところに、またもっともっと熊谷市内にこの踊る埴輪が、市役所のロールカーテンだけじゃなくて、あちこちにこう出てきたらいいなって思ってますけどもね。 ということで、今日はですね、本当に日本で一番有名な埴輪、踊る埴輪の研究家、愛好家であります森田安彦さんに来ていただきました。 今日は本当にありがとうございました。 

森田  ありがとうございました。 

Navi また来てくださいね。ありがとうございました。