
1月5日(月)12:00~ FMクマガヤ 梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 新年はじまって 初めての回は?
第69回「人々をむすぶ むすぶん堂」です。
ゲストは「フベンな本屋 むすぶん堂」の店主 福島 聡さんです。おなまえの通り本屋さんなのに 自らをフベンな本屋と言っている。妻沼では知らない人はいない むすぶん堂 ですが、どんな本を売っているか、どんな本屋さんなのか そして何をやっているのかを伺います。なぜ「むすぶん堂」なのか?どうぞお楽しみに!
以下AInottaによる文字起こしを修正しました。
Navi 時刻は12時を回りました。AZ熊谷6階、FMクマガヤ YZコンサルティングスタジオからお送りします。月曜のお昼は、梅林堂提供 やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第69回今日のタイトルは「人々をむすぶ むすぶん堂」というタイトルで、今日は、フベンな本屋 むすぶん堂の店主の福島聡さんに来ていただきました。こんにちは。
福島 フベンな本屋 むすぶん堂の福島と申します。よろしくお願いします。
Navi 「フベンな本屋」っていう、ここがどうも、やっぱり気になるところですよね。
福島 聞きますか?その話。
Navi 聞きます。
福島 本屋を始めた理由から話し始めると長いので、その部分だけにします。今、みなさんネットで本を買われることが多いと思うんですけれど、そういう中で本屋さんがどんどん減っている。そういう状況でも、本屋に行って本を買うのが好きな人は、当然、まだいらっしゃると思うし、うちに来る方にも「本屋さんに行くのが趣味」という方がいます。でも、本屋にわざわざ行って本を買ったり、あるいは本屋さんで本を発注するのと比較すると、大手通販サイトなら出かけずに翌日すぐ自宅に届く。比べるとやはり不便なんですけれども、ただ、そういう中でも選択肢を残しておいて、不便か便利かで便利なものだけしか残らない世の中ってちょっとつまらないなあ、というのもあって、フベンな本屋というタイトルにしたのと、…あと、うちの最寄り駅は熊谷駅なんですよ。最寄り駅からバスで40分って、そんな最寄り駅ってないじゃないですか。ほかにも「現金しか使えません」とかもね、いろんなことを含めて、先に「不便」って言っておけば、お客さんから「不便だね」ってあらためて言われることもないだろうなって。それで「フベンな本屋」に。
Navi なるほど、自虐的な感じですかね。
福島 うーん、自虐って言われると…どうなんでしょう。自虐って楽しいと思うところも自分の中にはあるんですけれども。…まあ自虐でいいです(笑い)。
Navi 私的に言うと、すごく自虐な意味で、おやじギャグになったんですけど、「自虐なギャグ」だと思ってるんですよ。
福島 「自虐なギャグ」は、親父ギャグですね。
Navi けれども、むすぶん堂を紹介するときに、福島さんから「〝フベンな本屋〟を付けてほしい」と言われたときに、やっぱりすごい大事なワードなんだと…。
福島 「フベンな本屋」は屋号でもちゃんと登録してあるんですよ。なので一応それが正式名称で、うちでハンコを押すときも、ちゃんと「フベンな本屋」になってます。
Navi でも他の人は、「むすぶん堂さん」と言いますよね。
福島 それは…今年で5周年なんですよ。
Navi そうでしたか。
福島 それだけやってきたら、もう「むすぶん堂」って言われることの方が多くなっていて、もうそれでいいやって最近は思うようになりました。
Navi 私も。今回、タイトルをどうしようかなと思ったときに、むすぶん堂っていう言葉を出すと、本屋さん的なことよりも、「むすぶ」っていうことがあるじゃないですか。でも、「フベンな本屋」をくっつけて、むすぶん堂さんが一ひねりしているような気がして。一ひねりしてるんですか?
福島 はい。一ひねりしていて。
Navi 私は、頭にその自虐的なギャグの付いた、この店主は一体どんな方なんだろうって、そこに行き着いたんです。
福島 実は私も、前から関根さんという方の存在は知っていて。関根さんもうちのことは知っていらっしゃったんですよね? 結構ニアミスはしてますけど、ちゃんと面と向かって話すのは、これが初めてなんですよね。
Navi そうです。
福島 で、これが一応、新年の最初の放送?
Navi そうなんです。
福島 関根さんと直でお会いしたのも、打ち合わせか何かでお会いしたぐらいで。ちゃんと話すのは初めてですよ。まずは「初めまして」ですよね。
Navi はい、よろしくお願いします。「初めまして」です。
福島 向き合ってみて、どこから話していったらいいのかな、というところなんですけれど。
Navi じゃあ、ちょっと次元が変わるんですけど、今までの経歴、ご出身はどちら小学校ですか。
福島 生まれも育ちも、実は東松山なんですよ。松山第一小学校、松山中学、その後、県立松山高校。この3つの学校って、ほぼ同じエリアにあるんです。なので18年間、通学路が一緒でした。
Navi なるほど、松山の王道を来たんですね。
福島 王道なのかよく分からないですけど、川越高校や熊谷高校の卒業生って、県外に出てちゃう方が多いんですよ。でも松高のOBってね、なぜか県内に残る人が多い。県庁なんかも松高卒の方がいましたね。
Navi なるほど。私は、中学生時代の飯田塾の塾長の先生から「関根君、松高はいいよ」というご紹介を受けたことがあって。
福島 関根さんとさっき話してて判明したんですけど、実は同い年なんですよね。
Navi そうですね。
福島 とうことは、関根さんがもし松高に来ていたら、同級生だったかもです。
Navi そうしたら何が起きてたか。…分かんないですけど。
福島 でも、複雑に互いの人生があって、今こうして話しているのも本当に不思議な縁です。
Navi 出会ったきっかけの話はまたちょっと後にして、その前に福島聡さんの…。
福島 そういえば、私と同姓同名の同級生がいたそうで。
Navi そうそう。福島さとしくん。
福島 それで私に少しアプローチを取っていたと。
Navi いえいえ、そこまでは言ってないんですけれども、同級生もいたんですけどね。今日は、福島さとるさん、高校は松高で、そして中央大学を出て、そしてなんと埼玉新聞の記者だったという。ジャーナリストですね。
福島 ジャーナリスト…職業のジャンルでは、そうかもしれないですけど。埼玉新聞に入社しまして、10数年いましたね。記者やったりとか内勤の編集をやったりとか、IT関係の部門をやったりとか。最終的には総務やったりとしましたけど、主に記者の期間が長かったので、いろいろ取材に、熊谷近辺も来たりとかしてましたね。
Navi 埼玉新聞の記者が現在は「フベンな本屋」さんをやっている。それが本当にすごいなって。
福島 いや、将来的に本屋をやろうとかずっと考えていたわけじゃなくて、逆にですね、新聞社にいたからじゃないですけど、ものを書いたり編集とか関わってきたので、その関係で本屋さんの知り合いがいたりして、「本屋は大変なんだ」っていう自分の中での理解があったんですよ。だから、「自分は本を売るっていう商売は多分やらないんじゃないかな」っていうのがあって。最初から本屋さんをやりたかったら、もっと早い時期にやっていたでしょう。ずいぶんと紆余曲折やいろんな偶然があって今に至る、という感じですね。
Navi 同い年ということなので、大学生の時の本屋さんといえば、大きな本屋さんができて、そして本がたくさんあるところに人が集まって。本屋さんってすごいなぁと思ってて。
福島 大きな書店が増え始めた時代ですね。
Navi そして本屋の隆盛というか、今とまた違う時代でした。その時だったら、本屋さんやりたいって思いますよね。
福島 そうですね。本屋の店員さんは格好いいな、とは思ってましたけど、自分には向いてないなって。本屋さんって、いろんなジャンルの本について知っていて、今だったら棚づくりみたいな言い方しますけれど、僕は子ども時代、けっこう本が好きで読んでたんですけど、やっぱり偏っちゃうんじゃないですか。だから、全般的にいろんなジャンルの本や雑誌を扱うというのは、自分の知識ではできないんじゃないか、という気持ちがありました。
Navi 偏っちゃうって、どんな本を読んでいたんですか?
福島 そうですね。今で言ったら、アニメ・ファンってたくさんいますけど、当時では、同じように、やっぱりSFとかファンタジーってファン層があって。ずいぶんSFとか読んでいた記憶があります。僕は子ども時代、小児ぜんそくだったんです。両親が共稼ぎで、家でひとりで寝てたりとか、おじいちゃん、おばあちゃんは妻沼だったので、そこに預けられたりしていました。両親とも教員で、母親が図書館の担当とかしてたので、課題図書とか本をよく借りてきてくれました。何年生向けとかは関係なく、例えば1年生の向けものから、もう中学生、高校生ぐらいの本まで持って来てくれるんですけど、読む側としては、それが何年生向けとかあまり気にしなくて。その時の年齢とか関係なく読んでましたね。偉人伝とか、課題図書になる本ですから、真面目な本が多かったんですよ。絵本もあるし、科学の本もある。ジャンルはバラバラでしたね。
Navi お父さん、お母さんは学校の先生で、そして、たくさん本を読んでいて、やっぱりアカデミックな感じですね。
福島 アカデミックではないですけど、その時に本に助けられたんだな、という思いはありますね。そんな子ども時代だったので、表に出て近所の子たちと仲良くなって遊ぶとか、野球するとかはほぼなかったんですよ。そういう僕を見て、「寂しいんじゃないか」って周りの大人たちが心配しているのが耳に入ってくるんですけど、そういう気持ちは全くなくて。本を読んでいると、物語の中に自分が入っていって、そこで出会った人たちと友達になったとか、あるいは本を読み終わった後でも、その中で出てきた登場人物たちが、あたかも自分の周りにいてくれるような、そういう雰囲気がありました。だから、寂しいっていう気持ちは、本当にね、不思議なことになかったんです。
Navi 素晴らしいですね。私はあんまりラジオで言いたくないんですけど、本が苦手で、特に文字だけの本というのは苦手で 本は読まずに虫を取ったりして。私もちょっとオタクな感じがあって、小学生時代は、もちろん野球はちょっとやりましたよ。でも、近くに遊ぶような子どもの集団はなくて、虫取りとか、そういうのをやりました。本は図鑑を見てました。
福島 僕も図鑑が大好きでした。当時の座右の書は、ポケット版の昆虫図鑑。
Navi 自分は、図鑑とかはよく見ていて、中身は頭に入ってたんですけど。でも親からは「文章が書いてある本を読んだ方がいい」って言われたんだけど、本当に文字を追うのができなくて。どっちかっていうと、映像とか、実際の物が好きで、それが自分の生活を豊かにして、本は読まなかったんですよ。もっと文字の本で物語とか知っていればよかったな、と。うちの妻もすごく本が好きで、本に夢中になれる。活字に夢中になったり、本に魅力を感じたり、そうなりたかった。今でも「たくさん本を読んだ方がいいよ」って言われます。
福島 「本を読んだ方がいいよ」って、関根さん、その後に学校の先生になって、子どもたちに読書を勧める立場になったんでしょう。
Navi そうなんですよ。でも、本屋さんに行って本を見るのは好きでした。ただ、本を買って文字だけの本を読んでイメージすることができなくて。本の中にはいろんな人の世界があって、人の数以上にいろんなものがあるじゃないですか。だから、本を読んでいる方っていうのは世界が広くて、私は尊敬します。
福島 読んでいる人からすれば、それが本当に自分のためになるとか、そういう気持ちで読んでいる人というのは、とりわけ子ども時代は、ないと思うんですよ。今でこそノウハウ本とか読む人も多いですけど、僕の場合って、それしか自分が外側とつながる手段が無かったというか、自分が世界を広げる手段が本だった。そこから新しい知識を得るのも楽しい、みたいなね。それと本以外だと、今だったらEテレですけど、当時の教育テレビで、何か作る番組とかね。ノッポさんの言う通りに、自分でその辺にあるもので作ったりとかしてました。
Navi いやいや、同じですね。
福島 完璧にインドアな子どもでした。
Navi スピリットがすごくいいですね。文字に関わっていなかった自分は、やっぱり本を読んでいる方の、そういう深さがなくて。
福島 いやいや。本当にそれで人間が深くなるんだったら、最終的にもうからない本屋なんかやったりしていないと思います。
Navi やっぱり本屋さんになる運命だった、と言っちゃっていいですよ。
福島 お客さんに「さぞ本がお好きなんでしょう」と言われることがあるんですけど、本が好きだから、というよりは、本屋っていう場所がね。ぜんそくが治って小学校に復帰した後も、やっぱり本は好きでした。それで、行動パターンが学校、本屋、家の三角形。これしかないんですよね。休みの日になると、もう家と本屋って。本屋さんという場所は、僕にとっては社会勉強の場でした。僕は学校の図書館にはあまり行かなかったんです。学校の図書館って、当たり前ですけど生徒が読むような本があるわけですよね。余計なものはありません。それが本屋さんに行けば、すべての年代向けの出版物がありますよね。幼児向けのものから、当然、大人向けの、あるいは高齢者の方向けの本まで。子どもがあんまり見ちゃいけないようなものも含めて、全部あったわけじゃないですか。ざーっと見ていくうちに、世の中ってこんなに本があるんだなって、こんなジャンルの本もあるんだと思ったときに、例えば、昆虫の本だったら、ファーブル昆虫記じゃなくて、大人が読むような絶滅危惧種関係の本を立ち読みしてみるとか、そんなこともできます。買えるわけじゃないので、全部立ち読みです。町の本屋さんを何軒か回るのが日課みたいになってました。今でも感謝したいのは、どんなに長く立ち読みをしていても、店主さんに注意されたことは一回もありませんでした。また来てるなって思われるのは当然あったと思うんですけれど、それで、「立ち読みばっかりじゃダメだよ」とか、はたきを掛けられるとか、そういうことは一回もありませんでした。
Navi なるほど。最近見たアマプラ映画で、本屋の店主さんが主役の映画があって、絵になっているんですよ。古本屋さんの奥のところに座って、物語を展開している。まさにむすぶん堂の福島さんです。「かっこいいな」って思いました。本に囲まれた空間、ずっとそこにいて、いろんな方が本屋に来るじゃないですか。人生ドラマもあるじゃないですか。
福島 古本屋の店主のイメージって、僕も勝手に持っていたことがあります。こわそうな眼鏡をかけたおじさんが、カウンターの奥の方で本を読んでるとこに、そっと入っていってね。立ち読みしてたりすると、にらまれてるような、そんな雰囲気があって。
Navi いやいや、違いますよ。
福島 実際はそういう人じゃないんだけど、その時のテンションとかあるし。
Navi 映画では、人生を語るんですよ。いろんな知識で。
福島 そうですか。
Navi だから、本を読んで経験を積んできた大人がね、お店に来た人の相談を聞いたり。「フベンな本屋」とか自虐的だけれども、実は「悟りを開いた情報ステーション」だったり。
福島 なるほど!「悟りを開く情報ステーション」。それ、いい表現ですね。いやいや。そうなると、うちじゃなくて、それは向かいの聖天様ですよ。
Navi 変なこと言っちゃいました。でも、本屋さんになるべくしてなった、と、みんなそう思います。
福島 いや、なるべくしてなってない人がやってるから、こんな風になってるっていうのを、みなさんご理解いただけたらと思います。
Navi ということで、ここで曲に行きたいと思います。1つ目の曲はレミオロメンの、何ですか?
福島 「粉雪」ですね。そんなファンというわけじゃない、-いやそんなこと言っちゃいけない。テレビ番組で素人の方が歌ってるの聞いて、「これ歌えるんじゃないか」と思って、最近車で聴いて練習しながら来てます。サビ以外はちゃんと歌えます。
Navi 本当にいちいち面白いですね。ということで、じゃあ行きましょう。お願いします。
【曲 粉雪 レミオロメン】
Navi 時刻は12時24分を回りました。梅林堂提供、やわらか熊谷僕らがつなぐ物語第69回「人々をむすぶ・むすぶん堂」というタイトルで進めております。今日はフベンな本屋むすぶん堂の店主の福島さんに来ていただいてますよ。
福島 お邪魔してます。
Navi ということで、お便りが届いておりますので紹介します。ラジオネーム ブラコロさんからいただきました。
「福島さん、関根さん、こんにちは。昨年末、むすぶん堂さんの隣のお部屋で、焼き菓子の亀井さんや、陽なたさんと一緒にコーヒーをいただいた夫婦です。この時は妻沼の古い地図のことをお話させていただき、ありがとうございました。また、「さわた」や「よかろう」など、よく知るお店を百年近く前の地図でも見ることができ、聖天山と並んで、歴史の流れを感じることができました。これからも、女神乃沼とともに、フラッと立ち寄らせていただきます。」
Navi 女神乃沼さんっていうのは?
福島 女神乃沼さんというのは、うちのお隣にある、アンティークとタイの輸入雑貨屋さんです。妻沼出身の佐々木さんという女性の方が、妻沼でどうしてもお店がやりたいと開いて、週末になると戸田から通って来るんです。たぶん妻沼で一番の遠距離通勤だと思います。私も川越ですけど、一番遠いのは女神乃沼さん。
Navi ちょっと待ってください。福島さん、川越から来てるんですか?
福島 そうなんですよ。生まれも育ちも東松山なんですけど、紆余曲折があって今は川越に住んでおります。よく「川越でやれよ」って言われますけど、それは、その通りだなって思います。
Navi 川越だって素敵なところじゃないですかね。なんなんですかね。
福島 その、どうして妻沼なのかって話になると、また話が変わっちゃうんですけど…
Navi 女神乃沼というお店の隣りがむすぶん堂。
福島 そうです。
Navi お話をしたりとか、そういう楽しいお店。
福島 「楽しい」って言っていただけたら、それに越したことはないです。その日はちょうどイベントがあって、外部出店のお店さん、野菜の陽なたさんと、群馬の焼き菓子屋さんの果々菓さんがいるときに、ご夫婦がいらっしゃって、僕は初対面だったんですけれど、妻沼の歴史に興味があるというので、95年前の妻沼の地図のコピーを差し上げて、いろいろお話をさせていただきました。その地図には、現在ある妻沼のお店が意外と載っています。あと5年でちょうど100年。「百年企業」っていま話題になってますけど、妻沼には100年続いている店が結構あるんです。そういうことも、もう少しはアピールしてもいいんじゃないかな、と思いますね。びっくりしたのは、戸谷歯医者さんもその奥の内科の松本医院も地図にあるんですよ。戸谷歯科は昭和元年に創業したそうです。
Navi 妻沼小にいた時は、戸谷先生にも松本先生にもお世話になりました。
福島 なるほど。いや、こんなローカルな話してて大丈夫ですか?関根さんが妻沼小にいたという前提の話がないと、リスナー分かんないですよ。
Navi 妻沼小学校の校長をやってましたから。そういうことで、じゃあ、お便りがもう一つ。
福島 それ、僕は読まなくてもいいと思うんです(笑い)。
Navi やっぱり、来ちゃった以上、読まないといけないみたいなんで、読みますね。ラジオネーム まっちゃんからいただきました。村松っちゃんって方です。
「2026年はむすぶん堂さんからですね。むすぶん堂さん、関根先生の眉毛はいかがですか?」
ふざけてますね、はい。
福島 だからこれ、僕にどういうコメントを言ってほしいのかっていう。あの人ね、そういうのが多いんですよ。何を期待して送って来るのかよく分からないですよ。この番組にも2回ぐらい来たでしょ、あの人。
Navi そうですね。
福島 お邪魔しに、というか、本当に邪魔しに。
Navi いやいや、そんなことないです。楽しい人です。
福島 まっちゃんって、妻沼の面白人間ですね。本当に妻沼が大好きなんですよ。私がここにこうして出るきっかけも、まっちゃんだったんです。FMクマガヤ的には「まっちゃん」で通るんですか?
Navi まっちゃんっていうのは、説明しますと、妻沼卯月花郵便局の今の局長ですよ。「まっちゃん」って気安く呼んでるけど、郵便局長ですよ。
福島 もう20年ぐらい局長やってるみたいですね。
Navi びっくりですよね。
福島 20年もやっててね。近くにデイサービスセンターができたでしょう。あそこで、高齢者向けに無料で足湯を開放しているんです。そしたらまっちゃん、60歳になったからって、しょっちゅう足湯入りに行って。関根さんにもそこで会ったんでしょう?
Navi 私が妻沼小の校長をやってた時に、卯月花郵便局に挨拶に行って、その時に局長さんにも挨拶したはずなんです。なのにお互い、覚えてないんですよ。局長も「来てない」って言うんです。だけど、最近ふたたび会ったら、すごい濃い関係になって。
福島 多分ね、人が変わったんじゃないでしょうか。たぶん乗っ取られてますね、あの人。
Navi 確かに。
福島 それにしても、あそこまで妻沼が好きな人って、珍しいですよ。だって、月~金で働いて、土日もけっこう妻沼にいるんですよ。
Navi そうです。
福島 でね、たまに妻沼にいないなって思ってると、LINEで「妻沼でこういう話があったんだけど」みたいなのを送ってくるんですよ。
Navi 私にもですよ。
福島 送ってくるでしょう?「妻沼でイベントがあるんだけど」とか送って来るから、妻沼にいるのかなと思って、「今どこにいるの?」って尋ねると、「自宅です」って。あの人の自宅、妻沼じゃないですから。
Navi そうです。市内ですけど。
福島 「暇なんだったら来れば?」って送ったら、「私は明日が忙しいので、本日は自宅でゆっくり休養しております」って返ってくる。
Navi あります。写真とLINE。
福島 その日、年末だったんですけど、たまたまリース作りのワークショップやってたんですよ。作家さんを呼んで。「リース作りやってるから、おいでよ」って送ったら、「マジで?」って。そこで返事が来なくなっちゃった。「諦めたな」と思っていたら、2時間ぐらい経ってから、「ジャガイモいる?」って返ってきたんです。おかしくなっちゃって「いるよ」って送ったら、夕方になって本当にジャガイモ持って来てくれたんです。まだリース作りの先生がいたので、「リース、作っていきなよ」って勧めたら、素敵なのを作って、自分の職場の入り口に掛けて。さらに背景がガラス戸だと目立たないからって、わざわざガラスに赤い紙まで貼ってるんですよ。
Navi 今回の出演にも絡んでますよね。
福島 12月の星川夜市でFMクマガヤさんがサテライト放送を予定してて、関根さんがそこに出演されるというので、僕が関根さんに「行きますよ」ってメッセージ送ったことを、まっちゃんに話したんですよ。それで夜市を歩いてたら、まっちゃんから電話があったんです。「車を星川で降ろされちゃったんだけど、俺、どうしたらいいかな?」って言うんですよ。「どこにいるの?」って聞いたら、FMクマガヤのサテライト・スタジオの前にいるって。行ってみみたら本当にいた。「関根さんのサテライト放送を見に来た」って言うんです。「関根さん、どこにいるの?」って聞いたら、「それがさー、関根さん、出番が終わって帰っちゃったみたい」って。関根さんは何にも悪くないのに、「関根さん帰っちゃって、どうするんだよ」なんて話をしてたら、たまたまFMクマガヤのスタッフさんがそれを耳にして、「関根さんのお知り合いだったら、ぜひ出演していってください」って、それで飛び入りで出させていただいたんですよ。
Navi 出ていただいて。
福島 その翌々日あたりに、まっちゃんから「関根さんがあらためて番組に出てほしいって言ってて、1月5日といついつが候補日」って連絡があったんです。「早い方がいいから5日でいいんじゃない」って返事したら、まっちゃんが「5日は、私、仕事始めなので、むすぶん堂さんが1人で出ます、って関根さんに連絡しておきました」って。結局、私が今ここにこうしているのは、ほぼ、まっちゃんのおかげなんです。
Navi ほんと。そういうネットワーク作りは、まっちゃんがやったんです。これで、やっと話が聞けますね。ひとつは「なぜ妻沼なのか」という話です。
福島 まっちゃんの話が、やっとそっちに。
Navi 今日は、まっちゃんのストーリーじゃないですから。なぜ、妻沼に?川越から来てお店を開いているのでしょう?
福島 妻沼って、さっきもちょっとお話しましたけど、うちの両親が妻沼の出身なんです。妻沼といっても聖天様の門前町ではなく、もっと西の方、利根川沿いの男沼エリアです。うちの両親はどちらも同じ集落の出で、家同士が500メートル離れているかいないかぐらいなんですよ。父が、戦後すぐ、男沼小学校で代用教員をしていた時に、うちの母親も、そこで代用教員になって、そこで出会って、めでたく恋物語になったらしいんですけど、結婚してから東松山に出てきて、私はそこで生まれました。おじいちゃん、おばあちゃんの家が妻沼で、お話したように小児ぜんそくのこともあって、週末にはたいてい妻沼に来ていました。父が釣り好きだったので、よく裏の利根川にも行きました。東松山の家では本読んで寝てるだけですから、私の小学校の前半ぐらいまでの鮮明な記憶は、ほぼ妻沼なんですよ。当時の妻沼は繁栄を極めていた時代で、今のバス通りも商店がずらっと並んでいて。
Navi バス通りというのは県道のことですね。
福島 そうです。あの通り、今はところどころ空き地になったり、店はあっても閉めちゃったりしてますけど、かつては全部営業していて、自分もいろんなものを買ってもらったりしてましたね。
Navi それでですよ、新聞記者をやった後、いろんなお仕事をされて、「どうして妻沼で本屋さんを?」の疑問は残ります。妻沼の素晴らしいところは分かっても、ジャーナリストの方が妻沼で本屋さんを始めるまで、ですね。川越に住んでいるのに、どうして妻沼?
福島 実は中学校あたりから、妻沼には来なくなっちゃってたんですよ。しばらくして、父が定年を機に、畑と釣りが好きだったこともあって、妻沼の実家に戻って暮らすようになったんです。父はけっこう丈夫な人だったので、ほっといても平気だったんですけど、思いもよらない時に倒れたんです。コロナ禍の起こる何年か前のことです。
Navi やっと最近の話になってきましたね。
福島 けっきょく父は大丈夫だったんですが、それをきっかけに再び妻沼に来るようになりました。病院に連れて行ったりとか、様子を見に来たりとか。それで、「妻沼の町の方はどうなってるんだろう?」と、気にはなっていたんです。「寂れてもう何もないかな」とか。あるときちょっと寄ってみよう、と行ってみて、びっくりしたんです。もちろん子供時代よりは寂しくなっていましたが、新しいお店がね、何軒かポツポツと出来ていたんです。
Navi そうですね。
福島 立ち寄った一軒のお店で、出てきた店の女性の方がですね、どこかで見たことのある方だと思ったら、本当に知ってる人だったんです。かつて私が観光関係のことに関わっていた時にたまたま知り合った人だったんですね。それが、大福茶屋の高柳紀子さんで、「どこかでお会いしたことがありますよね」て言ったら、高柳さんも思い出してくれて、「どうしてここにいるんですか?」って。それから今の妻沼についていろいろ教えてもらったり、妻沼の人を紹介してもらったり。西田園の小林さんもそう。この間、番組に来たでしょう?元野球部のがっしりした体育会系の人。小林さんたちとも知り合って「どこかで本屋を始めようと思ってるんだけど」って話をしたら、「それなら妻沼でやりなよ」と。その時はすでにコロナ禍に入ってたんです。妻沼も閑散としていて。「やっぱりコロナのせいで人が少ないんですか?」って尋ねたら、「いつもこんなもんですよ。あんま変わらないよね?」って言うと、高柳さんも「そうね」とか言って。それで「この状況で本屋やって、どうやって食べていくんですか?」て言ったら、「あっ、そういうのは大丈夫。妻沼は何とかなるもんですよ」って、笑顔で言うんです。言われてみると、妻沼のお店って、たしかに平日なんかは、お客さんなんてちらほらなのに、みんな楽しそうに仕事してるんです。この風景、どこかで見たことあるな、と思ったら、若いころに行ったインドネシアのバリ島の村に似てる。
Navi すごいなそれ。
福島 バリの村は工芸品の店とかいっぱいあるんですけど、昼間行くと、閑散としてます。それでもみんな楽しそうに仕事してて、それがとてもいい印象として残っていて。それで、なるほど、それも面白そうだなと思って。それから、今の場所の大家さんを紹介してもらって。大家さんのところは、「お休み処」という大きな無料休憩施設だったんです。
Navi そうでした。
福島 建物は大家さんのご生家だったんですよ。聖天様が国宝に指定されたとき、近くに観光客が団体で休める場所がなかったので、地域の方たちが協力して無料の休憩所として運営を始めたといういきさつがあります。ちょうどコロナ禍で観光客が来なくなったタイミングだったので、スペースの半分を借りることができました。そして、今に至るというわけです。今の話で、なんとなく納得していただけたでしょうか。
Navi はい。そして、やっぱり妻沼には夢があるということで。
福島 たしかに、妻沼には夢があります。本屋を始める前に、金子古家具屋さんを訪ねたんです。知ってます?
Navi 知っています。私は、あそこでいろんなものを買ってます。夢がありますよね。
福島 金子さんは、本当に何でもちゃんと修理してくれる職人さんです。「本屋を始めようと思ってるんですけど、妻沼ってどうですか?」って聞いたら、金子さん、「妻沼には未来しかないと思います」って即答したんです。ふつう言えます?台本でもあるみたいに。「そこまで言う人がいるんじゃ、やっぱり妻沼かな」と、思って始めたわけです。
Navi もっと早く聞いておけばよかった。金子古道具屋はいい。お店に行ってもすごいなぁって思ってて。むすぶん堂さんも、ちゃんとした看板もできていて、そして中に店主がじっとあそこにいらっしゃって。
福島 あの看板ができたのも、本当に偶然なんですよ。この話をするとまた時間がかかっちゃうから止めておきますけど、全国の本屋さんの看板を作ってた看板職人さんが妻沼にいるんですよ。その人って店出してるわけじゃないから、たまたま偶然、知り合ったんです。その人がやってくれたんです。
Navi ご縁ですね。
福島 ご縁なんですよ。その70代の看板職人さんが、「まさかこの年になって、妻沼の本屋の看板を作るとは思わなかったよ」って、嬉しそうに言うんですよ。
Navi 私は妻沼小学校に行ってから、運が変わったんです。縁が広がって、縁結びっていうくらいで、すごく変わりました。だから、皆さんが感じているものを、私も妻沼小学校にいて感じたんですよ。わずか2年だったんですけど、そこからちょっと人生の縁が広がってきた。ということで、じゃあ、ここで曲に行きたいと思います。では、シンディローパーの…
福島 Girls Just Want To Have Fun
Navi お届けいたします。
【曲 シンディローパー Girls Just Want To Have Fun】
Navi 時刻は、12時46分を回りました。梅林堂提供、やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~第69回「人々をむすぶ・むすぶん堂」をお届けしています。さて、ここでまたお便りが届いておりますので、ご紹介します。ラジオネーム 陽なたさんからいただきました。
「リースづくり作家のひなたです。正月用のリースをさきほど局長さんにプレゼントしました。むすぶん堂さん、聞いてますよ。なかなかいつも聞かない話をたのしんでいます。」
福島 いつも聞かない話?いつもしない話ですから。
Navi ちょっといろいろまだ他にもね。もういっぱいお話があると思うんですが、じゃあ、本当にここで、聞きたい話を聞きたいと思うんですけど、「なぜ、妻沼に?」の次は、「人々を結ぶって、何やってるんですか?」。何をやっているんですか?
福島 そうですねえ。あの、何やってるかというと、本屋やってるとしか言えないんですけど…。よく「むすぶん堂という名前は、店のある『縁結び通り』から取ったんですか?」って聞かれるんですけれど、実は本屋をやろうと思う前から、「むすぶん堂」の屋号で、ちょっとね、個人で活動していることがあって。それは何かというと、「人と人とをつなぐ」っていう。別に、それで何かね、大々的に組織的にやるとかじゃなくて、たまたま色んなところで知り合った人を、この人とこの人がつながったら面白いかも、って紹介するっていうか、「まあ、とりあえず飲みましょう」って。そういうことを続けてきたので、本屋の店名もそれでいいや、と思ったんですよ。今回も縁があって、妻沼にこういう形で本屋さんを出させてもらったのも、いろんな人の助けがあったからこそ、出来たわけです。曲の間にちょっと話しましたけど、看板もそうですし、店の造作も、設計もそうなんですよ。地元の大工さんとか。ですから何かの形で妻沼に恩返しをしたいなと思っています。あの人とこの人がつながったら面白いなって人もたくさんいて、まっちゃんもそうですけど、つなげていくようなことが出来ればいいなと思って、それで、とりあえず、インスタのメッセージ・グループで、門前町のあの辺の狭いエリアだけですけど、商店主さんのグループを作ってみました。作りっぱなしで、僕がそれで何かやってるわけじゃないですけど。妻沼のお店の人たちって、仲はいいんですけど、みんなが顔を合せて話すことって、あまりありません。もったいないですよね。極端な例ですと、災害時とかにも情報共有ができたほうがいいと思うので、まずは、そんなネットワークを作ってみました。あとはとりあえず、うちの店でできる何かこうイベントでもできればいいなと思っていたりとか、そういう形ではやってますけど…
Navi 「むすぶん堂さんは、人々をすごい結んでいるんですよ」と、まっちゃんも言ってました。
福島 まっちゃんが?あの人もすごいですよ。
Navi まっちゃんも言ってたし、いろんな妻沼の人は、みんな「むすぶん堂さん、むすぶん堂さん」て、あっちこっちで言ってて。「むすぶん堂さんに行ってみてください」って。
福島 いや、だからそれは、単に店が少ないからです。
Navi そんなことないです。むすぶん堂さんは本屋さんなんだけれども、「むすぶん堂」っていう名前を聞くだけで、すごいなっていう感じ。
福島 そう言っていただければ、ありがたいです。実店舗の本屋というのは、僕も本屋に通ってた時、そこで人と知り合いになったりとかね。例えば、店の人が「あの人も同じ趣味の人だよ」とか「同じ本が好きみたいよ」とか、教えてくれました。ふだん教室では話さないような同級生が、本屋さんで、自分も好きな本を手に取ったりしてるのを見ると、そこで、話すきっかけになったりとか。中学生とか、用もないのに女の子に話しかけられないですから、そういう時に、例えば、自分も読んでるジャンルの本とか雑誌を読んでいると、たまたまそこで目が合ったりすれば、「それ、面白いよね」とか。人間関係を作るきっかけになったりもしたので、うちの本屋も、そういう機能を持てればいいな、というのはありますよ。
Navi まさに「情報ステーション」ですよ。
福島 「悟りステーション」じゃなくて?
Navi 「むすぶん堂に行けば、何かが起きる」的なのは、どうですか?
福島 「何かが起こる」っていうのは、それでいいですけどね。
Navi 何かを起こしたいんじゃないですか?
福島 そうですね、何かが起こればいいんですけど、さっき言ったように、妻沼の人に「妻沼でやれば?」って言われて始めたんですけど、「妻沼でやればなんとかなる」の「なんとかなる」感がいまひとつよく分からないんです。「なんとかならなさ」とどう違うのか。何とかなるんでしょうか、本当に。
Navi なんとかしましょう!
福島 本当、もうちょっと、なんとかなるといいなっていうのは、僕の中でありますけど、ただやっぱり自分の中では、僕は本屋やって大儲けしてっていう視点は最初から考えていないんですけど、なんとかね、続けたいなっていうのは。ただ、そこでいろんな人と出会うことで、やっぱりお金以上の、それは経営的にはほとんど儲けはないですけど、お金以上のものを、僕はもらっている気がします。そういうものをもらい続けるためにも、なんとか続けることを考えていきたいと思ってはいます。
Navi ということで、まだスタートのところしか聞いていない気がしますが、じゃあ、また来ていただきますか?
福島 結局、ぎっくり腰の話もしてないですし。
Navi 分かりました。それじゃ、また来ていただくということで、、今日は、人々をむすぶ、むすぶん堂さんということで、「フベンな本屋 むすぶん堂」の福島聡さんに来ていただきまあいた。今日はありがとうございました。また本当に来てくださいね。
福島 ぜひまたお邪魔します。今度はちゃんとします。
Navi 今日はありがとうございます。
福島 ありがとうございました。