3月31日(月)12:00~12:54
やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~ 今回のゲストは? 熊谷が生んだ脚本家 吉川次郎さんをお迎えしました。伊丹プロで活躍し、現在は映画、テレビの第一線で脚本を描かれています。出身は熊谷西小 竹馬の友です。いろいろなお話を聞けました。


AInottaによる文字起こし
Navi 時刻は12時を回りましたAZ熊谷6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオから生放送でお送りしています。月曜のお昼は梅林堂やわらか熊谷僕らがつなぐ物語をお届けしています。第26回ということで「熊谷が生んだ脚本家吉川次郎」というテーマですすめます。今日のゲストは、脚本家の吉川次郎さんです。こんにちは
吉川 どうもご無沙汰しております。
Navi 肩書きは何ていう方がいいですか。フリーの脚本家?
吉川 脚本家は大抵みんなフリーですけど、中にはエージェントに属してる人もいるけれど。
Navi なるほど。ご無沙汰してましたということで。吉川次郎さん
吉川 関根君とは小学校、西小学校の同級生ですから、あと熊谷高校か。でも同級生っていう意味では付き合いが長い。
Navi 長いですよね。50年以上
吉川 途中ブランクあるにしても
Navi 本当にいつでも忘れないでいてくれて、脚本家として大活躍してる傍ら「今度こういうドラマやるんですよ」っていう連絡をたびたびいただいて、見させていただき、本当にすごいなって思っていて、今日こういう番組が実現したということで
吉川 久しぶりに再会するという状況になりましたけど、本当に妙なところで、まさかこういう展開は、考えてなかったですよ。ただ僕の場合は、熊谷が生んだというほど大それたものではないです。後でいろいろ話しますけど僕はライターとしてはかなり後発組なんですよ。なので華々しく活躍するというようなことではなくて、あくまでマイペースで淡々と好きなことをやっているという。そういうタイプの脚本家もいるということです。
Navi 吉川さんは、あくまでも謙虚な方ですけれども、私がすごく良かったと思ったのは、シネティアラ21で、吉川さんの映画の公開をしたときに、舞台挨拶のところに、招待していただいたときで。
吉川 だいぶ前だけど、あれは「たとえば檸檬」という映画でした。
Navi そうです。「たとえば檸檬」っていう映画で舞台挨拶に、吉川次郎さんがいて、主役クラスの女優さんがきていました。そこの観客として実際見て有名な俳優さんがあれだけ揃ってきていてびっくりしました。
吉川 綾野剛は来なかったな。映画としては今結構売れてる俳優もたくさん出ていて、松本若菜とかもそう。
Navi 今でも見られるんですよ。
吉川 アマプラでただ見ができるらしいけどね。
Navi 本当です。「ただ見」っていうんですね。やっぱりAmazonプライムで見られるようになって、この映画も実際に最後まで見られちゃうってありがたいですね。
吉川 うんそうですね。
Navi 吉川次郎さんの最近の作品っていうのをちょっとご紹介したいです。一番新しいので言うと映画「孤独な楽園」です。これはどんな映画なんですかね。
吉川 これは原作もなしで、オリジナルなんですけれども、
Navi 全部最初から書いたってことですか?オーダーみたいなのが来るんですか。
吉川 映画製作のアプローチにはいろいろとあるんです。例えば原作があって、テレビ局や、大手の映画会社とかがそれを企画するっていう場合もある。一方でインディーズでは、まず金集めから始めるような話なんだけども、とにかく気心の知れた監督やプロデューサーたちと企画を温めて、練り上げて作るのです。それでお金が出ればしめたもので。そんな形でやってくっていうパターンもあるわけです。もちろん大手とは予算もひと桁違うわけですけれど。
Navi 「孤独な楽園」の予告編を見たら、結構なんかすごい面白い話なんです
吉川 商業映画じゃないからいくらでも「試し」ができるっていうか、実験的なことでできるわけですよ。
Navi 構成や内容が本当に衝撃的で、今、社会問題になってるようなことでしたね。
吉川 でも構成的には相当ギミックで、「たとえば檸檬」と一緒でちゃんと見てないと話がわからない。
Navi そうなんですか。こういう話って、企画があってお願いしますって感じなんですか?
吉川 今回はなんかこういうのを作りたいんだけどって、お金を出してくれる人が海外のある映画を引き合いに出して、言い出したんです。
Navi じゃ、作品としては完全オリジナルですね。「たとえば檸檬」も完全オリジナルですね。
吉川 低予算の映画ってそういう面白さもあるわけですよ
Navi 両方とも吉川次郎作品って言っちゃっていいわけですよね。
吉川 そうですね。逆にNHKで「山女日記」っていうドラマもやったんですけど、あれは湊かなえさんの原作がある。ただあれは僕が自分で企画を立ち上げたんです。原作にはまだ誰も手つけてなかった。山の撮影なんてできないとみんな思ってたからです。そこで大手の制作会社と企画を作って、ダメ元でNHKに出したんです。そしたらちょうどその翌年が「山の日」っていうのが初めて制定された年で。NHKも山をテーマにした特集的なものを狙ってたわけです。
Navi NHKのドラマの脚本を書いているって、大したことですよね。しかもシリーズですよね。
吉川 そうそう、結果的にシリーズになった。本当はもっと続けたかったんですけどね。なかなかそうもいかないところが難しいところで。
Navi 何で山女は撮りづらいですか?
吉川 山の撮影っていうのは、まずお金がかかります。スタッフも山の経験が必要になる。僕は以前民放で「北アルプス山岳救助隊」ってシリーズを撮ってて。一応山の撮影ができるスタッフがいたわけですよ。それで企画も作れた。ただNHKで企画を通すのってものすごく大変なんですよ。何段階も審査があって、最終的に本局の編成の審査になるわけですけど。NHKってやっぱりすごい平等なんですよね。民放みたいに誰か権力のある人間がこれやろうぜっていうんじゃないんですよ。全員で投票制で点数を入れるわけ。結果として山女の点数がダントツで良かった。
Navi そもそもこのバックボーンを話すと、吉川さんは高校時代山岳部だったんです。
吉川 熊高で山岳部だったんです。
Navi 吉川次郎さんでしか、踏み込めない領域というか、撮影は楽しいかったじゃないんですか
吉川 いやいや、とにかく山の撮影は恐ろしく大変なわけです。スタッフや役者、荷上げをしてもらうガイドさんたちも入れて総勢60人くらいの大部隊になっちゃうわけです。それが大挙して山を縦走する。本当に縦走して撮ってますから、もうすごいんですよ。
Navi ドラマでありながらドキュメンタリーチックですね。本当に縦走してるのですね。
吉川 一番大変なのが山小屋をどう押さえるかってことになる。その人数を泊めるだけでも大変で、それもコロナのときですよ。
Navi えーコロナのとき?
吉川 山小屋も泊まれる人数を絞っちゃって、60人いたら殆ど貸切状態。なのでまず先に山小屋を押さえて、そのスケジュールに合う俳優さんを選ぶようなことやってたんです。
Navi そもそも山の撮影なんてスケジュール決めたって、天候がだめだったらできないですよね。
吉川 それはもう、天に任せるしかないんですけど、すごいですよ。その中で奇跡的なことが何度も起きた。最後の場面、北アルプスの涸沢っていうところだったんですけど、夜のシーンも全部撮り終えて、よかったねって、打ち上げで酒飲んで、次の日に起きたら、夜中のうちに大雪が降って一面銀世界になっちゃって、もし撮り残しがあったらもう画面が繋がらないわけですよ。
Navi ドラマと言いながらも、本物の場所で、本物の撮り方をしていたのですね。
吉川 そういう意味ではいい経験になりました。そんな感じで自分の好きなものを細々とやっている。そういうタイプのライターだと思ってもらえればいいと思います。
Navi 本当に謙虚な言い方をしていますが、俺はすごいんだって言わないところが次郎さんの素晴らしいところです。山女は今でも見られますよね。
吉川 NHKオンデマンドで見られるかと
Navi 撮影ですごい苦労されたっていうのを聞いてからもう一度見ると違いますね。見てみたいです。改めて映画もこの作品もそうだし、本物を作り続ける思いが伝わってきそうです。
吉川 ただもう我々も還暦を過ぎました。
Navi そうですね。
吉川 あとはマイペースで好きなようにやればいい。もう何も焦ることはないかなと。
Navi 何か教えられちゃいました。私も還暦を過ぎて吉川次郎くんのそういう生き方は憧れるなって思いました。というわけで作品の紹介を簡単だったんですけど、ここで曲に行きたいと思います。ではリクエスト曲は何でしょう。
吉川 僕が中学、高校時代映画を志していく流れの中で、一番聞いていた、一番影響を受けたアーティストってやっぱり荒井由美なんですよ。多分我々の世代はみんなそうだと思うんですけど。その中で「雨の街を」っていうのをリクエストします。あの頃は深夜のラジオ番組を聞いて、明け方によく散歩じゃないけどチャリンコで走り回ったりするということをやってたんですけど、そういうときに頭の中でリフレインするのがこの「雨の街を」という曲でした。
Navi なるほど。深夜放送を聞きましたよね。はい。というわけでお届けします。荒井由美で「雨の街を」
【曲 雨の街を 荒井由実】
Navi 時刻は12時20分を回りました。梅林堂提供やわらか熊谷~僕らがつなぐ物語~第26回熊谷が生んだ脚本家吉川次郎をお届けしています。ということで吉川次郎さん、幼なじみということで、幼い頃のお話を聞きたいです。
吉川 熊谷との関わりを話さないと始まらないですね。僕は生まれも育ちも熊谷なんですよ。箱田のあたりで、念仏堂なんて知る人は知ってるでしょうけど、そのあたりで生まれ育ったわけです。
Navi 念仏堂を知らない人には、どうやって紹介したらいいんですか。
吉川 熊谷地方裁判所・家庭裁判所のあたり、裁判所の道を北側にまっすぐ行ったところあの辺です。
Navi 二人とも熊谷西小ですから、その界隈でどんな遊びがありましたか?
吉川 幼稚園に上がる前からマンガ書いてたんですよ。
Navi へえマンガですか?幼稚園の前から
吉川 マンガと言ってもテレビなんかの見よう見まねで書いていたようなものですけど、何かストーリー的なものが好きだったんでしょうね。
Navi なるほど、じゃそれはオリジナルの漫画なんですね。
吉川 オリジナルと言えるかどうかわかんないけど、
Navi マンガって、我々が子供の頃は模写して描くだけで面白かったです。違うんですよ、ストーリーがあるんでしょ
吉川 ストーリーがある。コマ割りしてね。小学校上がってもそういうことやってて、そうなると同好の志みたいのが出てくるんですよ。ノートに漫画を描いて、交換日記じゃなく交換漫画ですよね。お互いに批評し合ったりとかっていうのを小学校時代やってた。その頃から映画も大好きで。熊谷に昔「文映」って映画館がありましたよね。
Navi ありました。
吉川 星川に銀映があって、あと富士見映画館があって、あとは松竹。松竹は当時は日活ロマンポルノとかアダルトな映画をやってたので縁がなかったんですけど。文映は洋画なんですよね。洋画専門みたいな感じで、流行りの映画と抱き合わせでもう一本B級映画みたいのを一緒にやるわけです。大体2本立てなんですよ。それでプログラムが変わるごとに行っていて、僕はむしろB級の方が好きだったな。
Navi そうですか。
吉川 ただ1回だけ、行けなかったときがあって。どういうときかっていうと、一本がエアポート75っていう、航空機のパニック映画で、それは絶対見たかったんだけども、同時上映が、エマニエル夫人。
Navi それでは子供は行けないですね。それ以外はほとんど行っていたということですか?
吉川 ほとんどかはわかんないけども、そんなお小遣いあるわけじゃないから、何回もいけないでしょう。そうすると何するかっていうと、昔の映画館なんていうのは塀が薄いので、裏に行くと音が聞こえるんですよ。映画の音が漏れてる。例えばタワーリングインフェルノってパニック映画、二度目は映画館の裏に行って音だけ聞いてるんです。音だけで今どのシーンだってわかるので、想像を膨らませるわけです。それくらい映画が好きだったってことですね。
Navi それが小学生ぐらいですか。
吉川 中学校に入ってからはシナリオを書き始めた。その頃 8ミリフィルムなんか流行ってたけど、親はそういうのを買ってくれない。高いから。
Navi 高いですよね。ありえない。
吉川 しょうがないからシナリオだけ書いてたんですよ。自己流で。妄想映画です。ただ、その頃は別に映画の世界に行こうとは思ってなかった。単なる趣味的なもので。ところが高校で山岳部に入って、たまたま山の道具を買いに東京に行った時、多分テアトル新宿だったと思うんですけど、そこで「エイリアン」をみたんですよ。リドリー・スコット監督の。それを見て愕然としたわけです。こんなすごい表現っていうか映画の可能性ってあるんだっていうね。そこで、やっぱり映画の世界っていいなってって思って、そっちへシフトし始めたんです。おまけに山岳部にもう1人、ものすごいマニアの先輩がいて、そのうち一緒に映画なんか作り始めて、それで決定的になったって感じですかね。
Navi 高校のときも作ってたんですね
吉川 僕は高校生、先輩は大学生ですけどね。それで、日大芸術学部に進学っていうことに。
Navi 日大の芸術学部の何学科だったんですか
吉川 映画学科です。
Navi まさに映画学科、それでもう本格的にはじめたと
吉川 いや、でも入っちゃうと今度は「怠ける」癖がついちゃって。
Navi そういう人たちが集まってるわけでしょ?
吉川 実際にその世界に進む人はわずかしかいないから。
Navi そうなんだ。
吉川 熊高から日芸っていうと、今は大御所の仲間入りした監督の入江悠さんね。
Navi はいはい
吉川 我々のだいぶ後輩だけど「サイタマノラッパー」とか面白かった。仕事上の付き合いはないんだけど
Navi 映画学科に進んで、大学ではどんな感じの生活だったんですか。
吉川 ワンダーフォーゲル部っていう山のクラブに入って、山に登って、あとは酒飲んでるだけ。
Navi それは大事ですよね。酒を好むって、次郎君はお酒大好きだから。
吉川 そこで知り合ったのが、日本っていうかもはや世界で有名な作家の吉本ばななさんです。
Navi そうですか!
吉川 彼女は同期でした。学科は文芸学科でしたけど。
Navi はいはい。
吉川 僕らが8ミリ映画を作ったときも、彼女がスタッフで参加してくれて。
Navi そうなんですか。
吉川 移動中の車で僕がある曲をかけたんですよ。すると彼女が「その曲をもっと聞かせろ」ってずっと同じ曲を聞いてて。その後、彼女がその曲と同じ題名で小説を書いたんです。
Navi なんですかそれは
吉川 イギリスのマイク・オールドフィールドの「ムーンライトシャドウ」っていう曲です。その小説を書いて、そこから一気に作家デビューを果たした。何とも奇妙な縁なんです。
Navi 歴史作ってるじゃないですか
吉川 未だに飲み友達でもありますが。
Navi 凄すぎる。まだまだ何かありそうですね。
吉川 でも何だろう、結局大学4年間怠けて。いざ就職っていうとき、その頃の日本映画ってかなり景気が悪い時期だったんですよ。とにかく新規の社員なんて採ってくれない。大手は何人か採ってたけど、製作会社はそんな余力が無かった。それでも人づてに何とかある会社に行ったら、正社員としては雇えないけど、月3万円でよければ来ていいよって。
Navi 月3万円?
吉川 つまり丁稚奉公、見習いですね。月3万円というと、その頃も行田に住んでたけど、定期代だけで足が出ちゃう。それでもやっぱり映画がやりたかった。テレビは全盛期で引く手あまた。「すぐ来ていいよ、社員で採ってあげる」っていうところもあったけど、でも3万円の映画の方が魅力的だった。
Navi テレビの口があったのに、3万円で映画に
吉川 ただその製作会社っていうのは、不況の日本映画の中では結構乗ってだったんですよ。尖がった映画を作ってた。森田芳光の家族ゲームとかね。滝田洋二郎のコミック雑誌なんかいらないとか、そういうものを作ってすごい勢いがあったんです。伊丹十三のお葬式からタンポポ、マルサの女もそこで作っててね。
Navi ちょっと待って、その映画は伊丹プロではないんですね。そこのところは
吉川 伊丹プロも絡んでるけど、製作自体はまだその会社が請け負ってましたね。
Navi なるほど
吉川 そうするともう、いろんな有名監督なんかが普通に出入りしてるわけですよ。僕は一応突っ張って、とりあえず今は見習いだけど作家志望ですからって、空いた時間にワープロなんか打ってシナリオを書いてるふりするんですよ。そうすると「桜の園」の中原俊監督なんかが通りかかって、「お前なに書いてんだ」って取り上げて見るんだけど、1枚2枚読んで「ふん」と鼻で笑って突っ返すみたいな。ある意味夢のような環境だった。
Navi なるほど
吉川 まずその世界に飛び込むというのはやっぱり何としても大事で。そこでしばらくがむしゃらに働いてたら、お前、よく仕事するからって、「伊丹監督のとこ1人辞めちゃうからお前行くか、社員で雇ってくれるらしいぞ」って言うから、「お金もらえるなら行きます」って、それで釣られて行っちゃったようなもんで。もちろん行ってすぐ雇ってくれるわけじゃなくて、面接したんですよ。そこで伊丹さんと色々話して、「じゃあこれ読んできなさいよ」って帰りしなに1冊のシナリオを渡されたんですよ。意外にもホラー映画で、帰りの電車でパーって読んで。ただ中身があんまりひどいんで、翌日また伊丹さんと会って、「どうだった」って言うから、「いやこんなのダメですよ、話になりません」って開口一番言っちゃった。僕はホラー好きだったから、「こんなのホラーじゃない」って、どうしてダメなのかっていうのを具体的に全部駄目出しして全否定した。
Navi はい。
吉川 そしたら、聞いてた伊丹さんが急に席を立ってね、そのまますーっとベランダに出てっちゃって、ベランダから遠くを眺め始めたんです。「これはまずいこと言ったかな」と思ったら、一緒にいたプロデューサーが「お前あんなこと言うんじゃないよ、これ伊丹さんが書いたんだよ」って。
Navi (笑)
吉川 でもこっちはそんなの知らないからさ。ちなみにそのシナリオは伊丹さんが書いたっていうより元々あった台本を伊丹さんが気に入って、自分なりにリライトしたものだったんだけど。その元を書いたのが、これも今やすっかり日本映画の大御所というふうになっちゃった黒沢清大先生の作品で。
Navi その2人に対して、ダメ出し!?
吉川 全否定。さすがに不採用かなと思ってたら、逆にそれで信用されたんだろうね。来ていいよと。
Navi なるほど。
吉川 伊丹プロって人が大勢いる気がするでしょ。実は働いてるのは僕1人だけ。
Navi そうだったんですか。
吉川 だからもう、伊丹さんのスケジュール管理から電話番からお茶くみまで全部やんなきゃいけない。
Navi マネージャーチックな。
吉川 本当、普段は伊丹さんと僕しかいない。あとは奥さんの宮本信子さんが顔を出すくらいで。
Navi 豪華な。
吉川 入った当初、宮本さんが事務所の備品とか色々説明してくれたのね。結構高い食器もあるからって、密室で、しかも狭い台所で。宮本さんと2人きりで体を寄せ合うようにして説明して貰ってたんだけど、これはまずいなって。こんなスター女優と2人きりで「これはマジでやばいぞ」と。そう思ってたら、伊丹さんが突然入ってきて。「君たちここで何してんの」って。
Navi すごい。うわーこれはすごい。
吉川 撮影が始まるとスタッフが集まって賑やかになるんだけど、普段は僕一人。人を無駄に雇わないってところも伊丹さんのセンスですね。映画会社って無駄な人がたくさんいるんですよ。映画会社に限らないけど。
Navi 私は伊丹プロに吉川次郎さんが入ったというんで、映画見ると最後の字幕を探してました。
吉川 僕が入ったのは「マルサの女2」からだから。
Navi 字幕から名前を一生懸命探して、見つけて「あった!」ってね。
吉川 でもその後はまた「怠け癖」が出ちゃって。伊丹さんが執筆活動をしてると、別の部屋に行っちゃっていないわけです。一人でやることもないから自分の仕事をやろうとするんですけど。どんどん時間ばかり経っちゃって。前の会社だと入れ替わり立ち替わりいろんな監督やスタッフが来てたから良かったけど、それもないし。
Navi そうですよね。
吉川 そうこうしてるうちに伊丹さんがああいう形で亡くなって、棺桶まで担いで、完全にやることなくなっちゃった。やっぱり脚本しかないなって思って。それから本腰を入れて書き始めたわけです。
Navi なるほど。
吉川 その時はもう三十いくつでしょう。デビューって意味ではすごい遅い。
Navi 自分なんかからするともう既に伊丹プロに入ったところからデビューしてすごいんだなって思ってました。
吉川 そこから自分なりに仕事を探して、関係を築いて。映画だけじゃなくてテレビでドラマを書けるようになったのは大きかったですね。
Navi 吉川次郎さんはあれも書いた、これも書いたって言わないですけど、今まで山のように脚本を書いたテレビ番組の情報をいただいていました。
吉川 2時間ドラマが多かった。
Navi サスペンスとかやってましたよね。
吉川 今はテレビ局も予算無いから2時間ドラマ自体殆どなくなっちゃったけど。その頃にそういう仕事できたのは良かったと思いますね。今何かと話題になってるフジテレビでも作りました。反町隆史主演で、共演が比嘉愛未とムロツヨシでね。今はみんな大スターでしょう。
Navi 相島さんも出てましたよね。
吉川 そうそう、現場でお会いして。「いや僕 熊高の後輩なんですよ」って言ったら「そうなの」みたいな感じで向こうも驚いて。相島さんはちょうど2年先輩でしょ。
Navi そうですよね。では、ここで曲に行きたいと思います。今度の曲は?
吉川 春だから「春よ来い」とはならないわけで、やっぱりちょっとひねくれてますからね。さっきのユーミンなんかもそうですけど、やっぱり歌もどっかストーリー性のあるものが好きなんです。もう春を通り越して夏の曲になっちゃいますけど、ちょっと前のやつでDO AS infinity の「遠雷」っていうのを。
Navi はい。では、遠雷 お願いします。
【 曲 遠雷 DO AS Infinity】
Navi 時刻は12時45分を回っています。やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語 第26回熊谷が産んだ脚本家吉川次郎ということでお届けしています。これからのことを教えていただけると、
吉川 あくまでマイペースは変わってないんですけど。まずはさっき言った「孤独の楽園」というインディーズ映画ですね。去年一回上映したんですけども、ちょっと配給宣伝の仕切りがうまくいってなくて。仕切り直してこれからまた上映を再開するんです。この熊谷界隈あたりでも、できればいいなと。
Navi 監督は片嶋一貴っていう方ですね。脚本は吉川次郎さんということで。有森也実さん出てますね。吉川さんの映画に結構出てくる。この主役の大坪あきほさんっていう人は?
吉川 その人はオーディションで選んだ人です。
Navi そうですか。共演の青柳翔っていう人は?
吉川 それは劇団EXILEだね。
Navi やっぱりこれは皆さん注目していただいて、もし熊谷に来たときはですね、
吉川 熊谷かどうかわかんないですけど。
Navi 深谷とか
吉川 その辺りでできればいいかなと。
Navi 「孤独な楽園」調べてもらえばインターネットに出てますので。
吉川 予告編は見られますね。
Navi 私も予告編見ました。結構面白そうな内容ですよね。今後はどんな作品がありますか?
吉川 今進行中なのは、これは自分の企画ではなく頂いた仕事で、ちょっと大手の作品なんですけど、スター級の俳優がすでに揃ってて、年内には撮影に入る予定でおります。
Navi なるほど
吉川 詳細はまた後日という。
Navi 公開は?
吉川 来年です。
Navi 結構全国で見られるような映画ですか?
吉川 その予定です。
Navi 楽しみですね、全く情報がないですけど。どんなことになるかっていうのを楽しみ、舞台挨拶とかもしそういうのがあったら都内でも行っちゃいます。
吉川 大きい映画では、脚本家は基本舞台挨拶には出ないですよ。逆に「孤独な楽園」みたいなインディーズ映画だったら当然出ますけどね。
Navi これから熊谷の人には「吉川次郎」っていう名前を改めて覚えておいていただいてほしいです。あとは今後熊谷のことで何か気になるお話とかはないですか。最近熊谷に隣にお住まいなんですけど、熊谷界隈でいろいろ
吉川 熊谷界隈を舞台にした作品が作れればいいと思いますけどね。熊谷次郎直実とか。
Navi お、名前がでましたね。吉川さんも次郎ですからね。熊谷次郎直実公の脚本なんかがあったりしたら、夢は広がります。生きてるうちにお願いしますね。
吉川 クラウドファンディングで熊谷市民から金を吸い上げたりして。
Navi 夢が広がりますよね。熊谷の人たちでつくる熊谷の何かができたら。あながち夢物語でもないって感じですか?
吉川 どうでしょう。
Navi これを機会にということで、新しい作品ができたらまたこちらの方に来ていただけますか。
吉川 もちろんそれはこちらからもお願いします。
Navi ぜひまた来てくださいということで、また別の機会に飲みましょう。
吉川 そもそも地元在住なんでね。
Navi ということで今日は、熊谷出身の脚本家、吉川次郎さんに来ていただきました。今日ありがとうございましたございます。