FMクマガヤ 梅林堂提供「やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語」

2024年11月25日(月)12:00~12:54

Navi 時刻は12時を回りました。AZ熊谷6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオから生放送でお送りします。月曜のお昼は梅林堂提供「やわらか熊谷僕らがつなぐ物語」です。今日はもう第8回でタイトルは「磁石スタンドから伝えたいこと」。ということでゲストは磁石スタンドを開いている淺井(あさい)武二(たけじ)さんにお越しいただきました。

武二 こんにちは、初めてで非常に緊張しております。

Navi そして石原小学校の南門で、子どもたちの見守りをしてくださっている淺井一惠(かずえ)さんです。こんにちは。

一惠 こんにちは。お世話になります。よろしくお願いします。

Navi そしてですね、もう準レギュラーになっております。この番組はなくてはならない石井姉妹の2人に来ていただきました。

唐﨑 こんにちは。石井姉妹の妹の唐﨑瑞穂です。

戎居 姉の戎居見世子です。

Navi 今日は石井姉妹と淺井さんご夫婦、淺井夫妻と石井姉妹です。韻を踏んでいますね。そして今日は思い切って理科の話題です。いつも歴史・社会だったけどね。どうでしょう。

唐﨑 私は小学校2年生の理科で「豆電球」の勉強をしましたが、そこでつまずいているので(笑)今日はこの機会にぜひいろいろお聞きしたいと思います。

Navi はい、淺井先生にいろいろ聞いてみましょうね。ところでいま机の上にプラスチックの丸い入れ物が置いてあるんですが、いやラジオでお見せできなくて申し訳ないです。お姉さん、これは一体なんですか?

戎居 これは2人の娘が小学生のときに教材で買った磁石セットです。今日のために引っ張り出してきました。

Navi はい、いまスタジオにはこれ以外にも武二さんが持ってきた磁石があったりとか、ミニ地球儀があります。先日お邪魔した「磁石スタンド」の隣にある武二さんの小屋の雰囲気に少し近づけたでしょうか…?というわけで淺井夫妻に来ていただいたんですけども、本当に石原小学校のときに大変お世話になりました。出身小学校中学校とかその辺を教えていただきたいです。

一惠 石原小学校出身で大原中学校を卒業しました。兄弟がたくさんいて男の兄弟が多かったので、なんか女の子っていうよりも、男の子の遊びをよくしていました。

Navi 淺井一惠さんには、いつも南門のところで子どもたちを見守りしてくださってですね。知っていましたか?

唐﨑 はい、私は娘の入学式の日に歩いて行きましたら、すごくにこやかなお母様が南門の手前で待っていてくださいまして「入学おめでとう」って言って、素敵な折り紙をいただいた思い出があります。

一惠 唐﨑さん入学式に素敵なお着物をお召しで、とっても心に残っています。

Navi なるほど。卒業式とか入学式のときに子どもたちにいつも折り紙を折ってくださったり、おうちの前を通ると何かメッセージが出ていたりとか、たくさん子どもたちにやってくださっています。なんかね磁石スタンドでは毎日、日にちが磁石の模様で作られていますよね。

唐﨑 日めくりカレンダーのようにね。前に「日付が間違っていたらボケてきたと思って」って言われました(笑)

Navi (笑)間違ってないですよね。本当にありがたいなっていうところだったんですけど。

一惠 はい。石原小学校の登校の見守りは民生委員をやっているときから始めました。コロナがあって、一時期は体温表を首から下げて登校する生徒たちを見てあげたり、あの時は本当にマスクしたり大変でしたね。それから暑い日は傘をさして登校するっていう子どもたちもみんな見守りさせていただいています。

戎居 ありがたいですね。

唐﨑 ほんとうにありがたいですね。

Navi では「磁石スタンド」から入りたいと思います。ガソリンスタンドみたいに、そこへ行けば磁石が供給できる場所ってことなのかな?そもそも磁石スタンドっていうのは何でしょうか、武二さん

武二 磁石スタンドのいわれをお話しますと、まず磁石そのものが、今は代々木の駅前に会社を持っておられます株式会社マグナっていう会社から無償でいただいたものなんです。私は電機メーカーで技術者の仕事をしておりました。その関係で、部品メーカーの営業マンとやりとりすることが多かったんですが、その中で特に熱心な方がいらっしゃいましてね。当時彼は磁石メーカーの一営業マンだったんですが、時には試作品を持ってきて一生懸命説明をし、また私の好き勝手な要求を叶えてくれたり。また次の時は改良した磁石を持ってきてくださったりと。
私が退職した1997年それから四、五年経って、その熱心な彼の会社へご挨拶に伺ったんです。それが株式会社マグナなんです。開業当時は新宿に会社がありました。

営業として私のところへ通ってこられたときは、まだ別の会社だったんですが仕事の場でも親しく話をしたものでした。彼の出生地が安曇野で、私はただ行ったことがあるだけでしたが「珍しい蝶がいたね」とかそんな話をした間柄だったもんですから、挨拶に行きましたらば、いろいろ長い話になりまして。それで、会社というところは、いろいろ注文をもらって物を作るんですが、中にはですね、支払いができなくて製品だけが残ってしまうという事がありました。

Navi そういうこともあるんですね。

武二 ええ、そうなんです。そういうものが彼の会社に在庫として残ってたんです。そういうものを、そのとき彼は社長になっていらしたんですが、私がボランティアで埼玉県のサイエンスインストラクターをやっている話をしてありましたので使えないかっていうことをおっしゃっていただいて

一惠 ボランティアで使ってくださるんだったら差し上げますと。全然費用とかはいただかないしこちらも支払いしないし。とにかく一切無料にして使ってくださるんならっていうので、トラックで磁石を運んできてくださいました。

Navi それが磁石スタンドを作る経緯ですね。

武二 実際にはですね、パレット、重たいものを載せて倉庫から移動するパレットっていうのがあるんですが、それに磁石を載せて3回持ってきてくれました。

唐﨑 フォークリフトのツメを差し込んで荷物を運んだりする台のことですよね。パレット3回分!重そう。

Navi 現在もまだ使い切れないほどの量だとか。それぐらいいっぱいあるんですね

一惠 シャベルで掘るほどあります。大中小、丸いの四角いのそれからアールが付いている(※直線の材料に少しカーブがかかっている状態のこと)磁石とかいろんな種類がありますね。

Navi はいじゃあね、磁石スタンドからちょっと話が飛んじゃうかもしんないですけど、たくさんの磁石があって、なんでスタンドなんですか。これは磁石を皆さんに無料提供してくださるということですよね。

武二 授業で使う他に、やっぱり皆さんにもらっていただかないといけないと(笑)。量が量だけに、そういうことは確かにあります。熊谷市には『くまがやキッズ』という年に6回発行されるこども広報誌がありますが、今から3年前の2021年9月に磁石スタンドのことを載せていただきました。先ほどから話が出ている通り、ちょうど私の家が石原小学校の南門の通りに面していますから登下校のときにちらっと横を向けばそれが見えますし、はい。でも登下校のときにはあまり寄っちゃいけないということで(笑)

戎居 (笑)そうですよね。寄り道は駄目なんですよね。

武二 家に一旦帰ってから自転車で仲間内で来て、ポケットいっぱいに持って帰ってくるお子さんもいらっしゃいましたしね。ときには保護者の方が何か用事で学校にいらしたときに、ちょうど私が居て声をかけてですね、寄っていただいて、お持ち帰りいただいている。それがまだ続いております。

Navi 何年ぐらい経ちますか?こちら…

武二 磁石スタンドを作ったのが2021年です。もう3年になりますね。

Navi そうでしたか。今からもしね、磁石スタンドへ行って「ください」って言ったら、いただけるっていうことでよろしいですか。

武二 「磁石スタンド」という40〜50センチ幅の看板がありますので。そこの下に引き出しがあってたくさん入っておりますので、ぜひ持って帰っていただきたい。

Navi 大人も子どもも、いいんですか

武二 そうです。

Navi すごいですね。

武二 最近はね、磁石はご家庭の便利グッズにも使えると思うんです。私なんて台所は鉄板なんで、そこに毛抜きだとかピーラーだとかそういうものも、付けておいて。ぱっとそばで離せばついてくる、そんな便利なものでもあります。

Navi 無料で磁石がいただける磁石スタンド、多分あまりないですよね。

唐﨑 そうですね、日本で一つだけかもしれませんね。

Navi だとしたら本当にすごいな、と思います。

武二 ただ一つお話しとかなきゃいけないのは株式会社マグナの会長 沢渡(さわど) (かなめ)さんが今年の4月に急に亡くなりまして。これからの供給は難しいかなとも思っております。でも私がはっきり物事判断ができる間は、ぜひ大いにもらいにきていただいてアイディアを広げていただければと思います。

Navi 磁石の勉強も磁石スタンドに行ったらできますよ。この間石井姉妹も夢中で勉強してましたよね。

唐﨑 いやいや、理解してないことが多すぎて、実は磁石ってこんなに身近にあるものなのにわかってないことが多かったなっていうのが素直な感想です。

戎居 そうですね。私も子どもが持って帰ってくる『くまがやキッズ』、割と理科好きなので目を通してたんですけど、淺井先生が活躍されている「ウイークエンドサイエンス」というイベントになかなか参加する機会に恵まれず…。なので淺井先生のところに先日初めて伺って、そうしましたらもう磁石スタンドの隣の建物の内部空間がすごくて。

Navi 研究所ですよ。

戎居 本当に夢の城というか、なんか本当にすごかったね。

唐﨑 そう。「地球とは」みたいな、ちょっと哲学感な感じにもなるし

戎居 サイエンス愛が溢れかえって、上を見ても下を見ても全方位すごい密度で展示されていて、

唐﨑 サイエンスワールドですね

Navi そのサイエンスワールドと、埼玉県のサイエンスインストラクターについて教えていただけたらと思います。ここで曲に行きたいと思います。これは一惠さんのリクエストで童謡、「里の秋」お届けします。

【曲 童謡 里の秋】

時刻は12時18分を回りました。AZ熊谷6階FMクマガヤYZコンサルティングスタジオから生放送でお送りしております。梅林堂提供「やわらか熊谷僕らがつなぐ物語」第8回「磁石スタンドから伝えたいこと」ということで引き続き磁石スタンドの話を伺って参ります。本日は淺井夫妻、武二さん一惠さんそして石井姉妹に来ていただいています。よろしくお願いします。

一同 お願いします

Navi 先ほど磁石スタンドっていうのは、簡単に言うと大量の磁石があってですね、淺井さんが皆さんに磁石を無料でどんどん提供して、その磁石の面白さを子どもたちに知ってもらう。大人もOKというすごい施設ですね。それからですねこの磁石、ただ配ってるだけではないんですね。サイエンスインストラクターです。スタートはどういう経緯だったんでしょうか。一惠さん?

一惠 私が県の関係の職場にいまして、たまたま埼玉県でサイエンスボランティアを募集していると目にしました。私が応募してもよかったんですけども、まだ退職まで間があったし、今から24年前ぐらい前なんですけどね。

主人がちょうど退職まであと何年かだったので「こういうのがあるんだけど応募したらどう」って話しました。主人は元々物理屋さん的なところがあって何でも物理に関係することだとうちの中に持ち込んできて、あれこれあれこれやるので(笑)。退職しても、そんな得意なことを外で活かせたら良いかなと。うちは子どもも独立していたから、それじゃあということで、勉強っていうか遊ぶ部屋を作ろうって。うちの外に勉強部屋、遊びのおうちを小さいんですけど作って、

唐﨑 それが先日伺った素敵な場所ですね。武二さんの夢の小屋みたいでした。

一惠 ええ。それでサイエンスインストラクターの応募用紙に何が得意ですかっていうところに「毛鉤(けばり)を作るのが得意」(※毛鉤は鳥の羽を巻いてえさに見せかけた釣針)、そんなこと書いていいのかなと思ったんですけど応募しましたら、見事合格の通知が来て大喜びをして。それから埼玉県南教育センターっていうのが当時北浦和にあって、そこに時々車で通うようになりました。そこがサイエンスインストラクターと磁石に関係することのまず第一歩だったと思います。どうですかお父さん。

武二 そうですね本当に最初女房がチラシを持ってきたときは、もう締め切り期限を過ぎてましてね。

唐﨑 そうだったんですか。

武二 うん。そういう経緯もありまして私はもう半信半疑で応募したんですが採用になりました。

唐﨑 でもそれはね、熊谷にとっても埼玉県にとっても、よかったことでしたよね。

武二 そんなことで埼玉県のボランティアが始まったんですが、その後『くまがやキッズ』でお馴染みの熊谷市の社会教育課、そこでも国の援助があって、それに関係して少し活動を始めたのが平成16年ぐらいじゃなかったかと。その頃から県と別に熊谷の広報誌『くまがやキッズ』に載せていただき、ウィークエンドサイエンスという形で熊谷市で活動を始めました。今はもう皆さん退職されてますけども、その頃一緒にやっていた方々に部材の材料を提供したり、そういう要求に応えたりして、活動が始まりました。

Navi 当時私は理科の教員で、淺井先生とお会いしたのは大体そのくらいの時期でしたかね。

武二 確かそのくらいだったかと思います。いずれにせよ、私モーター屋を37年やってきておりましたんで、チャンスがあったら、そういう技術をどこかで生かしたいっていう願望が常に私の気持ちの中にありました。仕事上でもですね、細かい作業もやりました。初めの頃は貧乏会社ですから、メッキの厚みを測るのもちゃんとメッキ圧測定の装置が世の中にあったんですが、買えませんでした。だから実際にはそれをですね、メッキした部分をエポキシの接着剤で固めまして、それを切断して断面を出して、それで顕微鏡でその厚さを測ったものでした。

石井姉妹 えー、気が遠くなるような話ですね。

武二 はい。でもそこで顕微鏡の扱いも接着剤の扱いも勉強しました。研磨する砥石の問題も勉強ができましたね。

Navi あらゆるものを淺井先生は極めているという感じです。あとはだんだん試行錯誤でね、改良していくっていうか。そこがモーター屋というか技術者って感じなんですが。

まず最初に「クリップモーター」の話をしていただけたらと思うんですが。「クリップモーター」は、書類を挟んだりする銀色のゼムクリップってありますよね?あれを二つと、電池、磁石、そしてエナメル線を使って作れる「モーター」なんです。うまくできれば、ずっとクルクル回って面白いんです。淺井先生、これを小学校の理科で扱ってたんですよね

武二 当時はね6年生の単元に入ってたんです。それを私が見まして、これはもう少し理屈に合った速く回転するものにできるんじゃないかと。そのとき私は教科書会社を6社ほどピックアップして比べたんですが、6社とも単三乾電池の周りにエナメル線を巻いて丸いコイル(※細いエナメル線をグルグル巻いたもの)を作り、その回転子が回るという形だったんです。モーター屋から考えますと、下に磁石があるわけで、磁石とその近くで電磁石として回るコイルですね。そのコイルはエナメル線で巻いて作るわけですが、コイルと磁石の接近っていうのは、接近するものの導線の長さによって力が出るっていうのがモーター屋の観念からわかりましたので、コイルを丸く作るのはやめて四角い矩形の回転子を作った。それでやりますといろんな良い点が出てきまして、コイルを四角く作ることを未だに出前授業でやらせていただいているというのが現状でございます。

戎居 淺井モデルですね。平成12年末、関根先生はどうやってモーターの授業を進められたんですか?

Navi 関根モデルっていうか私は教科書に載ってる通りにやりました。私のは、もう回るようにしてありますから、

唐﨑 いや先生、先生は回っても子どもたち回らない子が多かったんじゃないですか?

Navi それが良いんです。子どもたちはみんな「もう悔しい」とか思ってね。ちゃんと作らないとやっぱ回らないんです。でもちゃんと作れば回転する。作るっていうのがね、結構今の子どもたちは苦手です。私はすぐちゃちゃっと作ってみせる。身の回りにある材料で作ったものでクルクル回ってるのを見せて、「回ったら成績良くするね」って言ってやる気にさせます。

唐﨑 盛り上がったんですね。

Navi 熱気がすごかったですね。でもそこへ淺井さんに来ていただいて、確実に回るようにするためにはどうしたらいいかと。

武二 うんそこにね、工夫がありまして。エナメル線の四角い中心を出すその道具も発案して、それを置いておく。すると子どもたちが一応形にしたものをそこに持ってきて、それでその道具を使ってより回りやすい形になる。

戎居 身近にある道具が治具(じぐ)(※部品を作るための補助工具)になってるんですよね。

一惠 割り箸を2膳使いますね。それも木の四角いのが良いです。

武二 丸から四角に発展したっていうことも私の経験ですね。

Navi だから淺井さんが教えてくれると、本当に回る率がぐっと上がるんですよ。すごいですよね。必死にやって回ればね、やっぱり「やった!」って思うし。

唐﨑 淺井先生のおかげで再現性が上がったんですね。

Navi 理科の再現性っていうのはもう理屈通りやれば必ずその通りになるということですよ。そして淺井さんはまだあのクリップモーター以外もいろいろやってらっしゃいますよね。

武二 そうですね、これも女房のきっかけなんですけど。ちょっと特殊なメダカをもらってきてくれまして、そのメダカを飼うということを始めたんですね。先ほど言いましたが私の拠点であるプレハブの六畳の小屋、それが私の工作室ですが、その前に90センチの水槽を二つ三つ並べまして、それも学校ではもう使わない水槽っていうことで、それを私が一旦受け取りましてメダカを飼い始めました。小学校の5年生でメダカの卵の観察の授業があります。それをいろんなところで始めました。

唐﨑 そういえば、子どもに淺井先生のことを聞いたら「メダカの先生」って言ってました!

武二 そうです。それでたまたま2005年に「愛・地球博」という万博が愛知県でありまして、そこに「科学と遊ぶ体験ひろば」というパビリオンがあったんです。そちらに「メダカの卵の観察」ブースとして出展することができました。3日間私と女房とたまたま関西に息子がいましたので、3人で、3日間やりました。

一惠 卵が産まれると肉眼でも見えるんですけども、顕微鏡で見ると、本当に血液の流れ、それから心臓ができたところ1心房1心室、目ができたりとかっていろんな段階が見えて、血液の流れもカウントすれば数えられるほどの動きも見られるんですね。それで卵をたくさん増やしていろんな小学校に提供するようになりました。本当は小学校も水槽にメダカ飼って必要なときに卵を観察すれば良いんだけれど、先生方もお忙しいので生徒の分だけ卵を提供するほど面倒見ていられない。

Navi 本当は学校で卵を産ませてやらなくちゃいけないんですけどね。

一惠 メダカの卵の観察を始めたきっかけは東京の科学技術館ですね。サイエンスボランティアを埼玉県でやってたとき夏休みに「青少年のための科学の祭典」っていうのがあって応募しました。2日間だったかな、メダカを見ることをやりました。そうしましたら主人の大学の研究室の後輩がいて、その方との交流で愛知万博のお話を聞いて応募したんです。

Navi いろいろな場所で活動されているんですね。

一惠 はい。愛知万博では1,000個ぐらい卵を宅急便で送っておいて、自分でもいくつか持って行きましたが半数ぐらいはちょっとダメージがありました。その頃はO157のことがありまして「水を触った手は消毒する」っていうのでそれも大変でした。手を消毒してスライドガラスにメダカの卵をのせると卵も弱ります。アルコールの後にもう一度お水でと思って、綺麗なティッシュ使ったりしたんですけど、その手間とゴミも出ましたし、いろんな経験をさせていただきました。科学技術館でやったことが、愛知万博に出るための先生方もとてもいいお勉強になりましたね。

Navi 卵の勉強っていうのは、実はね、どこの小学校でもきちっとやんなくちゃいけないんです。でも実際に先ほど一惠さんが言ったように、学校で卵がちゃんと無事にできるってことは結構少ないんですよ。頑張ればできるんだけど、もう卵まで目がいかなくて…先生たちは子どもの面倒を見てなくちゃいけない、だからやっぱり確実に卵を見せていただけるのが淺井さんです。

唐﨑 石原小学校は、頼りになる淺井さんの家が近くにあってよかったですね。

戎居 確かにうちも長いことメダカ飼いましたけど、卵産むにも水温とかね、いろいろあって大変でした。

Navi 淺井さんの飼い方っていうのをもっと、本当は皆さんに知ってもらってね

唐﨑 これも淺井モデルですね。

Navi そうです。結構今は一般的になったんですけど、昔はね、水槽に何かブクブクを入れたりとかそんなこと言ったけど、そんなのいらないんですよ。

石井姉妹 えーそうなんですか?

唐﨑 ブクブク入れないとダメかと思った。

Navi ほらほら、まだそう思ってる人がいるんですよ。

武二 いやメダカっていうのは、天然のものですから。もう本当に水槽は外でね、上の方に雪が積もっても全然構わないで置いておきます。

唐﨑 そうなんですね。

Navi 水換えとか、みんなしちゃうんです。でもしなくても心配ないんです。水換えは、なるべく少なめです。

武二 水換えも大体、私は年に1回くらいです。そうしないと卵を確実に産ませることができないですよね。ですから授業が始まる5月終わりから6月・・は1日3回餌をやって、

戎居 へえ結構あげるんですね。

武二 そうです。うん。そうしないと卵を順調に産んでくれないんですね。

戎居 うちはメダカの水槽は室内の窓辺に置いてたから、ちょっとメダカには温かすぎたんですかね

Navi 温かくても大丈夫です、全然平気ですよ。

武二 メダカは寒さにも強いので水槽は外に置いても大丈夫です。それでね、ここでメダカの卵の観察に重要な要素を一つ考えまして。スライドガラスに卵を乗せて水を垂らすにしても、どうしても卵は球体ですから外光の反射が必ずあって、顕微鏡の視野の中に光るものがあるわけです。そうすると非常に他の部分が見にくい。そこで、ちょうど卵の大きさに枠を作りまして、枠の真ん中に1センチぐらいの穴が開いてるんですが、そこに卵を1つ落とします。水を枠と平らになるようにすると、平らな水面の下に、すぐ卵が来る。すると外光の反射もなくて見やすいんです。

そういうスライドガラスをここ毎年作っています。メダカの授業が始まる少し前に、スライドガラス単体を買いましてプラスチックの枠を作って用意をしてます。

唐﨑 全部淺井先生が手作りしているんですね

武二 そうです。いま熊谷の学校には10校以上そういうスライドガラスが行き渡っていると思いますよ。

Navi 熊谷の学校は、淺井先生にいつもこの時期にメダカとか、さっきのクリップモーターとか来ていただくっていう、お願いしてしまっている感じですね。

武二 ですから今年の5月から6月にかけてですね、大体小学校10校に、中には卵だけの供給の学校もありましたけれども、ほとんどが出前で学校へ行って卵の取り方から指導をして、一応私なりには喜んでもらったと思っております。

唐﨑 さすがメダカの先生。

戎居 うちの子もね、お世話になってる。

Navi だからラジオをお聞きの方でね「淺井先生って知ってる?」ってお子さんに今日帰ってきたら聞いてみてください。もしも5年生以上だったりすると、お世話になっているかも。

一惠 自宅の近く、慈恵病院のところに美味しいパン屋さんが開店したんですけど、そこのお店に行ったらば、お店の娘さんと息子さんが主人を「メダカのことで石原小学校の授業で教わったから知ってるよ」って。よかったです。

唐﨑 押しボタン信号のところですよね、美味しいパン屋さんですよね。

Navi 淺井さんには長い間お世話になってますから、浅井さんのこと知ってる方はたくさんいますよね本当に。さあここで曲にいきたいと思います。こちら武二さんからのリクエストでシューベルトの「菩提樹」。

【 曲 シューベルト 菩提樹】

Navi 時刻は12時43分を回りました。この時間は梅林堂提供「やわらか熊谷 僕らがつなぐ物語」。今日は「磁石スタンドから伝えたいこと」ということでお送りしております。いろんなお話を聞けたんですが、何か石井姉妹から聞きたいことがあるみたいですね。

唐﨑 先生、そもそも磁石って素材は何でできてるんですか。

武二 素材はね、皆さんが普通に接する磁石は「フェライト磁石」だと思います。これは一見、黒い瀬戸物に見えると思いますが、これは「バリウムフェライト」という化合物ですね。それを千何百度っていう高温で焼結(しょうけつ)、最初に形を作りますけど、焼結と言って焼くわけですね。それを冷えてから必要な寸法があれば研磨をして必要な寸法にして、それを揃えましてですね、並べて、それで電磁石で作る強力な磁石、磁界と言ってますけど、その中に置くんですよね。

唐﨑 置く前は磁石の力は?

武二 まだ何もないんです。磁石の形をしてますけども、何もない。力が何もどこにもつかない。強い磁石にはつきますけれども、磁石の力を全く持ってないんです。

唐﨑 そうなんですね。

武二 それを先ほど言った強力な電磁石の中に入れるわけです。一瞬に何万アンペアという電流をコイルに流します。そうするとコイルの中に強力な磁石のような空間ができるわけです。その空間にあることによって、先ほどの形を作った磁石の形をしてるけど磁石でないそのものが、その強い空間の磁力を保持してくれる。保持力って言いますが、その力がたくさんあるものが、皆さんもご存知だと思いますが最近だと「ネオジム磁石」ですね。

それからフェライトは瀬戸物ですけど、それにも作り方が2工程あります。普通の等方性フェライト磁石、それからストロンチウムなんて特殊な元素を入れて作りますと、もうちょっと一見フェライトですけれども、強力な磁石になるのです。要するにそういう強い磁界を保っておく材質そのものが、磁石になるということなんですね。

Navi まだまだ他にも質問ありますよね。

戎居 先生、その磁力をその獲得した段階で、極っていうのは生まれてるんですか。

武二 もう出てきます。うん。ですから簡単に言っちゃえば磁界とは、NとSの間は強力な磁力があったんだ。そこに磁石でないが磁石になる性質のあるものをそこへ持っていけば、それはもうその空間の影響で、強いNSの磁石になってしまいます。それをマイナス何十度とかね、温度400度とかそういう温度になりますと、それがなくなってしまう性質も磁石の材質の中にはあるわけです。いま電気自動車が出てきましたけど、このモーターで特殊金属が高くなって円高の影響も重なって原価が高くなるということがありますけど、そういう特殊な元素を入れなくても強い磁力を出せるような、そういうようなものを開発するのは、日本は非常に秀でています。先ほどのフェライト磁石は埼玉の方が発明されたと私は承知しております。

唐﨑 実際、世界的に磁石って言うと、フェライト磁石が多いんですか

武二 そうですね圧倒的に量は多いんですけど、最近はネオジム磁石が多いと思います。ただネオジム磁石もですね、錆びたり薬品に対して弱いもんですから、それをメッキしたりプラスチックスで固めたり、そしてですね、いろんな薬品に対しても変化がないように外観も綺麗になるように、そういう加工がされてるのが今の磁石の現状です。

唐﨑 ここに子どもの教材で使った磁石があるんですけど、これは普通のフェライトでしょうか?

武二 これはフェライト。正しくは等方性フェライト磁石です。

唐﨑 赤と青とか赤と黒だったりするSNが書いてあるような磁石はフェライト磁石。

Navi よくこれを子どもたちに「永久磁石」って教えるんです。永久に磁力を保ってほしいっていう意味ではあるけど、さっき言ったように焼いたら弱そうです。はい。あとはもっと言えばこの技術が上がれば上がるほど未来が開けるっていうことですよね。これから電気自動車とかそういう時代になったらそれが必要になってきますよね。

武二 そうですね。私が磁石スタンドを設けたもう一つの理由はですね、磁石が一つだと思いつかないけど、二つ三つとたくさんあると、また思いつくアイディアっていうのは必ずあるんですよ。

Navi なるほど。アイディアを浮かばせるってことですか

武二 そうです。私がウイークエンドサイエンスでやっている「プロペラ船を走らせる」 で考えてみましょうか。クリップモーターではコイルが回るだけで力はほとんど出せません。それで、磁石を回す事を考えました。それで先ず重い磁石を速く回すために軸を縦にして、軸を小さな銅板で受ける事にしましたが、重い磁石を1本の軸にどう着けるか?!、試作をしていたある時、机の上にあった磁石が2つピタッとつく瞬間をみて思い付きました。軸の両側に2つの磁石を吸い付くように合わせればで良い!そして軸の両側に軸と同じ太さのものを置けばよい!1個では出来なくても2個ならできる。考え始めて本当に3カ月が過ぎていました。私にとっての大発明でした。

Navi アイディアっていうのは、いつ出てくるかわかんない。そうですよね、淺井さん!時間になっちゃったので、伝えたいことは何でしょう。

武二 やはり「ものを多く見ること」が大事ですね。それから私はまず、ものを見たときに、これはどういうふうに現実的に動作をしてるんだ、っていう「原理を知る」ということが大切だと思います。皆さん4年生で「てこ」という原理を勉強しますけど、それが一つのハサミでありペンチであり、そういうものの基本になっているわけですね。まず「原理を知ること」そうすれば発展できる。「原理を知ればその先が見えてきて、またその先が知りたくなる」は私のモットーです。

Navi なるほど。原理を知れば未来が見えてくる、発展する、ということですね。本当はもっと伺いたいところですが、時間になってしまいました。今日は「磁石スタンドから伝えたいこと」ということで、淺井夫妻そして石井姉妹に来ていただきました。ありがとうございました。

一同 ありがとうございました。

要約

この対談では主に、磁石スタンドを通じて科学教育と地域貢献について議論されました。淺井武二さんと一惠さん夫妻が、石原小学校での見守り活動や磁石スタンドの設置について語りました。磁石スタンドは、淺井さんが退職後に株式会社マグナから無償で提供された大量の磁石を活用して始めたプロジェクトです。これは子どもたちに磁石の面白さを伝え、科学への興味を喚起することを目的としています。淺井さんは、サイエンスボランティアとしての活動や、クリップモーターの改良など、科学教育への貢献について詳しく説明しました。また、メダカの卵の観察など、実践的な科学教育の方法についても語られました。石井姉妹も参加し、磁石や科学教育に関する質問をしました。対談を通じて、科学教育の重要性、地域貢献の意義、そして創造性と原理の理解の大切さが強調されました。

Q&A

Q: 磁石スタンドとは何ですか?

A: 磁石スタンドは、淺井さんが退職後に株式会社マグナから無償で提供された大量の磁石を活用して始めたプロジェクトです。石原小学校の南門近くに設置され、子どもたちや大人に無料で磁石を提供し、科学への興味を喚起することを目的としています。

Q: クリップモーターについて淺井さんはどのような改良をしましたか?

A: 淺井さんは、教科書に載っている丸いコイルの代わりに、四角い矩形の回転子を作りました。これにより、モーターの原理をより正確に表現し、効率的な回転を実現しました。

Q: メダカの卵の観察について、淺井さんはどのような工夫をしていますか?

A: 淺井さんは、卵の大きさに合わせた枠を作り、その中心に穴を開けて卵を置くことで、外光の反射を防ぎ、より鮮明に観察できるようにしています。また、このスライドガラスを熊谷の学校に提供しています。

Q: 淺井さんが科学教育で伝えたいことは何ですか?

A: 淺井さんは、多くのものを見ること、そして物事の原理を知ることの重要性を強調しています。原理を理解することで、さらなる発展や創造的な思考が可能になると考えています。

行動項目

淺井さんは、磁石スタンドを通じて子どもたちに科学の面白さを伝え続けることを表明しました。

淺井さんは、クリップモーターの改良版を引き続き出前授業で使用することを述べました。

淺井さんは、メダカの卵の観察用スライドガラスを熊谷の学校に提供し続けることを約束しました。

淺井さんは、サイエンスインストラクターとして活動を継続し、科学教育に貢献することを表明しました。

石井姉妹は、今後も科学に関する質問を続け、理解を深めていくことを示唆しました。